三村伸太郎の世話物は長屋の庶民の淡々とした日常生活が匂い立ってくる。山中貞雄監督の「人情紙風船」や「河内山宗俊」の雰囲気を期待した。
所帯持ちの朝支度は早い。独り者の権三(横山エンタツ)は向かいに住む所帯持ちと朝の挨拶を交わしながら炭火を貰ってくる。火を起こす手間をこうやって省く。今どきの映画では見かけることがなくなった場面である。忘れられた庶民の扶け合う生活の知恵がさりげなく描かれて、文化的に価値のある描写と言える。
この長屋に彫物師長次が住んでいる。彫り上げた仏像を幼馴染のおうた(山田五十鈴)から、「目が生きていない」と評されて一旦は怒ったものの上方へ修行に出る。そこまでだった、職人が精進する話は。
長次(長谷川一夫)が水戸への密使を引き受ける辺りから流れがおかしくなる。政治への関わりよりも彫り物に精進しようとする長次に、勤皇の志士(丸山定夫)は長次が彫った仏像を一刀両断にしてしまう。入魂の作を切断されて、長次は怒るかと思ったら、何と「私が思い違いをしていました」と謝るではないか。
江戸庶民の生活を通して職人気質の矜持を描くかと思ったら、主人公は今までの精進をあっさり捨てる。国の緊急時に命を捧げることが最大の使命であり、そんな時に芸術の創造にうつつを抜かす自分を恥じる。
一刀両断したシーンから残念な凡作に化けた。前半の職人気質や本物を求める精進ぶりが後半で台無しになった。国策に合わせながら、創作家としての矜持をこっそりと忍ばせるような芸当ができる世相では無くなっていたようだ。
昭和18年7月公開。5ヶ月後の12月には真珠湾攻撃で戦争の火蓋は切られる。そういうご時世が反映してか国策映画見え見えの作品になった。他山の石を以って玉を攻(おさ)むべし。
勤皇の志士、日下部伊佐次を演じた丸山定夫は1945年8月6日、広島で「無法松の一生」を公演中に被爆した。享年44歳。