小津安二郎の『愉しき哉保吉君』が原作。内田吐夢の満州抑留中にオリジナル版が改変され、帰国後に再編集された字幕で消失分を補う不完全版のみが現存。
ホワイトカラーのサラリーマンの悲哀を描く話で、京王線の郊外に住む商事会社勤続25年の主人公・徳丸(小杉勇)は家を新築中だが、折からのインフレで建築費が足りずに工事が止まる。そこに会社に定年制が導入されることになり、クビを言い渡される。弱り目に祟り目の徳丸は遂に気が狂ってしまい、自分が庶務部長に出世して何もかも上手くいく幻想に取りつかれるという凡庸な男のコメディ。
前半は徳丸の家族を中心とした他愛のない日常が描かれるが、他愛なさすぎて無駄な描写が多く退屈する。小津安二郎が撮ればもっとディティールに拘っただろうにと、本作が内田吐夢向きではないことを思う。
後半は幻想パートが長く、現実からの転換がどのような編集になっていたのかが気になるが、上述の事情で分からない。
徳丸のサラリーマン信条は誠実であることで、会社に対しての誠実、滅私奉公を説くが、どんなに誠を尽くしても不用になれば会社から捨てられるという、近代資本主義社会の厳しさによって徳丸のアナクロニズムを笑われる。
現代社会に置き換えても意外とサラリーマンの意識は変わっていなくて、テーマの普遍性と先進性には驚かされる。日めくりの卓上カレンダーが既にあったことなど、オフィスの描写も興味を引く。
徳丸の娘(轟夕起子)は当時としては花形の白木屋のデパートガールだが、日給95銭で家計の足しにもならず、恋人の北(江川宇礼雄)は大学は出たけれどのフリーター。
家のキャベツ畑を耕している北の方が、宮仕えの悲哀を味わう徳丸よりも余程人間らしい生き方というテーマなのだろうが、欠損フィルムが多くて全貌が見渡せないのが残念。(キネ旬1位)