F・W・ムルナウの映画といえば、その詩情である。『サンライズ』と『タブウ』がその頂点だろう。それらの傑作と比べると本作はいかにも俗っぽい物語であるが、『サンライズ』と同様に"どこかで起こり得る男女の物語"という簡潔さがある。もし本作を都会と異なる田舎の保守的な精神を描いたものだといえば、それは『タブウ』で描かれた伝統の中にある禁忌といったような、似た物語といえるかもしれない。だが、そんな物語ではないだろう。あくまで俗っぽい男女の姿が本作のドラマである。ただ他のムルナウ作品と比べて詩的ではないという印象が残る。
純朴な田舎の青年が都会の女と結婚し、都会から田舎へ訪れるシーンは、まさにムルナウの独壇場である。仲睦まじい列車内のショットから、出発する列車を背に田舎道を歩くショット。そして小麦畑でのおいかけっこ。あんなに詩情に溢れた映像を撮れるのはムルナウだけである。『サンライズ』ではこれに劣らぬ詩情の乱れ撃ちだったが、本作で詩情溢れるのはこのシークエンスぐらいである。
印象的なのは冒頭の描写から感じられる的確なコンテとサイズの見事さだ。すべてのシーンが美しいサイズで撮られている。冒頭、列車内での素早いパンから始まり、都会に疲れた女の自室でのショットが美しい。窓外の電車も効果的だが、広いロングショットからひなびた植物を愛でるミドルショット。このコンテの美しさ。ムルナウは移動撮影だけでなくFIXの画も巧みに扱うのである。奇をてらわない的確な心情の描写に、サイレント映画の美しさの真髄を見た。素晴らしいシーンの数々に感じる古典的で普遍的な映画的美しさに感動しっぱなし。これこそ映画的、映画ならではの表現としての極致といってもいい。
正直、物語は大したことない。特に青年の父親との確執と和解には少子抜けする。青年の腑抜け加減と父親の頑固さの呆気ない結末。だが、そんな物語に文句を言うほど野暮なことはない。都会の女の心情を的確に描き抜いたことこそ大事なのだ。むしろ、呆気ない物語だからこそ女の心情だけが記憶に残る。「映画とは何か」という問いへの技術的な答えが本作にはある。決して有名なムルナウ作品ではないが映画の素晴らしさを教えてくれる最高のクラシックである。シネマヴェーラ渋谷のサイレント特集には感謝しかない。このような映画がもっと見たい。