2001年宇宙の旅』を久しぶりにスクリーンの大画面で見た。その素晴らしさは自分の中ではすでに保証されたものといえる。
そこで『2001年宇宙の旅』の製作から68年目にあたる今、キューブリックとクラークが描いた未来はどれくらい現実のものとなり、まだ手が届いていない部分はどのくらいあるのだろうか?そして何より作品の未来への警鐘、予言性はどれほどのものであったのか?を考えてみたい。
先ず劇中、宇宙評議会のフロイド博士らは月面クラピウス基地に向かうが、この映画の公開がなされた1968年12月にはアポロ8号が月面着陸までは果たしている。が、アポロ計画が1972年に終了してしまうと技術は拡散してしまい再び月に到達する技術の再構築という困難に直面しながらアルテミス計画として進んでいる。素人目には「いったん着陸できたのにまた最初から」ということは何なのだろう?この辺り、キューブリックらの描いた未来とは多少解離があり、振り出しに戻った感がある。
次に重力の扱い。オリオン号の中でのキャビンアテンダントの立ち居振る舞いに無重力描写があったけれど接客に支障をきたさないくらいコントロールが効いている。現在、ニュースなどで国際宇宙ステーションのクルーなどが映るがまだまだだなと思う。浮いてるもの。
宇宙ステーションに着いたフロイド博士が、「ちょっと失礼」と地球で明日誕生日を迎えるちびちゃんにテレビ電話。これはもう「かつてはSkype、今ではLINEのビデオ通話なんかあるから」と思ったが地球と宇宙では映画ほどスムーズにやり取りできるものか?
そして木星への旅路でボウマン船長とプール隊員は、HAL9000に酷い目に遭う。プールの亡骸を宇宙空間から回収をする時にボウマンが駆使するのがポッドに装備されたロボットアーム。しっかりと操作してプール隊員を確保するが、それどころではなくなる。現代の国際宇宙ステーションで日本人クルーはこの操作を何回も行って日本のお家芸的になっている感じ。
そしてもう一人の主役HAL9000型コンピューターである。現代では若者の相談相手の割合はチャットGPTがダントツトップだという。つまり多くの若者が人に相談しなくなっている。機械に信頼を寄せ、「結婚相手もAIでいい」という時代。その先にあるのは一体何か?と言うとこの作品にあるHALの反乱裏切りだったりする。これはかなり怖いことではないか?キューブリックとクラークが想像した未来は、こんな形で実現したりしていなかったり。ただ最後の、行きすぎるとコンピューターさえも人間を裏切ることがあると言う予言はあくまでも予言に留めたいものだ。
極度に作品へのこだわりの強いキューブリックだからこそ自作は「ただ面白いだけ」では済まさない。それがいかに事実や事象に正確で厳密なものか?それをどの自作品にも追求して止まないキューブリックがそこにいる。