2001年宇宙の旅

にせんいちねんうちゅうのたび|2001: A Space Odyssey|2001: A Space Odyssey

2001年宇宙の旅

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レビューの数

297

平均評点

82.1(1684人)

観たひと

2412

観たいひと

193

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル SF
製作国 アメリカ
製作年 1968
公開年月日 1968/4/11
上映時間 149分
製作会社 スタンリー・キューブリック・プロ
配給 MGM
レイティング 一般映画
カラー カラー
アスペクト比 シネラマ(1:2.59)
上映フォーマット シネラマ
メディアタイプ フィルム
音声 6chステレオ

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

科学小説作家アーサー・C・クラークと「博士の異常な愛情」のスタンリー・キューブリックが製作・監督したSF。撮影は「オセロ」のジョフリー・アンスワース、補助撮影はジョン・オルコットが担当した。なお、特殊撮影効果のすべてはキューブリックの考案、監督のもとに行われた。セットの製作デザインはトニー・マスターズ、ハリー・ラング、アーネスト・アーチャーの3人を中心にデザイナーと製図工35人が動員された。特殊効果監督には、ウォリー・ビーヴァーズ、ダグラス・トランブル、コン・ペダーソン、トム・ハワード、の3人があたり衣裳は、ハーディ・エイミーズが担当した。そして、この映画を科学技術的に正確にするため、キューブリック監督はアメリカ航空宇宙局の多くの科学者、アメリカおよびイギリスの主要な科学研究所や大学と密接な提携をし、撮影中は、3人の一流科学者が技術顧問としてつき添った。それはもと陸軍弾道ミサイル部のフレドリック・J・オーダウェイとハリー・H・C・レンジ、元航空宇宙局の宇宙飛行センター勤務で、今はアラバマ州ハンツビルのジェネラル宇宙飛行研究会社のジョー・C・ジマーシャルである。出演は「女狐」のキア・デュリア、TVや「ヤング・ヤング・パレード」のゲイリー・ロックウッド、「BM15必死の潜行」のウィリアム・シルヴェスター、「キッスは殺しのサイン」のレナード・ロシター、「BM15必死の潜行」のマーガレット・タイザック、コンピューターに扮するダグラス・レインである。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

有史以前。類人猿の群れが、荒野に点在するわずかな植物を食料に、他の群れと水を奪い合い、外敵に怯えながら細々と生き延びていた。そんな彼らの前にある日、謎の黒い石板状の巨大な物体が姿を現す。それに触れた彼らは、辺りに散らばっていた動物の骨を道具として使うことを覚える。その骨を使って狩りをするようになった彼らは、肉を食料にし始め、骨を武器として他の群れとの争いにも勝利する。時は移り……。地球を飛び立ったアメリカの宇宙船が、宇宙ステーション目指して飛行を続けていた。ステーションに到着した宇宙船から降り立ったのは、フロイド博士(ウィリアム・シルベスター)。そこでソ連の科学者と会った博士は、月面のクラヴィウス基地と2週間ほど連絡が取れなくなっているとの話を聞く。ソ連の宇宙船が緊急着陸を拒否されたことから、基地では伝染病が蔓延しているのではないかとの噂も流れていた。だが実は、博士は極秘任務のためにクラヴィウス基地へ向かっていたのだ。伝染病蔓延説は、秘密保持のため、基地側が意図的に流したデマだった。博士の訪問は、その秘密の公表に関する判断材料を得ることが目的だった。ステーションで宇宙船を乗り換え、基地に到着した博士は、月面のとある場所を訪れる。そこでは、あの黒い石板状の巨大な物体が発見されていた。しかも、それは400万年前、何者かによって意図的に埋められたものだという。宇宙服を着たまま、石板に触れる博士。さらに一行がその前で写真を撮ろうとすると、甲高い金属音が全員を襲う……。それからしばらく経ち、木星探査計画開始から18か月後。5名のクルーを乗せた有人宇宙船ディスカバリー号が木星へと向かっていた。船内では、ボウマン指揮官(キア・デュリア)と副官のプール(ゲイリー・ロックウッド)を除く3名が木星到着まで冬眠状態。代わりに船内の全機能を管理するのは、最新型コンピューター“HAL9000”、通称“ハル”だった。ボウマンの指揮下、人間以上の正確さで膨大な任務を遂行し、会話も可能なハルは、6人目のクルーとも言える存在だった。やがて、地球との交信に必要なパーツの不調を検知するハル。だが、ボウマンが確認したところ、異常は見当たらなかった。その原因を問い質すと、ハルは“自分の機能は完璧。人間のミス”と回答。その様子に、ハルの異常を疑ったボウマンとプールは、ハルの中枢機能の停止を決断する。ところが、それを察知したハルは、船外活動中のプールと冬眠中の3名を殺害。プールを助けようと船外に出たボウマンも危機に陥ったものの、辛うじて生還するとハルの思考機能を停止させる。その時、木星到着後に公開予定だった動画が再生され、極秘だった探査の目的が明らかになる。月面で発掘された例の石板が地球外の知的生命体の存在を示していたこと、そしてそれが木星に向けて強力な電波を発信していたこと……。やがて、木星に到着するディスカバリー号。そこでボウマンが目にしたものとは……?

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2019年3月下旬映画業界決算特別号

2018年映画業界総決算:第3章 映画界事件簿 時代を超えた「2001年宇宙の旅」

2010年8月下旬号

午前十時の映画祭:「2001年宇宙の旅」「ミクロの決死圏」

2001年8月下旬号

作品特集 「PLANET OF THE APES/猿の惑星」第2弾:「猿の惑星」「2001年宇宙の旅」「A.I.」が予見するもの

2001年4月下旬号

特別企画 映画館主義 絶対映画館で観る!:「2001年宇宙の旅」

1968年6月上旬号

外国映画批評:2001年宇宙の旅

1968年5月下旬号

鼎談 「2001年宇宙の旅」の謎を解く:問題のシネラマ大作の本当のテーマは果して何か?数々の不思議なシーンの意味をSF作家が解明する 星新一×福島正実×小松左京

外国映画紹介:2001年宇宙の旅

1968年4月下旬号

新作グラビア:2001年宇宙の旅

2026/03/19

2026/03/19

-点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 


特撮とはテクノロジーではなく

広大な宇宙空間を行く宇宙船や船外活動のゆっくりとした動き。少ないセリフ。冗長な映像だという先入観のせいで、なかなか観る気になれなかった。
しかし、無重力空間における被写体の移動を表現した映像の素晴らしさはどうであろう。撮影当時の映像テクノロジーからして、大がかりなセットの制作や俳優の繊細な動きに工夫を凝らした成果であることは明白だ。
この作品のあとに数多のSF映画が登場するが、この映画ほどに地球外に人類が進出することへの想像力を掻き立てるものがあるだろうか。
重力からの解放がどれほどに不便で恐ろしいことなのか。トイレの長い長い注意書きにもそれは表現されている。命綱くらいして船外活動しろよ。と思わぬでもなかったが、重力こそが、もとへ戻れることを保証していることがヒリヒリと伝わってくる。
「ゼロ・グラビティ」「インター・ステラ」もいい作品だったが、すでに何十年も前にやってしまったネタだということた。

2026/02/10

2026/02/21

100点

映画館/東京都/TOHOシネマズ日本橋 
字幕


映像芸術の頂点、映画史上の最高傑作

ネタバレ

初見は中学生の頃。当時、公開された「2010年」が観たくて友達数人でレンタルビデオで借りて本作を観たのだが、極端に説明もセリフも排したその作風に、中学生の我々には唖然呆然……。

その後、大学生の時に劇場で改めて鑑賞したのだが、スクリーンで観るその迫力と衝撃が凄すぎて、圧倒された。

これはテレビ画面で観る作品ではなく、劇場で体感する映画だと思った。

その後何度も劇場で観直しているが、何度観ても圧倒される。何度観ても新たな発見がある。

本作の冒頭、人類の夜明け。人類の祖先である猿たちがモノリスに触れることで道具を使うことを覚えていく。

猿が投げたその骨は、一瞬のカット割で数百万年の時を超え、宇宙船という道具へと進化する。

この大胆な映像表現の素晴らしさ。

「ツァラトゥストラはかく語りき」「美しく青きドナウ」が映像にピッタリはまっている。まるで本作のために作られた曲のようである。

宇宙ステーションの回転と同期を取って回転しながらその中へ吸い込まれていく宇宙船のシーンは何度観ても魅せられる。

かと思えば、宇宙空間の無音のシーン。

プール隊員が悶えながら宇宙の果てに流されていく様が無音状態の中で描かれるシーンは何度観ても恐ろしい。

獣の骨を道具に使うことを覚えた人類は、自らが生み出した究極の道具、現代でいうところのAIであるHAL9000というコンピューターに翻弄され、あげくには抹殺される事態にまで発展していく。

この無機質な赤いライトを放つ機械が、人間との対話シーンで何度もカットバックされて映される。

モンタージュ技法の基礎の基礎であるクレショフ効果によって、観客はこの無機質でただ赤いライトを放っているだけの機械の映像に、明らかに意思を持った生き物のような錯覚を覚えていく。

その最たる演出がボウマン、プールの2人の会話を唇の動きだけで読み取るシーン。

ただの赤いランプが目となり、その会話を読み取っているということが映像だけで表現されていく。

淡々とした無機質な映像で、奇抜なアクションも編集も全くないが、寒気がするほどの怖さを感じる。

この描写一つを取っても、キューブリックが恐ろしいほど映像表現に長けていることがよく分かる。

さらに後半のセリフも説明もなしに延々と続く、観客の想像を超える壮大な映像の数々。

キューブリックは生命の進化、ひいては宇宙の進化を透徹した映像のみで描ききり、観るものに様々な解釈、イマジネーションを呼び起こさせる。

アーサー・C・クラークの小説(原作でもノベライズでもない)を手に取り、この映画の謎に満ちた真相を知りたいと思う気持ちもあるのだが、結局読まずにいるのは、この映画の持つイマジネーションを何度でも味わいたいからである。

こんな映画、他にあるだろうか。

個人的には「ゴッドファーザー」「ベニスに死す」と並び、我が生涯のオールタイムベストの一本であるのだが、本作はそんな個人の思惑など遥かに超越している作品である。

本作はまさに映像芸術の最高峰の作品であると同時に、映画の歴史の頂点に君臨する、映画史上の最高傑作の一本であると思う。

2026/02/14

2026/02/14

-点

映画館/東京都/イオンシネマ多摩センター 
字幕


HALも木から落ちる

「HALも木から落ちるというでしょう」

午前十時の映画祭15
人類と地球外生命体「モノリス」をめぐるSF叙事詩。
驚愕の一言。本作から約10年後に「スターウォーズ/新たなる希望」が公開されるが、宇宙の描写は本作の方が優っているし、現代でさえここまで宇宙を描ききったSF作品はほとんど存在しないのではないだろうか。そしてディスカバリー1号をはじめとする船内の光景が素晴らしい。キューブリック監督ならではの「柔らかい発光(ミルクのようなとでも言うべきか?)」は本作でも船内の描写に使用されており、ワクワクが止まらなかった。無重力空間のカメラワークは果たしてどのように撮影したのかなど、気になって仕方がない。勿体ないことをした。あと30年早く観ていれば、宇宙工学を勉強しようという気持ちも少しは湧いたかもしれない。
「人工知能が人類を超越する」というテーマをこの時点で扱ったアーサー・C・クラークもさることながら、やはり本作が映画史上の不滅の一作になったのはキューブリック監督の映像美によるところが大きく、彼の完璧主義がなければここまでの映像化は不可能だっただろう。
原始、類人猿は道具を用いることで独自の進化を遂げた。個々の身体能力は全動物の中でも平均以下であったが、道具の組み合わせにより生物界でもトップクラスの支配力を持つようになった。地球に収まりきらず宇宙に進出した人類にとって、次なる障害は「個体であること」なのかもしれない。個体を打ち破ったとき、人類は次の段階に進むことになるだろう。これも全てはモノリスのシナリオ通りか?

2021/08/01

2026/02/11

100点

映画館/千葉県/TOHOシネマズ市原 
字幕


旧友と再会したように観賞

初観賞したのはテレビの洋画番組で初放送された時で、浪人中だった。この時の衝撃が未だに忘れられず、自分にとってのベストワン映画の位置を不動のものにしている。
上京した後、やっと映画館で観た。その後は数年おきに観ているような気がする。
WOWOWの初放送では部屋を暗くして観た。
過去の午前十時の映画際でも観たし、シネマコンサートでも観た。DVDソフトもBlu-rayソフトも持っているが、これはコレクションとしての意味合いが強い。
感受性と集中力が年々衰えていく中で難解な映画を観るのは時に辛いが、本作は「慣れ親しんだ」旧友のようで、画面を見ながら「あ、この時ってこうだったっけ?」なんて、思い出話でもするように心の中で一人で会話したりする。

モノリスと人類進化の関係とか、スターベイビーはボーマン船長が神化した姿かとか、この映画のテーマを深掘りすることは今や重要ではない。
様々な研究者が講釈を述べているし、アー サー・C・クラークの長大な続編群でシラケるほど理由付けされている。

あらためて思うことは、この映画の特殊撮影によるリアリティは、恐ろしく緻密な人の作業に支えられていたのだということ。
ミニチュアに映像をはめ込んただけの単純な合成でも、画面設計と寸分狂わない映像を作りあげさえすれば、その映像の完成度に技術が新しいか古いかは関係ない。
ルネサンス時代の描方を現代の画家は使わないが、ルネサンス絵画が今も陳腐化していないのと同じだ。
SF的な映像は、科学的考察に基づくリアリティを追求して設計された。その設計を忠実に具現化しているから、映像はいつ観てもリアルなのだ。
このヴィジョンどおりの映像を作り出すためのキューブリックの要求が如何に妥協を許さないものだったかは、携わった多くの職人たちが二度とキューブリックとは仕事をしたくないと語っていることからも想像できる。

この一大宇宙叙事詩を完成させたクリエイターたちの才能と努力に敬意を表したい。
もし、手塚治虫がキューブリックからのオファーを断らず美術に参加していたら、、、、多分途中で決裂してただろう…

2026/02/02

2026/02/02

-点

映画館/東京都/TOHOシネマズ立川立飛 
字幕


2001年の世界はどこまで現実になったか?

2001年宇宙の旅』を久しぶりにスクリーンの大画面で見た。その素晴らしさは自分の中ではすでに保証されたものといえる。

そこで『2001年宇宙の旅』の製作から68年目にあたる今、キューブリックとクラークが描いた未来はどれくらい現実のものとなり、まだ手が届いていない部分はどのくらいあるのだろうか?そして何より作品の未来への警鐘、予言性はどれほどのものであったのか?を考えてみたい。

先ず劇中、宇宙評議会のフロイド博士らは月面クラピウス基地に向かうが、この映画の公開がなされた1968年12月にはアポロ8号が月面着陸までは果たしている。が、アポロ計画が1972年に終了してしまうと技術は拡散してしまい再び月に到達する技術の再構築という困難に直面しながらアルテミス計画として進んでいる。素人目には「いったん着陸できたのにまた最初から」ということは何なのだろう?この辺り、キューブリックらの描いた未来とは多少解離があり、振り出しに戻った感がある。

次に重力の扱い。オリオン号の中でのキャビンアテンダントの立ち居振る舞いに無重力描写があったけれど接客に支障をきたさないくらいコントロールが効いている。現在、ニュースなどで国際宇宙ステーションのクルーなどが映るがまだまだだなと思う。浮いてるもの。

宇宙ステーションに着いたフロイド博士が、「ちょっと失礼」と地球で明日誕生日を迎えるちびちゃんにテレビ電話。これはもう「かつてはSkype、今ではLINEのビデオ通話なんかあるから」と思ったが地球と宇宙では映画ほどスムーズにやり取りできるものか?

そして木星への旅路でボウマン船長とプール隊員は、HAL9000に酷い目に遭う。プールの亡骸を宇宙空間から回収をする時にボウマンが駆使するのがポッドに装備されたロボットアーム。しっかりと操作してプール隊員を確保するが、それどころではなくなる。現代の国際宇宙ステーションで日本人クルーはこの操作を何回も行って日本のお家芸的になっている感じ。

そしてもう一人の主役HAL9000型コンピューターである。現代では若者の相談相手の割合はチャットGPTがダントツトップだという。つまり多くの若者が人に相談しなくなっている。機械に信頼を寄せ、「結婚相手もAIでいい」という時代。その先にあるのは一体何か?と言うとこの作品にあるHALの反乱裏切りだったりする。これはかなり怖いことではないか?キューブリックとクラークが想像した未来は、こんな形で実現したりしていなかったり。ただ最後の、行きすぎるとコンピューターさえも人間を裏切ることがあると言う予言はあくまでも予言に留めたいものだ。

極度に作品へのこだわりの強いキューブリックだからこそ自作は「ただ面白いだけ」では済まさない。それがいかに事実や事象に正確で厳密なものか?それをどの自作品にも追求して止まないキューブリックがそこにいる。

2026/02/01

2026/02/01

85点

映画館/東京都/TOHOシネマズ日本橋 
字幕


午前10時の映画祭にて、久々スクリーン鑑賞

今回プレミアシートで7年半ぶりスクリーン鑑賞。前回はIMAXだったが今回もかなりのビッグスクリーンで見応えあった。相当の旧作だが満員である。
改めて、キューブリックのクリエイティビティに敬服。本作、絶対スクリーンで見るべき傑作である。