いちご白書

いちごはくしょ|The Strawberry Statement|----

いちご白書

レビューの数

29

平均評点

72.0(129人)

観たひと

191

観たいひと

15

  • VODで観る

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1970
公開年月日 1970/9/26
上映時間 109分
製作会社 ロバート・シャートフ=アーウィン・ウィンクラー作品
配給 MGM
レイティング
カラー カラー
アスペクト比
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

アメリカの学園紛争の中に描かれたある青春。製作は「汚れた7人」のアーウィン・ウィンクラー、とロバート・チャートフのコンビ。監督はテレビ出身の新人スチュアート・ハグマン。ジェームズ・クーネンの原作を新進劇作家イスラエル・ホロヴィッツが脚色。撮影はマイク・マークィリーズ、音楽はジョニー・ミッチェルほか、美術はジョージ・W・デイヴィス、プレストン・エイムズ、編集はマージョリー・ファウラー、フレドリック・スタインカンプ、ロジャー・J・ロスがそれぞれ担当。出演は「去年の夏」のブルース・デイヴィソン、「勇気ある追跡」のキム・ダービー、ほかにバッド・コート、マーレイ・マクロード、ボブ・バラバン、ダニー・ゴールドマン、エドラ・ゲール、それに原作者のジェームズ・クーネン、脚色のイスラエル・ホロヴィッツなど。1970年(第23回)カンヌ映画祭で審査員賞を受賞。メトロカラー、メトロスコープ。1970年作品。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

サイモン(ブルース・デイヴィソン)の大学は、目下ストライキ中だ。学校当局が、近所の貧しい子供たちの遊び場になっている土地に、予備将校訓練隊のビルを建てようとしたのが、そもそもの始まりだった。これに社会不安、政治状況がからみあって、騒ぎは深刻の度を加えていった。サイモンはボート部員で、学校友だちのチャーリー(ダニー・ゴールドマン)と同居していたが、ある日、見物がてら警備線の張りめぐらされた、構内に入って行った。チェックを受けて本館に入ると、内は占拠学生で賑わっていた。総長室で用を足すカップル、天井から入り込むベントン博士(イスラエル・ホロヴィッツ)、オルガナイザーのエリオット(ボブ・バラバン)、議長役の学生(ジェームズ・クーネン)、など、サイモンの好奇心を刺激してやまなかった。そこで、偶然、校門のところで魅かれた女の子に出会った。彼女はリンダ(キム・ダービー)といい、女性解放委員をしていた。リンダと知り合ってから、サイモンは積極的に闘争に参加するようになり、舵手のエリオット(バッド・コート)を、篭城組にひき入れてしまった。しかし、リンダには、闘争に対するサイモンの態度が気に入らず、またボーイフレンドのいる身で、いつもサイモンと一緒にいることにもたえられず、彼から去って行ってしまった。リンダのいなくなった篭城生活は、サイモンにとって、バラ色の光を失ってしまったが、反対にゲバルト闘争に対する本質的な眼が開きはじめた。そして、右翼のボート部員ジョージ(マーレイ・マークロード)に殴られたことから、急速に、運動の渦中へ入っていった。その彼の意識の高揚を待ち受けていたかのように、リンダが彼のところへ戻って来た。彼女と同じ目的のため、手をたずさえて行動することに、彼ははじめて、すがすがしい生き甲斐のようなものを感じた。時が経つにつれて、当局の腐敗が暴露され、学生の怒りは、奔流となってあふれ出した。ついに、当局は実力行使を決定。武装警官隊は州兵の応援を得て、バリケードを破り、屋内に突入して来た。講堂に数百名の学生たちが集結していた。侵入者たちは、大義名分を盾に、暴力をふるい、襲いかかった。学生たちは、学内いっぱいに波紋のような輪をつくり、怒りをころして抗議をつづけていた。しかし、棍棒はようしゃなく振りおろされ、輪はたちまち寸断されてしまった。学生たちは、次々に排除され、サイモンとリンダもその中にいた。2人は、たがいにかばい合い、権力の暴力に抵抗した。棍棒がリンダの顔を鮮血で染めた。サイモンは純粋な怒りをもって、警官に躍りかかっていった。だがやがて、学生の反抗は、圧倒的な武力の前に鎮圧されてしまった。しかし、いま、沈黙をよぎなくされた、これら若き怒りたちは、明日の反乱の日を求めるかのように、学内を彷徨い続けていた。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2011年11月下旬号

UPCOMING 新作紹介:「いちご白書」語り継ぎたい映画シリーズ vol.1

1970年11月上旬号

映画批評:いちご白書

1970年10月上旬秋の特別号

特別グラビア:学園紛争の中の青春 「いちご白書」

造反するアメリカ映画:1 「いちご白書」の映像的なメッセージ

1970年8月下旬号

外国映画紹介:いちご白書

2011/12/12

2019/02/19

-点

映画館/東京都/新宿武蔵野館 
字幕


瘡蓋は疼いたか

40年前の映画がリバイバルされた。映画『いちご白書』はバンバンの歌が大ヒットした際、中学の担任に教えてもらった。
その頃はいっぱしの映画好きを自認していたのだが、この映画のことは知らなかった。おそらく正式にロードショウ館でリバイバル上映されていなかったのだろう。
荒井由実が ♪いつか君といった映画がまた来る~ と書いたのは名画座に『いちご白書』が回ってきたときにインスピレーションが湧いたのだと思う。
そのバンバンの『いちご白書よもう一度』は1975年の発売なので、映画の公開から5年後のことだった。
学生運動が華やかし頃へのノスタルジーとしても、まだ当時の若者たちには挫折した闘争の傷が生々しく膿んでいたに違いない。

 師走の新宿武蔵館の最終回。席はガラガラだと思っていたところ、還暦過ぎのおじさんたちでそこそこ埋まっていた。
膿んでいた傷はかさぶたすらも残っていないだろうが、映画を観ながら消えてしまった傷痕を疼かせていたのではないだろうか。
それにしても夜の上映という事情もあるが、女性客は驚くほどまばらだった。
この調子では ♪君も観るだろうか いちご白書を~ はおじさんたちだけのメモリーになっていたのかもしれない。
ラジオでの受け売りで、女は思い出を「上書き保存」してしまうが、男は「名前をつけて保存」するという話は頷けなくもない。男と女ではメモリーの機能が違うのだろう。

 そんな保存された記憶がそこかしてこで疼いているような館内で、当然にして私はどこか疎外感を味わうことになる。
 映画は後追いながらテレビで観ていた。バフィー・セント=メリーの主題歌「サークル・ゲーム」も何度か聴いた。歌が流れた時は懐かしいとも思った。
 やはり曲と映像が寄り添っている映画は、今、この映画を観ているのだという臨場感が味わえるのが有難く、このことは「午前十時の映画祭」でも痛感している。
しかし、やはり『いちご白書』は自分の映画ではなかった。

 大学の時、学生運動の記録フィルムの上映会に出掛けたことがあった。
 東大や日大での大学立法粉砕デモや国際反戦デー、新宿のフォークゲリラの映像を見ながら、十年前の日本はこんなに熱かったのかと目を瞠る思いがしたものの、所詮、我々は全共闘、学園紛争を冷めた目で見てきた世代ではある。

 そういえば校門前でマスクをした学生が配っていたアジビラを職員が回収する大学を受験したとき、「ダメだこの大学は」と思ったし、いざ自分の大学でも、ある事件が勃発して学内が騒然として、今までろくに授業に顔を出さずにだらだらしていた奴が、嬉々としてシュプレーヒコールをしているのを眺めながら「ダメだこいつは」とも思ったものだった。私は『いちご白書』の主人公にはあらかじめ共感できない前提があったと思う。
 逆にいえば、その分だけ『いちご白書』を冷静に観ることが出来たつもりでもいる。

 35mmニュープリントの綺麗な画面はそれほどの古さを感じさせなかった。
 今、電車の中でつけ睫毛をする女の子たちを大勢見かけるように、流行サイクルがちょうど70年当時にシンクロしていることもあるかもしれない。
 各国で起こっている民主化運動のデモや騒動のニュース映像がしばらく続き、政治状況も当時と似ているということもある。
 バリケードで封鎖された大学構内の場面なども大した違和感もなく観ることができるが、もし十年前に『いちご白書』を観たらもっと古めかしく感じていたのだろうか。

 もともと革命思想に燃えたぎる若者たちを描く映画ではない。
 舞台はサンフランシスコ郊外のわりと牧歌的なキャンパス。一応、部屋には流行としてチェ・ゲバラや毛沢東の拡大写真を貼っているが、学園構内でアジっている学生たちをぼんやりと眺めていたボート部所属のサイモン。
 おそらく、貧しい子供たちの遊び場になっている土地に、予備将校訓練隊のビルを建てようとした学校側を糾弾するというスローガンにも興味を持てなかったのだろう。
 ところが彼はキュートなリンダにひと目惚れしてしまい学生運動に参加する。
 サイモンが紛争に巻き込まれていくのはそんな他愛のない動機がきっかけだったが、何か若者らしい衝動を欲しがっていたこともあったのだと思う。
 『いちご白書』の特筆すべきは、まさにその時代の渦中に作られているということで、ノスタルジーとは別の次元で学生運動を描いているということだ。
 ベトナムがあって反戦があって、そこに資本の横暴を見出した若者たちがムードに乗って雪崩現象を引き起こしたというのが闘争の実際なのだとすれば、映画は時代の空気をよく描いていたと思う。

 このたびのリバイバルために作られた公式HPで「アメリカン・ニューシネマを代表する1本」と紹介されている。
 実はこの映画をニューシネマとした記事に初めてお目にかかり、一瞬「え?」と思う。
 おそらく製作者もニューシネマとして作ったのではないだろうし、日本での封切りも配給会社の宣伝はニューシネマとしては売らなかっただろう。
 しかし、なるほど「時代の中で生まれ、時代に翻弄されて、時代に消されていく」のがニューシネマの定義だとすれば、『いちご白書』は間違いなくニューシネマだった。

 洋楽に対する知識が浅く、バフィー・セント=メリー「サークル・ゲーム」は別としても、ジョニー・ミッチェルもC、S、N&Yも知らないので作中に氾濫する音楽には少なからず退屈させられたが、学生たちが大学構内の体育館に輪を作って立てこもり、床を鳴らして抗議するところを突入した武装警察に蹴散らされる場面は今観ても迫力十分だ。
 それまで音楽に合わせて映像をスナップショットのように重ねていく牧歌的な展開だっただけに、ひたすら暴力によって狩られていく学生たちをドキュメンタリーのようにリアルに映し出したクライマックスと、警官に棍棒で殴られたリンダめがけてダイブしたサイモンのストップモーションで終わるラストはそれなりに衝撃的だった。

 上映が終わり、館内が明るくなって席を立つおじさんたちに、『いちご白書』のラストがどう映ったのかは知る由もないが、彼らがサイモンたちと同じ若者だったという記憶まで35mmニュープリントリマスター版で再現されていればいいな、とふと思った。

2018/02/19

2018/02/20

77点

その他/ツタヤTV 
字幕


久しぶり、42年ぶりに見た。

 2011年にデジタル・リマスターで劇場公開されたらしいが、無理やり上下にマスクをかけた為、ラストシーンでブルース・デイヴィソンの顔が切れたらしい。
(AmazonのDVDレビューより。)

 2011年11月25日に、ツタヤオンデマンドでDVD発売されている。4:3 字幕は消せないビデオ素材のものか。
  (復刻シネマライブラリー=ツタヤオンラインのページから)

 2018年2月19日現在は、ツタヤTVとビデオマーケットの配信で見れる。
 ツタヤTVで見たのだが、レコーダーからアクセスして見れた。(要、クレジットカード)

 4:3のスタンダード画面。レストアしたような形跡もないが、それほどの退色もなくVHSに準じた画質ではあるが、まぁ見れた。(ネット状態が良くないのか、5回ぐらい音が切れた。戻って再生すると正常だったが。)

 映画はMGM制作だが、ガチガチのニューシネマ・タッチ。
 曲の使い方、モンタージュ、どこを取っても素人臭い映像。
 
 キム・ダービーとブルース・デイヴィソンの淡い恋も、よく分かんないうちに消えかかったりして、よく言えばリアルな若者の恋の描写だ。

 だが終盤の、機動隊導入のシーンになると別物のように迫力が出てくる。
 歌(ジョン・レノンのらしい。)を唄いながら床を叩き続ける学生。カメラは時に真上の天井から、円形スクラムの学生たちを映す。
 まるでバスビー・バークレーの幾何学模様だが、あれと違って、こちらは悲壮な迫力だ。
 学生の叫び声と、催涙ガス噴霧器の無機質な音が響くだけ。
 音楽なし。
 サークルゲームの歌が流れだすラストクレジットまで、秀逸な演出・流れであった。

  主題歌はバフィ・セイント・メリー。(彼女の歌声は「ソルジャーブルー」でも聴ける。)
  
映画は実録で、舞台は1968年4月のコロンビア大学。
 日本公開は1970年9月。
 私がテアトル新宿で見たのが、1972年8月。
 学園紛争の嵐は、とうに吹き去った後であった。

「サークルゲーム」訳詞
  洋楽和訳めったpops より転載      ツタヤTVより転載

昨日 外に出てきた子供が不思議がってた    昨日 子供が外に遊びに行った
yesterday, a child came to wonder
トンボをつかまえて瓶の中に入れて見てた    瓶の中にはトンボが一匹
caught a dragonfly inside a jar
雷の音が鳴り響く空を怖がって         大変だ 雷が鳴ってる
fwarful when the sky was full of thunder
そして流れ星を見て たくさん涙をためて    流れ星を見たら涙がにじんで
and tearful at the falling of a star

そしてその子供にも季節は10回巡っていった  それから季節は10回巡り
then, the chaild moved ten times 'round the seasons
凍った川でのスケートも10回経験したのね   氷の小川で10回すべった
skated over ten clear frozen streams
「大人になったら」って言葉で納得するしかなくて 少年は大人になるのが待ち遠しかった
words like, "when you're older", must appease him
「いつかね」って約束で夢見ていったのよ    少年は未来を夢見た
and promises of someday make his dreams

*そして季節は巡り巡っていく          季節は巡り木馬ははねる
and the seasons they go 'round and 'round
 彩られた木馬たちも上に行ったり下に行ったり 
and the painted ponies go up and down
 私たちは時間の回転木馬に捕らえられているのね  時のメリーゴーランドに捕らわれて
we're captive on the carousel of time
 私たちは戻れない                でも戻れない
we can't return
 そして私たちができるのは            振り返るだけ
we can only look behind
 歩んできたこの道を振り返るだけ
from where we came
 そして何度も何度もくり返すの           巡って巡って 回転木馬
and go round and round and round
 このサークルゲームを
in the circle game
 そして大人になっていくのよ


16回目の春と夏が今過ぎていった         16回の春と夏が過ぎ  
sixteen springs and sixteen summers gone now
街では馬車に代わって車が走るようになった     馬車は自動車に変わった
cart wheels lost to car wheels through the town
まるでこう言ってるみたい
and you tell him
「ゆっくり行きな もうすぐだよ       楽しむんだ 人生は長くないのだから
"take your time, it wom't be long now
君が足を引きずって             時の流れが遅くなり
'til you drag your feet to slow the circles down"
このサークルゲームは ゆっくりになるからさ」  そして止まるまで

さらに年月は流れ あの少年はもうはたち    明日を夢見る少年はもうはたち
so the year spin by and now, the boy is twenty
いくつかの愛を失う一方            夢は消えたけれど
though his dreams have lost
いくつかの大きなことは実現したの       雄大さは本当に
some grandeur coming true
新しい夢も生まれてくる            きっと新しい夢が
there'll be new dreams,
もっと素敵な夢がたくさん         もっと素敵な夢が一杯
maybe better dreams and plenty
最後の思春期が過ぎていくその前に     季節が巡り終わる前に
before the last revolving year is through








 

2012/07/07

2017/08/17

70点

映画館/群馬県/シネマテーク高崎 
字幕


いちご白書をもう一度

フォークソングのタイトルとしてなら知っている『いちご白書』というものが
こういう作品だったんだなと知ることが出来ました。

何となく始めた奴と真剣に打ち込んでる奴とがいる学生運動が
こんな凄いラストを迎えるなんて…
ラストを迎えるまでは意外と淡々としてて、抑揚も何もない感じがしたけど
体育館(だよねあの場所)に集まった学生たちを一斉検挙する警察の暴力と
ほぼ無抵抗に引き剥がされていく学生の輪が、スローモーション的な映像と共に
迫力&悲しく映し出されて圧倒的でした。

同時期の日本の学生運動を描いた作品での『頭でっかち』な日本の論理先行な学生運動とはちょっと質が違うように感じました。
当時の流れを汲み取って日本でも行われていた運動と
『いちご白書』で描かれる運動との違いを感じる事が出来たのが何より良かったと思います。

1970年

2017/06/25

80点

映画館/長崎県 
字幕


サンフランシスコorニューヨーク

原作どおりに、コロンビア大学を舞台に作ったらどうなっていたんだろと夢想するが、甘ちょろいボーイ・ミーツ・ガール映画とするなら、サンフランシスコは正解。
とあれ、映画「いちご白書」は、長崎に住む映画と勉強しかない中学生に、アメリカ大学生の生活を妄想させ、大きな影響を与えた。この映画なければ、CSN&Yも知らないままの10代で、大学でボート部に入ることもなかったのはまちがいない。
河の水面、公園、遊園地そして坂道の光と風。フリーセックス、ゲイ、学生運動...サンフランシスコの空気をたくさん吸わせてくれました。
そして、”All we are saying is give peace a chance"のラストは、すこし感傷的な気持ちにさせてくれます...これじゃまるで あの歌そのものですねえ(苦笑)
若者と体制の...のは、おいといて、21世紀のいまでも、70年台はじめの西海岸の風景と音楽(もちろんキムダービーも)が素敵な映画です。


場所は長崎(今はなき)新世界劇場、時は夏休み前 併映は「エルビス・オン・ステージ」、そして高校生で満員でした。

1976/01/08

2017/04/18

70点

テレビ/無料放送/テレビ東京 
吹替


カットひどし

ラスト、ストップモーションになってから、メリーゴーラウンドのショットがカットされてる。

2017/01/30

2017/02/01

92点

購入/DVD 


USバージョンDVD

5年前(2012年)にリマスターされ劇場でリバイバル公開され、のちに高品質なパッケージがリリースされるのではと期待していたが全くその気配なし。
今回はUSバージョンのDVDにて鑑賞
繰り返し鑑賞しているため字幕なしでもほぼ問題なし
いかんせんVHSなみの画質はなんとかできないものだろうか
国内ではTSUTAYAがオンデマンド方式のDVDを販売しているが画質に期待できそうにない。
いつになったら今時の画質の本作品に巡り会えるのだろうか。

作品内容としては40数年前に感じたみずみずしさをいまだに感じさてくれる。コントロールされないカメラの動きや編集の気持ちよさは現在の映画では味わえない新鮮さを保っている。