ママは,エマとも,そしてM(ジュディ・デンチ)とも呼ばれる.古い世界があり,そこには,影の世界と組織がある.英国のそうした影は,しかし,国防にとって有効かどうか,影の暴力は正義かどうかが,首相も同席する審問で裁かれようとしており,Mはその最前線に立たされている.
彼女を慕い,従う男としてジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)は登場している.一方,愛憎半ばにして,彼女を付け狙うシルヴァ(ハビエル・バルデム)が後半には現れてくる.Q(ベン・ウィショー)の世代交代もあり,影は揺らぎ,そこにある古風は絶えようともしている,トルコでは車が人の群れを裂いて走り,グランバザールのあたりでバイクが屋根上を疾走し,列車が走るとともにその屋根に二人の男が争っている.通路は中ほどに危うい線を描きながら突進するものたちになぞられ,時には闊歩される.そこには重機も力強く動き出している.そうした中でジェームズは水中へと落下し,流れていく,終盤でも彼は氷の下へと落ち込んでいく.あるいは彼の手から滑り落ちたテロリストは,高層ビルから地面に向けて落下していく.
サソリが怒っているようにも見える.「チャーチルの地下壕」とされる地下は影の組織に相応しい場所のようにも見えてくる.ジェームズの復帰テストが行われながら,話が続けられていく.上海からマカオへと舞台は移されようとする.音のない殺しと音のない移動があり,人工的な光はマカオでオレンジの暖色系の光へと変化しようとする.漢字とネオンが見え,争うシルエットが影を印象させる.廃墟の島にも影はあり,モディリアーニの絵画とともに現れた謎の女セブリン(ベレニス・マーロウ)の笑いは刹那的にも見えている.
幸運の何たるかが示され,ジェームズは食物連鎖と爬虫類を皮肉り,死についての問いがなされようとしている.舞台は,ロンドンの地下鉄に移り,その生き物のような姿態がのぞかれたかと思うと,ラッシュアワーの中を滑り台で遊ぶような追跡がなされる.
テニソンの詩が引用され,古い車は過去を象徴するスコットランドの荒野へと女と男を誘っていく.そこにはヘリがシルヴァを連れて舞い降りてくる.音と風と火が持ち込まれ,「古い」家は爆破される.そこにはキンケイド(アルバート・フィニー)がいる.一息ついてリラックスしようとシルヴァは呼びかけている.その近くには墓標が見えている.