2001年宇宙の旅

にせんいちねんうちゅうのたび|2001: A Space Odyssey|2001: A Space Odyssey

2001年宇宙の旅

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レビューの数

247

平均評点

81.9(1492人)

観たひと

2241

観たいひと

186

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル SF
製作国 アメリカ
製作年 1968
公開年月日 1968/4/11
上映時間 149分
製作会社 スタンリー・キューブリック・プロ
配給 MGM
レイティング 一般映画
カラー カラー
アスペクト比 シネラマ(1:2.59)
上映フォーマット シネラマ
メディアタイプ フィルム
音声 6chステレオ

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

科学小説作家アーサー・C・クラークと「博士の異常な愛情」のスタンリー・キューブリックが製作・監督したSF。撮影は「オセロ」のジョフリー・アンスワース、補助撮影はジョン・オルコットが担当した。なお、特殊撮影効果のすべてはキューブリックの考案、監督のもとに行われた。セットの製作デザインはトニー・マスターズ、ハリー・ラング、アーネスト・アーチャーの3人を中心にデザイナーと製図工35人が動員された。特殊効果監督には、ウォリー・ビーヴァーズ、ダグラス・トランブル、コン・ペダーソン、トム・ハワード、の3人があたり衣裳は、ハーディ・エイミーズが担当した。そして、この映画を科学技術的に正確にするため、キューブリック監督はアメリカ航空宇宙局の多くの科学者、アメリカおよびイギリスの主要な科学研究所や大学と密接な提携をし、撮影中は、3人の一流科学者が技術顧問としてつき添った。それはもと陸軍弾道ミサイル部のフレドリック・J・オーダウェイとハリー・H・C・レンジ、元航空宇宙局の宇宙飛行センター勤務で、今はアラバマ州ハンツビルのジェネラル宇宙飛行研究会社のジョー・C・ジマーシャルである。出演は「女狐」のキア・デュリア、TVや「ヤング・ヤング・パレード」のゲイリー・ロックウッド、「BM15必死の潜行」のウィリアム・シルヴェスター、「キッスは殺しのサイン」のレナード・ロシター、「BM15必死の潜行」のマーガレット・タイザック、コンピューターに扮するダグラス・レインである。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

有史以前。類人猿の群れが、荒野に点在するわずかな植物を食料に、他の群れと水を奪い合い、外敵に怯えながら細々と生き延びていた。そんな彼らの前にある日、謎の黒い石板状の巨大な物体が姿を現す。それに触れた彼らは、辺りに散らばっていた動物の骨を道具として使うことを覚える。その骨を使って狩りをするようになった彼らは、肉を食料にし始め、骨を武器として他の群れとの争いにも勝利する。時は移り……。地球を飛び立ったアメリカの宇宙船が、宇宙ステーション目指して飛行を続けていた。ステーションに到着した宇宙船から降り立ったのは、フロイド博士(ウィリアム・シルベスター)。そこでソ連の科学者と会った博士は、月面のクラヴィウス基地と2週間ほど連絡が取れなくなっているとの話を聞く。ソ連の宇宙船が緊急着陸を拒否されたことから、基地では伝染病が蔓延しているのではないかとの噂も流れていた。だが実は、博士は極秘任務のためにクラヴィウス基地へ向かっていたのだ。伝染病蔓延説は、秘密保持のため、基地側が意図的に流したデマだった。博士の訪問は、その秘密の公表に関する判断材料を得ることが目的だった。ステーションで宇宙船を乗り換え、基地に到着した博士は、月面のとある場所を訪れる。そこでは、あの黒い石板状の巨大な物体が発見されていた。しかも、それは400万年前、何者かによって意図的に埋められたものだという。宇宙服を着たまま、石板に触れる博士。さらに一行がその前で写真を撮ろうとすると、甲高い金属音が全員を襲う……。それからしばらく経ち、木星探査計画開始から18か月後。5名のクルーを乗せた有人宇宙船ディスカバリー号が木星へと向かっていた。船内では、ボウマン指揮官(キア・デュリア)と副官のプール(ゲイリー・ロックウッド)を除く3名が木星到着まで冬眠状態。代わりに船内の全機能を管理するのは、最新型コンピューター“HAL9000”、通称“ハル”だった。ボウマンの指揮下、人間以上の正確さで膨大な任務を遂行し、会話も可能なハルは、6人目のクルーとも言える存在だった。やがて、地球との交信に必要なパーツの不調を検知するハル。だが、ボウマンが確認したところ、異常は見当たらなかった。その原因を問い質すと、ハルは“自分の機能は完璧。人間のミス”と回答。その様子に、ハルの異常を疑ったボウマンとプールは、ハルの中枢機能の停止を決断する。ところが、それを察知したハルは、船外活動中のプールと冬眠中の3名を殺害。プールを助けようと船外に出たボウマンも危機に陥ったものの、辛うじて生還するとハルの思考機能を停止させる。その時、木星到着後に公開予定だった動画が再生され、極秘だった探査の目的が明らかになる。月面で発掘された例の石板が地球外の知的生命体の存在を示していたこと、そしてそれが木星に向けて強力な電波を発信していたこと……。やがて、木星に到着するディスカバリー号。そこでボウマンが目にしたものとは……?

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2019年3月下旬映画業界決算特別号

2018年映画業界総決算:第3章 映画界事件簿 時代を超えた「2001年宇宙の旅」

2010年8月下旬号

午前十時の映画祭:「2001年宇宙の旅」「ミクロの決死圏」

2001年8月下旬号

作品特集 「PLANET OF THE APES/猿の惑星」第2弾:「猿の惑星」「2001年宇宙の旅」「A.I.」が予見するもの

2001年4月下旬号

特別企画 映画館主義 絶対映画館で観る!:「2001年宇宙の旅」

1968年6月上旬号

外国映画批評:2001年宇宙の旅

1968年5月下旬号

鼎談 「2001年宇宙の旅」の謎を解く:問題のシネラマ大作の本当のテーマは果して何か?数々の不思議なシーンの意味をSF作家が解明する 星新一×福島正実×小松左京

外国映画紹介:2001年宇宙の旅

1968年4月下旬号

新作グラビア:2001年宇宙の旅

2021/01/08

2021/01/09

100点

VOD/NETFLIX/購入/テレビ 
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全て現実

ネタバレ

2時間半の映画だが、話しはコンパクトだ。ところがこの映画、カメラが実にゆっくり動くのだ。カメラの静かな動きが宇宙と人類の歴史を見事に具現化している。全く音のない宇宙の世界は、その後アルフォンソ・キュアロンの『ゼロ・グラビティ』に至るまで異なった解釈で映像化されてきた。長い年月をかけてこの映画が現実を超越し、我々は未だに木星へ到着すらしていない。

この映画に至らされる音楽と音の融合もまた見事だ。音楽と飛行士の呼吸、息遣い。この映画ほど人を感じさせる映画はあるだろうか。HALの意思で黄色い宇宙服を着た飛行士が”殺される”。AIが人を殺すのだ。この衝撃に”音”はない。ただ一瞬もがき苦しむ飛行士の姿が窓の向こうを移動するだけだ。あとは人の呼吸とHALの声だけが続く。宇宙船を照らす強い太陽光の反対側は全く視界のない黒が反射する。宇宙空間で繰り広げられる白と黒の反転は、天使と悪魔を一瞬で象徴する。

冒頭の猿人がモノリスと遭遇し、一気に宇宙へと飛躍するイマジネーション。そして人とAIが対立して、さらなる宇宙をめぐる長い長い光のシーン。これは人類の創生を思わせる。聞くところによるとダグラス・トランブルはこの技術をテレンス・マリックに見込まれ、『ツリー・オブ・ライフ』に再現したそうだ。

その先にある世界はボーマンが新たに至る新しい世界。そして彼の心理は新しくスターチャイルドとして生まれ変わる。これは宇宙を描きながら、全く違うものを示している。進化論を阻んだキリスト教。地動説を否定した慣習など、人の中に潜む”現状維持”という常識を覆すことがこの映画の目的なのだ。全ては小さな変化からこのドラマは大きく動く。一つは猿人が猿人を殺す歴史。その手に持った骨の武器。人は武器を持って攻撃するところから大きく進化した可能性がある。

AIが人を支配する、という現実はもうすでに我々の生活に浸透している。もう我々はAIなくして生きることはできないだろう。昨年来人類をアタックする感染被害は、見えない進化かもしれない。人はよりいっそうAIなくして生きることができない。そこでAIがもし感情を持つとしたら、人はそれに対抗する力があるのだろうか。

HALのいう言葉に「ミスは人間が犯す」というのがある。人が作ったAIに支配されるというのは必然だ。育てた子供に従うという現実にも似る。支配された人はそのときすでに意識を失っている。そして思考だけが残り肉体はなくなる。そこに新しい世界が訪れるというのがこの映画の主張だろう。

HALという存在をここで生み出したことがこの映画の最大の利益だろう。それは50年経過した今、当たり前の現実になった。そして人が武器を持って衝突する現実もまた同じだ。

2020/11/14

2020/11/14

85点

購入/DVD 
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規格外の想像力

この作品が購入DVDのコレクションの中にありました。1回目が、当時日本一の大きさを誇ったスクリーンのある名古屋の中日シネラマ劇場で観ました。最初から最後まで唖然としていたことを覚えています。2回目は、DVDを購入した時です。この名作が500円で手に入るとは、とチョット寂しい感じでした。そして、今回です。

 ザワついた音が微かに聞こえ、黒い画面の状態がかなり長い間続き、どうしたのかなぁと思っていると、ツァラトゥストラはかく語りきが流れはじめ、地球月太陽が一直線に並んだ画面で、太陽が上ります。この冒頭の場面だけでも、監督の想像力と美術の造形力に音楽が実に上手く重なって、映画の力が漲り、圧倒されます。
 「スターウォーズ」の登場で宇宙空間は戦闘の場になってしまいましたが、それより10年も前に宇宙空間そのものをこれほどリアルで描き、後世の追随を許していないのです。

 音楽が美しき青きドナウに変わります。道具と武器を手に入れた人類が骨を空に投げ落ちてくると、宇宙船になっています。これほどの鮮やかな転調も、映画史に残るものでしょう。黒い板(モノリスと呼ばれるそうです)が人類の知恵を進歩させるものと仄めかされます。

 木星では、コンピュータと人類の戦いです。この映画公開後に人類は月に着陸する訳ですが、アポロ計画でも自動装置だけでなく手動装置も装備され、実際手動装置が必要となり、成功したそうです。将棋の話ですが、藤井聡太8段が指した一手は、AIが3億手の中では最悪手でありながら、6億手考えると最善手になる、ということもあります。やはり、コンピュータが全てではないのです。

 コンピュータに打ち勝った飛行士が、老いそして死んでいきます。ここに再び黒い板が現れ、生命の再生として、巨大なベイビーが登場します。知恵の進歩だけでなく、生と死を司る力もあることが明かされます。

 このモノリスのことは私にはわかりません。が、NHKのアナザーストーリーで、キューブリックの娘さんの証言として、月から見た地球の青さに本人が驚いていた、とあります。こんな青いはずがない。規格外の想像力を持つ監督をも凌ぐほど、地球は美しいのです。そして、それはその地球に暮らす一人一人の人生も、そうなはずです。

2019/12/08

2020/10/30

60点

選択しない 
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難解。町山さんの解説を聞いていなければなんじゃこりゃで終わってた。
月面着陸、モノリス発見するも写真撮影を試みたらキーンと何か信号が発された→ 宇宙に生命体がいるかも→それは伏せて木星探査の名目で旅立たせる→HAL暴走→木製近くにくるとモノリスがドーンと登場→モノリスにより惑星誕生の瞬間に立ち会わされる船長、目パチクリするしかないよね→地球の誕生を見せられる流れで、本来この場面だったはずのOPの猿人のシーン→船長、新人類となり地球に帰還。こういう流れか。急に赤ちゃんが地球の上空に現れて終わるから戸惑った笑 キューブリック説明省きすぎだよ笑
また見るなら体調の良いときにしよう。

・HALの暴走はひどかったな。船員に「このミッション怪しくない?」とかカマかけたり、低音睡眠中のクルーの息の根をそのまま止めたり。不必要な船外作業させて、計算違いでしたすみませんとかそんなことあるかね笑
・月基地のドームが開く絵
しかし、作品は月面着陸以前に作られたとのことに驚く。ビジュアルは今現在見てもかなりかっこいいし、印象に残る画が多い(2020年にGUでシャツやパーカーとして商品化されてるほど)。

2020/10/11

2020/10/14

70点

テレビ/有料放送/ザ・シネマ 
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想像力の賜物

音楽映画でもある。

2020/10/11

2020/10/12

80点

その他/宇都宮図書館 
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一度見では難解

1968年の時代にこの脚本、この特殊撮影を行ったキューブリック監督はとにかくすごい。類人猿の原始時代から、月基地への出張時代、木星探索衛星、タイムマシンと次々展開で理解について行けない。特に終盤の宇宙の爆発から時空を超えたステップは、全く理解不能。
コンピューターHALの反乱の過程は怖かった。サスペンスである。

2020/08/10

2020/08/19

-点

購入/DVD 
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太古の昔、人類の祖先に当たる猿人たちの前に漆黒の石柱が現れる。それに触れた猿人たちは、道具を使うことを覚え、生存競争の中を生き抜いていくのだった。そして2001年、月で発見された石柱から発信された電波をたどり、人類初の惑星間宇宙船ディスカバリー1号は、木星に向け旅を続けていた。操船を担当するのは、完全無欠のコンピューターHAL9000。ところが、そのHALが故障を予測して交換したユニットに異常がなかったことから、船長のボーマンと副長のプールは、HALの判断に疑念を抱く。場合によっては、HALを停止させようという密談を察知したHALは、2人の抹殺を企てる。
わかっていることではあるが、長くて起伏の少ないストーリー展開に眠くなること暫し。だが、太古のシーンとHALの反乱のシーンは、なかなかの緊張感で画面に釘付けになった。
大画面でも画質が落ちないBlu-rayを購入しようと、アマゾンのサイトを見て、レビューの評価1の多さに驚いた。長すぎる、意味がわからないなどのコメント。確かにそういう部分はあるのだが、もう少し愛情を持って見てほしいという気がする。最近のジェットコースター・ムービーに慣れてしまった人には冗漫に感じられるのだろうか。しかし、前述のとおり全く抑揚がないわけでもなく、しつこいぐらいの映像の連続は、キューブリックのこだわりなのだと思う。焦れることによって、得られる感覚もあるはずだろう。また、意味に関して言えば、わからないものに思いを巡らせ、自分なりの理解を持つことが必要な映画もあるということを多くの人に知ってほしい。誰にでもわかる痛快娯楽作品ばかりになったら、映画は芸術とは呼べなくなってしまうのだから。