神保町シアターでは、昨年(2012年)11月10日に92歳で亡くなった女優・森光子の追悼特集が始まっています。森といえば、舞台での「放浪記」が有名である一方、映画では代表作と呼べるような映画を持たない女優というイメージがありますが、今回の特集では森が脇役としてそれなりに目立っていれば何でも可というようなスタンスで作品が選定されており、わたくしは森を目的というわけではなく、観たことのない映画を選んで、何度か通おうかと思っています。
今特集の中で唯一の戦前製作映画である本作は、のちに森光子自身が舞台上でその半生を劇化して演じることになる戦前の人気漫才コンビ、ミス・ワカナと玉松一郎(森は「おもろい女」で、稀代の天才スターでありながらヒロポンによって体を蝕まれ、やがて自滅するように駅のホームで心臓発作により死んでしまうワカナの儚くも壮絶な人生を演じています)が主演の漫才映画で、森は玉松扮する旅籠屋の息子の妹に扮しています。
お話は、伊勢神宮の門前町で営む旅館を舞台に、新入りの女中ミス・ワカナが、この旅館の御曹司ながら頼りにならない玉松一郎に惚れられる一方、旅行客で大阪の大店の息子・伊庭駿三郎もワカナの気風の良さに惚れて求婚するという恋模様を軸に、玉松の妹・森光子が、許婚・南條新太郎がいながら、旅行客の旗本・浅田家日佐丸に惚れられてしまうという恋模様も絡め、さらに病気で伏せているくせに何かというと興奮して起き出す旅館の主人・伴淳三郎や、伊庭駿三郎のお付として旅の供をしている番頭・香島ラッキーと御園セブンの漫才コンビ、伴淳の女房役として女装して登場している三浦志郎と伴淳付きの医者役・平和ラッパなど、当時の吉本興業に所属する関西芸人たちのお笑い芸を織り交ぜながら展開します。
依田義賢原作・脚本とクレジットされていますが、話はあって無いようなもので、フィックスのキャメラの前で披露される漫才をそのまま見せられるような映画ですから、芸そのものが今観るとたいして面白くないのですから、退屈して眠くなるばかりですが、中ではミス・ワカナの、徹底して男たちを敵に回して喋くり倒すという芸は、なるほどパワフルではあり、人気のほどが窺えました。
ラスト、ミス・ワカナは大阪の若旦那・伊庭駿三郎の嫁になるべく、傷心の玉松一郎らに見送られて旅館から旅立ってゆくのですが、出演者総勢で歌うというミュージカル的なエンディングながら、カット割りも平凡だし、踊りなどの装飾的工夫も施されず、森一生の演出に冴えは見られません。