ポーランドのポーとは平地と言う意味、その国土のほとんどは自然の障害物が少ない平地なので、防衛戦を破られ一旦攻め込まれると阻止するのが難しく、この国は度々世界地図から消滅の憂き目を経験している、なので今はNATO加盟国でありながら、物理的な軍備よりも諜報とかの情報戦略を重視する国防戦略が取られている、今作の時代は東西冷戦の末期、独立国とは言え東側陣営の一員としてソビエト連邦が事実上の宗主国であり、作中でも描かれているが軍事面の圧力は凄まじい、今作はこの様な状況下での実際の出来事であり、映画として多少の脚色はされているだろうが、基本的にはほぼ事実である、これは情報開示されたアメリカの資料からも裏付けされている、主人公のリズサルト・ククリンスキー大佐が亡命に至ったのは1981年、ワレサ議長が連帯を結成してその直後に軟禁され、国中に戒厳令が布告されるタイミングでの事、間一髪の亡命劇は映画用に作った話では無く、実際の話である、私は子供だったけどワレサ議長軟禁のニュースは良く覚えているし、後にアイルランドのバンド、U2なんかはこの出来事を歌にして大ヒットさせた、東西の緊張が極度に高まり、ニュースのコメンテーターなんかも、ポーランドの治安維持を名目にワルシャワ機構軍がいつ進駐してもおかしく無く、そうなれば西側としてもそれなりの対応は必至であり、またこの当時は両陣営の公然の秘密平時である、中性子爆弾が盛んに噂されていた時期でもあって、今思い返して見てもキューバ危機に匹敵する緊張した情勢だった、結局ソビエトのブレジネフ書記長は自重し時間の経過の中で収束していったけど、リズサルト・ククリンスキー大佐がスパイとして西側陣営に果たした役割は大きく、それは今作でも入念に描かれている、もし第三次世界大戦が起きるのならこの頃のこのタイミングだったかも知れなく、そう考えるとこの人は世界を滅亡の危機から救った英雄と言っても決して過言では無いだろう、冒頭の入りは主人公が尋問されているシーンから始まる、この時点では誰から尋問されているのかは解らないが、事前にスパイの非情な運命を観ている事で、作品全体の緊張感は持続される、そしてそれが伏線となり、ついにはラストまで引っ張る、決して新しいとは言えないしオリジナルでも無いけれど、今作の題材の性格に合った素晴らしい演出だ、パトリック・ウィルソンが主人公に勲章を見せる、軍人らしい反応を観る側は期待するシーン、だが複雑な表情を一瞬捉えただけで切り替わる、ここは演出次第では最高の見せ場になるのだが、監督のヴワディスワフ・パシコフスキはあえて捨てている、実際にこの通りだったのかは知らないが、ククリンスキー大佐を軍人と言う側面よりも、一人のポーランド人として、夫であり父親として描きたかったのだろう、それらのエピソードは終盤近くになると頻度が上がり、ドラマに深みを与えている、この題材を単なるスパイ物映画にはしたくはなかったの制作側の思いが伝わってくる、主演のマルチン・ドロチンスキーはポーランド国内ではきっと名の有る役者なんだろう、ため息が出る程に役に入り込んでいて、これ以上何も言うことが無いくらいだ、スピルバークも「ブリッジ・オブ・スパイ」で大スターのトム・ハンクスなんか使わずに、マーク・ライランスとバランスの取れたキャスティングをしていれば、もっと高い評価になっただろうに、最後にククリンスキー大佐の二人の息子は不自然な死を遂げている、何かの勢力からの報復があったのだろうか