真夜中のカーボーイ

まよなかのかーぼーい|Midnight Cowboy|Midnight Cowboy

真夜中のカーボーイ

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レビューの数

71

平均評点

77.3(438人)

観たひと

734

観たいひと

68

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1969
公開年月日 1969/10/9
上映時間 113分
製作会社 J・ヘルマン/J・シュレシンジャー・プロ
配給 ユナイト
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

「ダーリング」「遥か群衆を離れて」のジョン・シュレシンジャー監督による異色作品。虚飾の大都会ニューヨークの混沌から、必死に浮かび上がろうとする2人の若者の物語。ジェームズ・レオ・ハーリヒーの作品を、ウォルド・ソルトが脚色した。撮影はコマーシャル出身のアダム・ホレンダー、音楽はジョン・バリー、編集はヒュー・A・ロバートソンが担当。製作にはジェローム・ヘルマンが当たっている。出演は「卒業」でスターとなったダスティン・ホフマン、舞台出身のジョン・ヴォイト。共演はベテランのシルヴィア・マイルズ、ブロードウェイ女優ブレンダ・ヴァッカロ、「ニューヨーク泥棒結社」のジョン・マクギバー、バーナード・ヒューズなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

ジョー・バック(ジョン・ヴォイト)は、カウボーイのいでたちでテキサスからニューヨークに出て来た。彼は自分の肉体と美貌を武器に、孤独なニューヨークの夫人達を慰めようと考えていた。そして富と栄光を……。彼の商売の皮切りはキャス(シルヴィア・マイルズ)であった。だが彼女は街娼上がりのパトロン持ちだったため、逆に金を巻きあげられてしまった。そんな時、彼は足の不自由なペテン師ラッツオ(ダスティン・ホフマン)と知り合った。彼の紹介でジョーはオダニエル(ジョン・マクギバー)にひき会わされた。彼は狂言者であった。ラッツオにだまされたと知ったジョーは、必死に彼を探し歩いた。しかし、無一文で街の酒場にしけこんでいた彼を見て、ジョーは何も言えなかった。逆に、ホテルを追い出されたジョーに、ラッツオは自分の室へ来るようにすすめた。それはとり壊し寸前のビルの、廃屋のような一室であった。そこでラッツオは彼の夢、フロリダ行きの夢を語るのだった。必死に、泥沼をはい上がろうと2人は力を合わせた。ラッツオがマネージャーとなり、ジョーは再び男娼を始めたがうまくゆかなかった。ジョーを買った最初の客は、ヘンゼル(ガストン・ロッシリ)とグレーテル(ヴィヴァ)のパーティで出会ったシャーリー(ブレンダ・ヴァッカロ)だった。一方、ラッツオの体はその頃から急激に衰弱していた。彼の為にもジョーは金を稼がねばならなかった。男色の学生の相手をしたり商用でニューヨークに来た男のホテルに行ったりして、彼はようやく幾らかの金をもらってラッツオの元へ戻って来た。2人はフロリダに向かった。太陽と新しい生活を求めて。ジョーは、今や屈辱と泥によごれたカウボーイ姿と訣別するのだった。しかし、ラッツオはあれほど憧れたマイアミの浜辺を見ることなく、唯一人の友人ジョーの傍で静かに目を閉じた。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2011年9月下旬特別号

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2026/07/31

2026/08/01

69点

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字幕


過去や未来、さらに妄想の映像がストーリーの中に挿入されるが、今見ると逆に古く感じる。
過去の描写で、彼女とのメイクラブ中に襲われるシーンが衝撃で、このトラウマが故郷を出る一つの要因になったのかと想像できる。
ただ、主人公がバカすぎてなかなか共感できない笑
知り合ったリコと貧困から這いあがろうとするが、犯罪まがいの行為と身の回りの汚れ、病気、ひたすらダメダメ。
ついに死まで訪れるが、それゆえにただ一つ残ったものとして、友情のモチーフが浮かぶ。

2026/07/28

2026/07/29

-点

VOD/Amazonプライム・ビデオ/レンタル/PC 
字幕


とことんつらい

今更初めて観ました。
いかにもアメリカンニューシネマ的な場当たり的な生き様と不安定な男たち、悲劇的な最後。
一方で撮影は、アメリカンニューシネマの荒々しいイメージと違い(この私のイメージ自体が先入観の可能性あり)、冒頭の歩き続けるジョンボイトのスーツケースを追うカットからとても丁寧。

こういった映画だとたいてい、最初はうまくいくものの、調子に乗りすぎて失敗してどん底の状態になるも、なんとか立ち上がり成功するという話になりますが、まったく成功しない。病気もどんどん悪くなる一方。
基本的にずっと辛い。
主人公ふたりは、それぞれを精神的な支えにするわけですが、それも長くは続かない。やっぱり辛い。

ただ、いわゆるジェントリフィケーションが始まる前、さらには地下鉄がきれいになり治安がましになる前のニューヨークは、きびしいながらも持たざる者がいる余地があったのではないかとも感じます。
とはいえ、いる余地があるだけ。
ジョーは終盤、トレードマークだったカウボーイ的な服を捨ててマイアミ的な服に着替えます。それは、アメリカが力を失ったベトナム戦争終盤のムードの反映なのかなあと思ったりしました。
特に設定として出てきたわけではありませんが、主人公たちはおそらく、学生運動とは無縁の、大学に行けず無教養で貧乏な出自。悪い仲間にフックアップされるような伝手もなく、孤独で、弱い。
アメリカが大義なき戦争をイラクに仕掛け、事実上負けようとしているいま観るべき映画かもしれません。

2026/07/29

85点

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都会の負け犬二人組

ネタバレ

これも男二人組の滑稽でありながら悲劇的な友情を描いたアメリカン・ニューシネマの代表作。

テキサスで生まれたジョーは、常にカウボーイスタイルに身を包み、自分には女性を虜にする男性的な魅力が備わっていると自負している。
彼は男娼になって荒稼ぎしようとニューヨークへ旅立つ。
自分の考えがいかに浅はかであるかを知る由もなく。

ジョーは人当たりが良く、面倒見も良い男なのだろうが、細かい人の機微を読み取るだけの繊細さは持ち合わせていない。
そして世渡りも上手ではない。
一晩を過ごした年増の女からお金を貰うどころか、逆にタクシー代を巻き取られてしまうが、彼は自分がやり込められたとは思っていないだろう。
しかし涙を流す女を慰めるジョーの単純で楽天的な姿はどこか憎めない。
そんな彼はスラム街のバーでラッツォという小男に出会い、売春の斡旋人を紹介してもらうことになる。
が、10ドルを払って紹介してもらった男は狂人であった。
騙されたと知ったジョーはラッツォを見つけ出し、金を取り返そうとするが、既にラッツォは金を使い切ってしまっていた。
罪滅ぼしのためにラッツォはジョーのマネージャーになると言い出す。
こうして惨めな二人組は身を寄せ合うように生きることになる。

とにかくボロボロで薄汚れたラッツォの部屋が、彼の生き様を象徴している。
片足を引きずっており、顔色も悪く何度も咳を繰り返すラッツォの姿に、明るい未来は想像出来ない。
それはジョーも同じで、二人は行く先々で惨めな思いを味わうことになる。

断片的に描かれるジョーの過去の描写も印象的だった。
彼も色々とトラウマを抱えているようだ。
またラッツォが頭の中で思い描くジョーとの明るい未来の描写も切ない。
ラッツォはフロリダに行くことを夢見ているが、それを実現するにはあまりにも現実は厳しい。

怪しげなパーティーに参加したことがきっかけでジョーにはツキが回ってくる。
一方、ラッツォの具合は悪くなる一方だ。
ラッツォの身体を気遣いながらも、どこか能天気な対応をするジョーはやはりどこかズレている。
それでも彼は夢を叶えるためにラッツォをバスに乗せてフロリダへ向かう。

負け犬という言い方はしたくないが、ジョーとラッツォにはまさにぴったりの言葉だ。
もっともジョーからは最後まで卑屈な印象は受けなかったが。
負け犬の物語ではあるが、劇中で何度も流れるハリー・ニルソンの『Everybody's Talkin』の印象もあり、そこまで悲劇性は強く感じなかった。
また現実を直視し切れないジョーとラッツォのキャラクターに救われる部分もあった。
特にラッツォを演じたダスティン・ホフマンの役への憑依ぶりは凄い。
突っ込んでくるタクシーに向かって「俺は歩いてるんだ!」と怒鳴るシーンは完全にアドリブらしいが、それを知った上で観直してもあのシーンが突発的なアクシデントだったとは信じられない。

2026/07/16

2026/07/17

95点

選択しない 


最高の虚しさ

最高だよ
成長と悟りの縮図。
映像かっこよすぎる

2025/06/23

2025/06/25

80点

レンタル 
字幕


「大都会で貧困に生きる二人の友情と旅立ち再生」

第42回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、脚色賞受賞。3冠達成の名作です。

冒頭からネルソンの有名な曲にのって、ジョー(ジョン・ヴォイト)はある野心をいだいてテキサスから単身ニューヨークへやってきた。バーで知り合った足が悪く仕事もなく、盗みを生業とし、みんなからさげすまれているリコ(ダスティン・ホフマン)に騙されてしまう。

仕事もなくホテルを追われ、行き場のないときリコに偶然出会う。ジョーはリコに恨みをぶちまけると、なんとリコが自分の家へ来いという。そして二人は取り壊し寸前のリコの部屋に同居するようになる。

リコはなんとかジョーの仕事を軌道に乗せようとやっきになるが叶わない。途方に暮れる二人。リコの足と病気は悪化する一方であった。

ジョン・シュレシンジャーは、ジョーのトラウマとリコの夢、パーティーでの出来事を幻想的に描写する手腕は、時間と空間を超越し見る者の創造力をかきたてる見事さであった。まるで過去と未来と現実とうつつが同居するみたいに。

ジョーとリコ、貧困のどん底の暮らしは、ニューヨークという街は冷たすぎた。助けてくれる者もいない、雪は降る、寒さはどんどんひどくなり、部屋の中でも凍えている。ジョーの仕事も「真夜中」しかない日陰の仕事だ。そしてリコの病状もますます悪化していく。

しかしどん底をなんとかしのいでいた二人には強く、固い友情が育まれていた。ジョーの仕事もやっとなんとかなりそうなとき、リコの病気が急激に悪化し、リコはジョーにある願い事をする。リコの夢見た場所へ。二人はニューヨークを離れ、バスで向かう。もうすぐ目的地というとき・・・・。

ラストシーンのジョーの表情から、あなたは何を感じますか。
いい映画でした。多くの人に見てもらいたい映画です。

2024/08/17

2024/08/27

80点

選択しない 


ぶざまな生き方

ネタバレ

 久しぶりに再見する。いかにもお上りさんふうなジョー(ボイト)がNYの安ホテルでテレビをつける。都会はチャンネルも多くてニュースからバラエティまで様々な番組が切り替わる。その中で日本の怪獣番組(ウルトラマン?)が一瞬だけ映るシーンがあってそこだけ妙に記憶があった。つまりはそれぐらい前に見たということ。
 その程度なのだからか当時は彼らの夢と挫折にまでそれほど感情移入できなかったと思う。
 本作より後に公開された「スケアクロウ」というやはりニューシネマ系の映画があって中身の方も冴えない男ふたりのロードムービーということで本作とよく似ており自分はよく混同してしまう。しかもダスティン・ホフマンとアル・パシーノがともに小男として大柄なジョン・ヴォイトとジーン・ハックマンとコンビを組むのだからますます似てくる。さらに小男の方の哀しい末路まで一緒なのだ。
 カウボーイスタイル(もっとも彼のそれはアラン・ラッドふうだが)でジョン・ウェインを気取ってみても都会では逆に浮いてしまう。そんな世間知らずなジョーと都会のふきだまりのような場所でこずるく生きるリコと出会う。田舎者と都会の酸いも甘いも知っている男との喧嘩と友情を描くことで無機質な都会の全貌を浮かび上がらせる。
 NYではカウボーイスタイルは通用しないということを思い知る映画。せいぜい興味を持つのはゲイぐらい。
 ジョン・ウェインのようなヒーローの時代は遠く過ぎ去り、いまや底辺で喘ぐしかないカウボーイ。そんな現実をリアルに突きつけてみせる切り口はやはりニューシネマらしいものだった。
 もっともジョーのスーツケースの中にはポール・ニューマンのポスターが入っていてそれをさっそく部屋に貼っているところをみると、この時代に敏感に反応していたとも取れる。彼はニューマンのようなアンチヒーローに憧れていたのかもしれないけれど、現実はなんとも不格好なものだった。そのあまりに冴えない生き方もニューシネマなのだ。