めまい(1958)

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めまい(1958)

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レビューの数

133

平均評点

76.6(805人)

観たひと

1221

観たいひと

89

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル サスペンス・ミステリー
製作国 アメリカ
製作年 1958
公開年月日 1958/10/26
上映時間 128分
製作会社 パラマウント映画
配給 パラマウント
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

「間違えられた男」につづくアルフレッド・ヒッチコック監督のスリラー。クルウゾーの「悪魔のような女」の原作を書いたピエール・ボアローと、トーマス・ナルスジャックの共作小説から、アレック・コッペルと「モンテカルロ物語」サム・テイラーが共同脚色した、伝奇的なロマンとニューロティックなスリラー手法をないまぜた一編。撮影監督は「間違えられた男」「ハリーの災難」のロバート・バークス。サンフランシスコ周辺の風光がロケによって生かされている。音楽はバーナード・ハーマン。出演者は「知りすぎていた男」「翼よ!あれが巴里の灯だ」のジェームズ・スチュアートに「愛情物語」「夜の豹」のキム・ノヴァクが顔を合わせる他、「暗黒の恐怖」のバーバラ・ベル・ゲデス、「バラの肌着」のトム・ヘルモア等。キム・ノヴァクは2つの役柄を演じわけてみせる。製作はヒッチコック自身。「悲しみよこんにちは」のソール・バスがタイトル・デザインを担当している。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

元刑事のジョン・ファーガスン(ジェームズ・スチュアート)は、屋上で犯人追跡中に同僚を墜死させたことから、高所恐怖症にかかって今は退職していた。商業画家の女友達、ミッジ(バーバラ・ベル・ゲデス)の所だけが、彼の気の安まる場所だった。そんなある日、昔の学校友達ゲビン・エルスターから電話があって、彼はその妻の尾行を依頼された。美しい妻のマドレイヌ(キム・ノヴァク)が、時々、昔狂って自殺した曽祖母のことを口走っては、夢遊病者のように不可解な行動に出るというのだ。しかも、彼女は、まだ自分にそんな曽祖母のあったことは、知らぬ筈だという。翌日から、ジョンの尾行がはじまった。マドレイヌの行動範囲はサンフランシスコ一帯に及んだ。ある時は曽祖母の埋められている墓地に、ある時は曽祖母が昔住んでいたというホテルに、ある時は若かりし頃の曽祖母の画像の飾られている画廊に。しかも、ぼんやりと絵に見いる彼女の、手にもつ花束の型や髪型は画像の曽祖母と同じものなのだ。そしてある日、彼女は海に身を投げた。ジョンは彼女を救って、自宅につれかえり、介抱した。そして、今はもう彼女を愛している自分を知った。彼女は、自分の行動もよく覚えてはいなかった。何事かを恐れるマドレイヌの心理を解きほぐすために、ジョンは彼女を、よく夢に見るというサンフランシスコ南部のスペイン領時代の古い教会にともなった。しかし、突然彼に愛をうちあけながら彼女は、教会の高塔にかけ上り、めまいを起したジョンが階段にたちつくすうちに、身を投げて死んだ。そのショックから、ジョンはサナトリウムに療養する身となった。まだ自分をとりもどすことの出来ぬ彼は、街をさまよっているうちに、ふとジュデイ(キム・ノヴァク)というショップ・ガールに会った。身なり化粧こそげびて俗だったとはいえ彼女の面ざしはマドレイヌに似ていた。ジョンは、いつか彼女の面倒をみてやる身となった。彼は彼女にマドレイヌに似た化粧や身なりを教えた。しかし彼女はそれをいやがった。何故なら彼女こそは、妻を殺すためにジョンの高所恐怖症を利用したゲビンに使われ、ジョンをあざむいて顔かたちの似たマドレイヌになりすましていた女だったのだから。あの時、高塔の上には殺した妻を抱いたゲビンがいた。そして、めまいを起こして高所に上れぬジョンを証人につかって、かけ上ってきたジュデイとタイミングを合わせて妻の死体を塔から投げ下ろし、自殺に見せるというトリックを使ったのだ。サンフランシスコ一帯にジョンを引きまわし、彼と恋におちたマドレイヌとは、実はジュデイその人だったのだ。ある夜、死んだはずのマドレイヌのものだった首飾りをジュデイの胸にみつけたジョンは、彼女をあの教会の白亜の高塔につれていって詰問した。総ては今やはっきりした。しかし、今はジョンを愛するジュデイは、彼への愛を口走りながら、恐怖のために塔から足をふみ外して墜死した。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2014年2月上旬号

UPCOMING 新作紹介:スクリーン・ビューティーズ Vol.3 ヒッチコックとブロンド・ビューティー「めまい デジタル・リマスター版」

1984年5月下旬号

巻頭特別企画 エッセンシャル・ヒッチコック:「めまい」

1958年12月上旬号

外国映画批評:めまい

1958年10月上旬40年記念号

新作グラビア:めまい

新映画評:めまい

外国映画紹介:めまい

2021/10/09

2021/10/11

70点

VOD/U-NEXT 
吹替


「美貌の人妻の不思議な行動を追って発展するロマンスとサスペンスの名篇!!」

ヒッチコックの中でも評価の高い作品。
初見。
正直中盤まではなぜこれが評価が高いのかわからなかった。
終盤からオチまでで一気に物語が加速する。
128分のうち120分がフリみたいなもの。
オチを知った上で二回目観た方が集中して楽しめそう。

2021/10/09

100点

購入/ブルーレイ 
字幕


【美の奥潜む蠱惑な眩暈】

死者に恋焦がれる痛切にして極上のロマンスに、去勢/勃起不全/屍姦といった禁忌惑溺的因子が立ち上る深層心理顕現スリラーの一大傑作。

渦巻き、螺旋階段、年輪、キスシーンの周回撮影 ……頻出する〈回転〉。転落し、恋に落ち、自己深淵を覗き見る ……〈落下〉。影及び鏡の用法、照明、色彩、鳴り響くハーマンの旋律、金髪への固執、繰り返される窃視、傀儡、プルースト効果、墓坑、悪夢…。全てが恐ろしくも美しく、抗い難い眩惑の甘美に身悶える。
セット撮影×スクリーンプロセスに拠る現実と乖離した夢幻の表出。ミニチュア×オプチカル合成が生む落下感も 現在のVFXでは表現出来ぬ妖しさ不安定さに満ち充ちている。


ミッジ(ベル ゲデス)が言う『ママがここにいるわ』。書店店主の『昔の男にはそれができた』……。
母に拠る抑圧性欲/去勢を施されたマザコン体質の登れない(勃起不全)男が、着せ替え人形/代替/屍姦に拠って男性力(勃起)を取り戻すも、社会倫理(神)に拠って 許されざる禁忌と断罪される…。

--究極の恋愛とは社会性を忘離した(置き去りにした)自己精神の昇華なんだ。




《生涯最高峰級認定/DVD観賞》

2021/09/25

2021/09/25

-点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 


☆☆

2021/07/02

2021/07/05

79点

テレビ 

マデリンが塔から落ちるシーンであと30分くらいなので、何かあるんだろうなと思った。最後に偽マデリンがシスターにびっくりして落下というのはあまりにも呆気ない幕切れ。とても面白かった。

2021/07/04

2021/07/04

80点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


年輪という断面が垂直に展示されることの意味

全編を通して笑えるというヒッチコックらしい特徴を備えながらも,ところどころに超常現象とも思えるようなスーパーショットを撃ち込んでくるところに,この作品の実存がかけられている.
もちろん,鐘楼内部の螺旋のような階段を使ったズームアップとドリーバックといった単発ながらも反復されるショット,キム・ノヴァクが演じるジュディとジェームズ・スチュアートが演じるスコティが長いキスを交わしている間,その二人のバストアップの組み合わせを中心にキャメラが公転運動のような軌道を描いて背景を流すショット,切り抜かれたスコティの顔面がこちらに迫るような合成ショットなどは語り尽くされた見事さがある.しかし,この作品のスーパーさはそこに留まっているわけではない.
異常なショット,あるいは盲点の様なスーパーショットは何気ない展開のうちに散りばめられている.コイトタワーを望むスコティの部屋には電気スタンドが置かれ,そこには縦に折り目の入った傘型のランプシェードが置かれている.このシェードを左側に配し,右手にはマデリン(ジュディ)の顔がアップでいて画面左をどことなく見つめている.続いて,背景はやや異なりながらも(半開きのブラインドと閉じたブラインドと)同じ構図で同じランプシェードの右手にスコティの顔が現れる.この女と男が入れ替わったような異様さが数ターン繰り返すこのショット群に醸し出される.つまり,スコティはマデリンを見つめているが,ランプシェードが傘型であり,どのアングルからも同じ表情にみえてしまうために,シェードを太陽とすれば,二人の顔面のワンショットはそこを公転する惑星の軌道にあるのだが,どちらの顔面も視線も交わらずにショットが替わるたび,時間軸に重ねられてしまう.その後,スコティの顔面はマデリンの顔面の背後に回りこむ.このトリックは何を意味するのであろうか.
後半,わたしたちは再びスコティの部屋のあのランプシェードの前でこの女と男の逢瀬に立ち会うことになる.この時,男は女の背後から逆に回り込む.そして男スコティはスタンドが置かれたテーブルに半分腰かけ,座っている女ジュディを見下ろし,その男の主観ショットを女は見上げるように見つめ返す.ここで彼女はむくむくと立ち上がり,キャメラに迫ってきて,スコティの顔に迫る.彼女と顔面と彼の顔面はほぼ水平になるが,彼は立ち上がり,背の高いジェームズ・スチュアートは,キム・ノヴァクとの身長差を現す.このショットの異様は,キャメラが弧を描きながら画角を水平に戻してくることで,ここにはこの映画のテーマである落下や下降への反逆の意志をもって上昇する特異さが現れている.この上昇は,つまるところ落下死を目の当たりにして不能に陥ったスコティの回春を示すものであり,勃起的な表現として象徴的でもある.
背の高いスコティは,原則的には下降線をたどる.例えば,前半のずぶ濡れのマデリンを部屋に上げるシーンにおいて,彼はクッションを彼女に与え,床に座らせる.彼は終始彼女より高い位置についているが,彼女の水準に降りていくかのように姿勢を低くしていく.ただ例のブラインドの向こうには虚しく例のコイトタワーがそそり立っており,マデリンはその塔の象徴を記憶する.またこの都市は,スコティからするとどこまでも下がっていく.彼は白い車に乗って,マデリンの緑の車を追跡する.サンフランシスコの坂道が強調される.しかし,この坂道を通る時,向こうに登り坂が見えているにもかかわらず,彼はどこまでもどこまでも下降していく,そのひとつの降りきった地点が,海の水平線であり,例の橋の橋詰で,彼女を追って標高0mまで下降する.そのゼロの位置において彼は彼女の胸をつかみながら,岸に引っ張りあげるのである.この下降と位置エネルギーの消費があるゆえに,例の鐘楼への上昇運動が意味をもって現れる.そして,ランプシェードの前のキャメラと彼の動きも旋回しながら飛び立つ助走のようにも感じられるのである.
そして著名なショットでもある彼女と彼のキスのまわりをキャメラが旋回する場面においても,そこで回っているのはキャメラだけではなく,彼女と彼の一体となった立ち姿もまた惑星が自転するように旋回をしている.そこにもやはり「めまい」は見えている.ところで,彼女と彼は,前半のランプシェードの周りでのダブルイメージにおいて,どうして重出して見えたのだろうか.前半で彼が着ていた緑のセーターのあの奇妙な色は,また,後半で彼女が彼と再会していたときに着ていた緑の色とほぼ同じ色合いにあり,あの自転するキスの場面のあたりの緑のネオン照明もまた同色に彩られていた.なぜ彼女と彼は重複するのか.あるいは二人の軌道は重なり合うのか.彼女が窓辺に現れる"McKITTRICK HOTEL"にはTRICKが隠されている.後半の"EMPIRE HOTEL"のPのネオンがキスの背景に映り込むのはそれが螺旋運動を描くような記号であるからであろう.TRICKが紛れ込むのは,ヒッチコックが画面を横切るような遊びに属するが,その遊戯こそがこの映画を超常的な次元に押し上げているといってもよいだろう.
例えば,シスターは,ジュディにとって罪悪感を意味している.ベタな演出ともいえるが,もうひとりの女性バーバラ・ベル・ゲデスが演じるミッジの眼鏡もヒッチコックには頻繁に現れるアイコンであるものの,ミッジがスコティの病院を訪れた後,彼女が歩くシンメトリーな廊下は,溶暗とともに突き当りの窓枠が十字に現れている.鐘楼で,スコティがマデリン(Madeleine)の名を必死に叫ぶとき,その音はどこかmurderとして響いているように聞こえる.こうした遊びの数々はわたしたちを笑かしてくれる.スコティの良心は画面のうちで諧謔的に現れる.冒頭,彼が椅子やスツールを使って,上を見る,下を見るというリハビリを繰り返すとき,彼は既に遊びの世界に戯れようとしているのである.
センペルセコイアは背の高いジェームズ・スチュアートの隣にあってもなお高く太くそそり立っている.しかし,そのすぐあとの場面で,その断面が展示され,その年輪に位置づけられた歴史に,発見されたアメリカ大陸やサンフランシスコの歴史だけでなく,マデリンの26歳の人生が重ね合わせられる.しかし,彼女がその年輪をなぞるのは不能や勃起の否定など性的な意味を重ね合わせながらも,横倒しの鐘楼によってあのズームとドリーを重ねたあのショットすらも自己言及的に戯画化しているのであった.
さらにいえば,そこで時間という軸の断面がめまいを覚えるような転倒をみせてもいるのである.

2021/07/03

2021/07/03

80点

VOD/Amazonプライム・ビデオ/レンタル/PC 
字幕


後半の転換

ネタバレ

 ラストの後味の悪さはあるが、最も衝撃的なのは、前半のサスペンスから、途中にもかかわらず、後半に入ると同時に、ネタ晴らしがあり、そして、ラブロマンスに変わっていく所だろうと思う。

 そして、この話のメインは、主人公のジョン(ジェームズ・スチュアート)が、ジュディ(キム・ノヴァク)を自分の好きな女性(マデリン:キム・ノヴァク)に作り変えようとし、それをジョディはジョンを愛するあまり、受け入れていく所だ。

 身勝手なんだけれども、それは男性の女性に対するどこかストーカーのような変態のような、願望でもあると思う。

 愛するがゆえに相手の願望に合わせようとすることはよくよく分かるが、それが悲劇を読んでしまうのもある事だと思う。

 でも、最も嫌だったのは、ジョンを愛するあまりにジョンの好む絵に自分を入れてしまうミッジ(バーバラ・デル・ゲデス)の行為であり、彼女の存在だった。あまりにもむごい感じがした。この設定を作り出したヒッチコックの意地の悪い悪趣味かなと。

 古さはあるけれども、何度観ても、中盤の転換と、キム・ノヴァクがマデリンになって行く所は凄いと思う。そして、マデリンが登場する、真っ赤な部屋の彼女の緑の衣装も存在も強烈だった。

 これもヒッチコックの傑作だと思う。