真夜中のカーボーイ

まよなかのかーぼーい|Midnight Cowboy|Midnight Cowboy

真夜中のカーボーイ

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レビューの数

44

平均評点

79.3(299人)

観たひと

544

観たいひと

53

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1969
公開年月日 1969/10/9
上映時間 113分
製作会社 J・ヘルマン/J・シュレシンジャー・プロ
配給 ユナイト
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

「ダーリング」「遥か群衆を離れて」のジョン・シュレシンジャー監督による異色作品。虚飾の大都会ニューヨークの混沌から、必死に浮かび上がろうとする2人の若者の物語。ジェームズ・レオ・ハーリヒーの作品を、ウォルド・ソルトが脚色した。撮影はコマーシャル出身のアダム・ホレンダー、音楽はジョン・バリー、編集はヒュー・A・ロバートソンが担当。製作にはジェローム・ヘルマンが当たっている。出演は「卒業」でスターとなったダスティン・ホフマン、舞台出身のジョン・ヴォイト。共演はベテランのシルヴィア・マイルズ、ブロードウェイ女優ブレンダ・ヴァッカロ、「ニューヨーク泥棒結社」のジョン・マクギバー、バーナード・ヒューズなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

ジョー・バック(ジョン・ヴォイト)は、カウボーイのいでたちでテキサスからニューヨークに出て来た。彼は自分の肉体と美貌を武器に、孤独なニューヨークの夫人達を慰めようと考えていた。そして富と栄光を……。彼の商売の皮切りはキャス(シルヴィア・マイルズ)であった。だが彼女は街娼上がりのパトロン持ちだったため、逆に金を巻きあげられてしまった。そんな時、彼は足の不自由なペテン師ラッツオ(ダスティン・ホフマン)と知り合った。彼の紹介でジョーはオダニエル(ジョン・マクギバー)にひき会わされた。彼は狂言者であった。ラッツオにだまされたと知ったジョーは、必死に彼を探し歩いた。しかし、無一文で街の酒場にしけこんでいた彼を見て、ジョーは何も言えなかった。逆に、ホテルを追い出されたジョーに、ラッツオは自分の室へ来るようにすすめた。それはとり壊し寸前のビルの、廃屋のような一室であった。そこでラッツオは彼の夢、フロリダ行きの夢を語るのだった。必死に、泥沼をはい上がろうと2人は力を合わせた。ラッツオがマネージャーとなり、ジョーは再び男娼を始めたがうまくゆかなかった。ジョーを買った最初の客は、ヘンゼル(ガストン・ロッシリ)とグレーテル(ヴィヴァ)のパーティで出会ったシャーリー(ブレンダ・ヴァッカロ)だった。一方、ラッツオの体はその頃から急激に衰弱していた。彼の為にもジョーは金を稼がねばならなかった。男色の学生の相手をしたり商用でニューヨークに来た男のホテルに行ったりして、彼はようやく幾らかの金をもらってラッツオの元へ戻って来た。2人はフロリダに向かった。太陽と新しい生活を求めて。ジョーは、今や屈辱と泥によごれたカウボーイ姿と訣別するのだった。しかし、ラッツオはあれほど憧れたマイアミの浜辺を見ることなく、唯一人の友人ジョーの傍で静かに目を閉じた。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2011年9月下旬特別号

第二回 午前十時の映画祭:「卒業」「真夜中のカーボーイ」

1970年2月上旬決算特別号

特別グラビア 外国映画ベスト・テン:アポロンの地獄/真夜中のカーボーイ/ifもしも・・・/ウィークエンド/ローズマリーの赤ちゃん/泳ぐひと/できごと/フィクサー/ジョンとメリー/さよならコロンバス

1969年11月下旬号

外国映画批評:真夜中のカーボーイ

1969年11月上旬号

外国映画紹介:真夜中のカーボーイ

1969年10月上旬秋の特別号

旬報試写室:真夜中のカーボーイ

新作グラビア:真夜中のカーボーイ

2017/03/29

2017/03/29

82点

購入/DVD 
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よくわからない友情

時が経つにつれ2人の間に友情が芽生えている。
最後のカーボーイの哀しそうな表情にグッときた

2017/03/26

2017/03/27

80点

その他/宇都宮図書館 
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カーボーイ

久しぶりに見直した。映画製作時期は、1969年だから、日本では学園紛争で若者が荒れていた時代。米では、ベトナム戦争の泥沼の中へ若者が送り込まれ、「アメリカの夢」の崩壊と喪失の時代。そんな中テキサスの田舎男が夢見て都会を目指す。しかし、なかなか夢などかなうわけない。男娼にまでおちぶれるが、浮浪者のような男ラッショとの友情に目覚める。私もまさにその時代に大学生であったでの、主人公二人の心情も理解できる。時代の名作である。
邦題をあえて「カウボーイ」でなく「カーボーイ」と変えている真意は??
この時代のダスティン・ホフマンに木村拓哉似ていませんか?

2011/08/27

2016/12/21

85点

映画館/東京都/TOHOシネマズ六本木ヒルズ 
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ジョン・バリーの音楽に酔う

午前十時の真夜中のカーボーイは、1969年の封切初日、確か日比谷スカラ座の大きなスクリーンで観たのだったと思います。カーボーイ=車男という邦題には呆れましたが、中身は中学生のガキにも重く残るものでした。久しぶりに観て、テキサスの芋兄ちゃんジョン・ヴォイトが意気揚々とNYに向かう冒頭から、マイアミの途中のサーヴィスエリアまで、随所に流れるニルソン噂の男もいいけど、やはりツゥーツ・シールマンズのブルースハープを使ったジョン・バリーの哀愁帯びたテーマ曲が胸に響きました。映画は、冒頭から主人公ジョー・バックの回想(ケバケバしい祖母の押し付けがましい愛情、肉体関係を結んだ恋人との仲を、粗野な町民に引き裂かれ、レイプされた苦い思い出、等々)が頻出し、回想だけでなく願望や悪夢も次々と映像として示され、そうした願望映像は共演者のラッツォの分にまで拡張されるのでした。後半に登場するヒッピーのパーティ場面も印象的です。

2016/09/23

2016/10/05

100点

レンタル 
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エブリバディ・トーキン・アト・ミー♪

バディ・ムービーというと刑事ものを思い浮かべてしまいがちだが、「二十日鼠と人間」
や「スケアクロウ」など、社会の底辺に生きる男たちの秀作がある。本作はその中でも
最高峰だろう。学生の時に映画館で観たのだが、深い感銘を受けた。
恵まれた学生だったのだが、やはり実社会での経験がなく、漠然とした将来の不安が、
アメリカン・ニューシネマを肯定的に受け入れた。

D・ホフマンは「卒業」で強烈な印象を持ったのだが、次の作品が本作のラッツォで、
180度キャラクターの違う人物像を見事に演じた。
若い名優の出現をリアルタイムで確認したことで映画ファンとしての誇りとなった。
相方のJ・ボイトのデビューも新鮮で、ジゴロ気取りのテキサスのカウボーイを好演。
デカいカウボーイハットのジョーとチビで足の悪いラッツォ、
このツーショットが目蓋に焼きつき、永遠の名作として記憶された。

シュレシンジャー監督はイギリス人として、アメリカの最先端のNYと保守的なテキサス
を客観的に見る眼を持っている。65年「ダーリング」で保守的なイギリスの空気の中、
J・クリスティを弾けさせた演出力がアメリカを舞台に発揮された。二ルソンの歌う
テーマソングを効果的に使い、テキサスからNYへ渡る導入部を見事に演出した。
アメリカン・ニューシネマと挿入歌との親和性は一つの特徴だが、世界中の若者の
ハートを射抜いた。ラストのマイアミの明るい陽ざしで、彼の歌声が再び響いたが、
ラッツォに届くことはなかった。名作は深い悲しみで幕を下ろした…。

1991/08/15

2016/10/04

70点

レンタル 


ほっとさせられるところもある。

レンタルビデオで観た。

アメリカン・ニューシネマだから、アメリカ社会の矛盾や人生のやるせなさをえがいたりするのだが、この映画だと主役ふたりのジョン・ヴォイトとダスティン・ホフマンの絆が良く描かれているので、結末が嫌な終わり方しても、肌のぬくもりを感じさせる。世をはかなんでいても、人と人の繋がりはある、というか。

ジョー(ジョン・ヴォイト)が都会へ出てきた理由というのが、金持ちの女から金をもらい、セックスの相手したいという。それでうまくいかなかったと言って、それを社会を皮肉るという風にしては、俺がダメになったのも他人のせいにしているような感じでこれはどうかと思うのだが。

テレビのザッピングで「ウルトラマン」が映り、前々から聞いていたアメリカで放送されていたとは本当なんだと知った。

この映画が作られていた1960年代まではアメリカのテレビドラマが沢山受け入れられて、逆に日本のものがアメリカでは何にも放送されていないと思っていたので、これはカルチャーショックに近かった。まあ、「ウルトラマン」の前にも「鉄腕アトム」も放送されていたんだけど。

2001/03/27

2016/09/19

80点

テレビ/有料放送/ムービープラス 
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いいですね。

 この作品は有名ですね。今や娘の方が有名になってしまったジョン・ヴォイトですが、やはり渋いですよね。ま、このころは若いんですがね。それにダスティン・ホフマンという配役。この二人の奇妙な友情の物語が本当によかったと思いました。