「愛しているわ、アントン」
午前十時の映画祭15
シェイクスピア「ロミオとジュリエット」に着想し、ニューヨーク・ウエストサイドにおけるポーランド系アメリカ人不良グループ「ジェット団」とプエルトリコ移民不良グループ「シャーク団」の対立、その中で起こった元ジェット団・トニー(演:リチャード・ベイマー)とシャーク団リーダーの妹マリア(演:ナタリー・ウッド)の悲恋を描く。監督ロバート・ワイズ、音楽レナード・バーンスタインが贈るブロードウェイ・ミュージカル。
観るのが20年遅かった。これは作品側の問題ではなく観る側の問題である。誤解のないように言っておくと、総論として文句なしの素晴らしい作品だった。誰もが聴いたことのあるスタンダードのミュージカル・ナンバーをこれでもかと惜しげもなく次から次へとぶつけてくる展開は飽きない。そして序曲のカットから魅せるアートワークやカット割りには圧倒されっぱなしだった。なるほど、あの縦線はやはりマンハッタン島だったのか!ほう、道路の落書きからして彼らがジェット団だな、トニーとマリアが出逢った途端モザイクになる世界、二人が愛を誓う場面での十字の天窓...効果的に赤を取り込んだことで豊かになる色彩にも目を見張った。そりゃあ後世に残る名作たるわけだ。
しかし如何せん自分が歳を取りすぎた。30代も半ばに差し掛かりながら未だ独身、ロクな恋愛もしないまま社会の垢に塗れて過ごしてきたため、トニーとマリアが何故あそこまで惹かれ合うのかという点にまるで想いが及ばない。序盤のダンスホールで二人の目が合った瞬間というのは、例えば思春期の男女の眼で観ればもっとヴィヴィッドに映った筈なのに、社会の垢に塗れた全裸中年男性には「お、なんかストーリー進んだわ」としか映ってこなかったのである。それどころか、トニー役のリチャード・ベイマーを観て「よく雑誌に出てくるトップ営業マンってこんな感じの人多いよな...」などと感じ始める始末。これは非常に勿体ないことをした。あまりにも感応度が劣化していると言わざるを得ない。
ミュージカルがアメリカで地位を得たのにはちゃんと理由がある。アメリカは移民の国、全員が必ず英語を解する訳ではない。そんな社会で沢山の人に観てもらうには「歌を多くすること」と「ハッピーエンドにすること」が鉄則とされてきた。その点で言うと本作の結末は「常識破りの一手」とも言えるもので、初演・公開当時の反響は自分の想像以上に凄まじかっただろう。
「レ・ミゼラブル」の"One Day More"がそうだが、それぞれの登場人物にテーマソングがあって、でも実はそれはひとつのパーツでしかなく、全て組み合わせるとまた別の曲が出来上がる仕掛けが私はとても好きである。本作では決闘前の曲がその方式を採用していた。それができるミュージカルに悪い作品はいない。