これは当時の大映スタア、阪東妻三郎・嵐寛寿郎・片岡千恵蔵・市川右太衛門・月形龍之介らが大挙して出演する「オールスタア映画」。しかし戦時中の国策映画なので、スタッフ・キャストのクレジットはありません。原作は菊池寛、監督は丸根賛太郎、脚本は舘岡謙之助&松田伊之介、音楽は宮原偵次&深井史郎。元寇(蒙古襲来)をテエマにした物語です。
当時の「元」は世界最強。支那・満州・朝鮮を攻略、西方では中央アジアを征服、さらにロシアを席捲、ポーランド・ハンガリイを蹂躙、欧州を戦慄せしめました。そして我が日本へ繰り返し使者を送るやうになりますが、その視点は常に日本を格下に見る態度。
文永の役後、北条時宗(片岡千恵蔵)は元の使者五名を斬首。日本への侵略を前提としたスパイと見做されたからでした。首を斬る瞬間は波しぶきの映像になります。ここに時宗、元国・クビライをはつきりと敵とみなし、必ず来るであらう次の来襲では、勝利する事を堅く宣言します。
サテ伊予国では河野家と忽那家の名門二家がありますが、両雄並び立たず、何かとイザコザが起きてゐます。差し詰めモンタギューとキャピュレット。しかし来たるべき元との戦が迫る国難の時期に、いがみ合つてゐる場合ではないと、河野家は忽那家に使者を送ります。しかし忽那の総帥・重義(嵐寛寿郎)はこれを拒否、しかも辱めを与へて返します。和睦派の弟・重明(原健作)はこの仕打に激怒、単身河野家へ詫びに行きます。
河野家では捕へられた重明ですが、命懸けで和睦を実現するとの言葉に、河野家のカシラ・通有(阪東妻三郎)も納得して返されるのでした。
そして遂に元軍が日本を目指します。このニュースに時宗は皆を鼓舞し、日蓮上人(市川右太衛門)は大衆を集めて大演説、蒙を開きます。河野通有は「戦に勝つまで烏帽子を被るまい」と誓ひます。元軍を迎へ討つ博多へ、続々と集まる各軍勢。河野家との和睦に否定的だつた重明も船と共に集結し、通有と手を組むのでした......
1944(昭和19)年と云へば、既に日本の敗色濃い時代。疲弊した国民に対し、嘗て我が国には「神風」が吹いた、今回も一億総攻撃で日本人の心が一つになれば新たな神風が吹くであらう、みたいに愛国心を煽る目的もあつたのではないでせうか。
元元この作品は五所平之助の予定だつたと聞きます。しかし五所は河野家の姫・水緒(四元百々生)と忽那家の重明との恋愛に重きを置いた「ロミオとジュリエット」もどきの作品にしてしまつたので、当然これでは戦意高揚映画にならないと、丸根賛太郎に交代したさうです。五所は元元国策映画は作らないと公言してゐたさうで、考へてみれば初めからさうすれば良いのにと思ひます。
国策プロパガンダと云ふ事で、観る価値なしと切り捨てる人もゐるかも知れませんが、やはり大スタア達の演技は皆それぞれ個性的で素晴らしい。バンツマは矢鱈と感情の高ぶりを示すエキセントリックな海運のカシラ。千恵蔵は大時代な発声で時代のリーダーを、アラカンは逆にヤクザつぽい話し方で魅了し、右太衛門は大衆を鼓舞する大演説。夫々共通するのは、他の出演者に交つても一人だけ個性的過ぎて浮いてゐると云ふ事ですな。
その他では、別宮通商役に月形龍之介(余り目立たない)、超好青年の忽那重明役に原健作で、戦後のワルのイメエヂがある人が見ると吃驚します。彼と心を通わせるのが、河野のお嬢様・四元百々生(五所平之助監督の「伊豆の娘たち」に出てた人)で、中中可愛いです。
笑つてしまつたのが、自分も戦に参加させてくれと猛アッピールする「85歳の井芹秀重」役の高山徳右衛門。「自分が老齢過ぎるなら息子がゐる、69歳と若い」。念の為に云ふと、この高山徳右衛門とは、薄田研二の本名であります。戦前から「85歳」の老け役を演じてゐたのですね。
クライマックスは、「神風」が元軍を完膚なきまでに粉砕する嵐のシーンであります。ここは特撮を駆使し、担当したのは「東宝株式会社」、即ち円谷英二。白黒かつ映像が鮮明でない事が逆に幸ひし、粗は殆ど目立ちません。「ハワイ・マレー沖海戦」で戦前に於ける特撮の頂点を極めた円谷、ここでも手堅い仕事ぶりです。
当時の観客は、スタア共演もさることながら、日々切迫する戦況の中で、日本が蒙古を撃退した歴史をなぞる事で勇気を得たのでせうか。それならば本作の目的は達せられた事になります。鼻白む向きも多いでせう。さはさりながら、映画人たちは皆、力量を発揮したのは間違ひありません。