チャップリンの独裁者

ちゃっぷりんのどくさいしゃ|The Great Dictator|The Great Dictator

チャップリンの独裁者

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レビューの数

42

平均評点

82.4(276人)

観たひと

521

観たいひと

50

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル コメディ / ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1940
公開年月日 1960/10/22
上映時間 126分
製作会社 ユナイテッド・アーチスツ映画
配給 東和
レイティング 一般映画
カラー モノクロ/スタンダード
アスペクト比 スタンダード(1:1.37)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

チャールズ・チャップリンの3大名作の1つといわれる「偉大なる独裁者」(原題)がついに日本で公開される。1940年、ヒットラーのナチスがドイツで、ムッソリーニのファシストがイタリアで、それぞれ独裁をなしとげ、その黒い手を世界にのばし始めた頃、そのファシスト独裁者を痛烈に批判し、全世界の人々に自由のためにたたかうことを呼びかけようとつくられたのが、この作品であった。またチャップリンが始めて完全なトーキーを使った作品であり、山高帽・ドタ靴・ステッキ・アヒル歩きのチャップリン・スタイルの最後の作品である。例によって、製作・脚本・台詞・監督・主演はチャップリン自身。撮影はカール・ストラッスとローランド・トセロー。音楽監督はメレディス・ウィルソン。出演はチャップリンがトメニアの独裁者ヒンケルとユダヤ人の床屋との2役にふんするが、バクテリアの独裁者ナパロニにジャック・オーキー、ユダヤ人の美少女ハンナにポーレット・ゴダードがふんし、そのほか、レジナルド・ガーディナー、ヘンリー・ダニエル、ビリー・ギルバートらの出演。チャップリンの永年の共演者チェスター・コンクリも姿を見せる。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

1918年――第1次世界大戦の末期、トメニア軍陣地では1兵卒であるユダヤ人の床屋(チャーリー・チャップリン)が奮戦していた。しかし、敗色は濃く、前線では敗退がつづき、上層部ではひそかに平和交渉が始められていた。何も知らぬ将兵は勝利を信じてた戦った。トメニア軍の空軍将校シュルツ(レジナルド・ガーディナー)は敵に包囲され、危ないところを床屋に救われた。傷ついたシュルツを助けて2人はトメニアに命からがら逃げかえったが、その時すでに戦争には負けていた。床屋は戦傷のためすべての記憶を失い病院に収容された。数年の年月が流れ、トメニアに政変が起こった。その結果ヒンケル(チャーリー・チャップリン)という独裁者が現われ、国民の熱狂的な歓迎を受けた。彼はアーリアン民族の世界制覇を夢み、他民族ことにユダヤ人の迫害を行った。ユダヤ人街のジャッケル(モーリス・モスコヴィッチ)の家族やハンナ(ポーレット・ゴダート)らは、不安な毎日を送っていた。床屋は政変のあったのも知らず、このユダヤ人街の自分の店に戻って来ていた。突撃隊の隊員はユダヤ人街に来ては乱暴した。ハンナはくやしがった。臆病者の床屋も彼女と協力して彼等に抵抗した。ある時、突撃隊に逮捕されかかった床屋を、通りかかった今は突撃隊指揮官になったシュルツが救った。おかげでユダヤ人街にも平和な日々が戻った。ヒンケルは自分の独裁政治をかくすため、国民の関心を外に向けようとオスタリッチ進駐を考え、軍資金をユダヤ人財閥に借款を申し入れたが拒絶された。ユダヤ人迫害が再開された。シュルツはヒンケルの政策の非を進言し、そのせいで失脚した。彼はジャッケルの家に隠れていたが、突撃隊に発見され床屋とともに逮捕された。床屋を慕うハンナは身の危険をさけるためジャッケル氏らとオスタリッチに逃げた。独裁者ナパロニ(ジャック・オーキー)指揮のバクテリア軍もオスタリッチに侵入した。ヒンケルはバクテリア軍を撤退させようと、ナパロニを招き、お互いにオスタリッチの主権を尊重する誓約書に署名させ、撤退に成功した。そのスキに自軍進駐の準備をした。床屋とシュルツは軍服を盗んで収容所を脱出した。国境で進駐準備の軍隊がヒンケルと間違え、進軍を開始した。その頃、ヒンケルは鴨狩中を床屋と間違えられ、警備兵に逮捕された。数万のヒンケル軍はオスタリッチに到着、床屋は演説をしなければならなくなった。壇上に立った床屋はロウバイしたが、気持ちを落着けて話しはじめた。“独裁者の奴隷になるな!民主主義を守れ!”彼の声はしだいに熱をおび自由と平和を守ろうと叫んだ。それはオスタリッチのハンナたちにも語りかけているようだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2011年1月上旬号

午前十時の映画祭:「ライムライト」「チャップリンの独裁者」「フォロー・ミー」

1973年9月上旬号

グラビア:「チャップリンの独裁者」

特別対談 「チャップリンの独裁者」研究1:「チャップリンの独裁者」について語ろう! 淀川長治×斎藤耕一

分析研究:チャップリンの独裁者

特別対談 「チャップリンの独裁者」研究2:民衆的な政治人間としてのチャップリン

1960年12月下旬号

「チャップリンの独裁者」ヒットの要因:各界アンケート

1960年11月下旬号

外国映画批評:チャップリンの独裁者

1960年10月上旬秋の特別号

外国映画紹介:チャップリンの独裁者

シナリオ:チャップリンの独裁者

1960年9月下旬号

新作グラビア:チャップリンの独裁者

2016/09/26

2016/09/26

100点

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やっぱり見入っちゃう

何度か鑑賞しているケド、うんっ!
見入っちゃう!!!

こんなにブラック?危険?なネタなのに、
これをコメディとして成り立たせたのは凄いコトだと思う!

最後の演説はホントに食い入って観てしまう!

2016/09/24

2016/09/24

100点

購入/DVD 
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映画完成直後に追加したパートとはいえ、椅子からコケたりしていたチャップリンが演説シーンから突然人が変わったようになるのが凄い。戦時下にこんな映画を作ったという偉業には敬服しかない。今時こんな根性を持った映画人は皆無だろう。後世に語り継ぐべき作品。

2016/08/28

2016/08/28

75点

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何よりも驚くのは、この映画はヒトラーがいた時期に作られたという事。時の政権に遠慮して自粛(?)しているニュースしか流さない国の住人には驚異だ。あの独裁者が死んだ後ナチスドイツが崩壊した後なら、いくらでもさもありなんと笑い飛ばす映画もできただろう。この映画の強さは公開当時、台頭著しい独裁者にむけたチャップリンならではの抗議行動と言える。だから、いつもの巧みに笑いを誘ってくれる達者な芸は極力抑えられている。ユダヤ人が虐げられていくといったテーマを扱ううえではこれが精一杯だろうと思う。本作をプロパガンダ映画と見る向きもあるだろうが、私には目の前で起こっていることに対しての個人的な叫びに見える。チャップリンが凡百のコメディアンならこのような映画は作るまい。自分の立場を守ろうとするのなら余りに無謀な内容だからだ。トーキー映画に抗ってサイレントを貫いていた男が初めて声を発した映画がこの映画という皮肉。最後の演説のシーンはチャップリンの心の叫び・・・残念ながらこの声は戦争という悲劇の中にかき消され怖ろしいし出来事が起きてしまう。決して忘れてはいけない映画である。

1980年代

2016/06/26

99点

映画館/東京都 


アメリカのために

100点満点と付けたいところだが、映画を政治的なプロバガンダに使うものではないと考えているので、たとえ反ファシスト、自由と民主主義のためであろうとだ。という事で99点
でもこれ、アメリカのために作ったのに、後にアメリカに非難されスイスに住む事になるチャップリン。さらに名誉回復も有り、政治に翻弄された、皮肉だね。

2016/05/23

90点

映画館/東京都 
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子供たちに

この映画を作り終わったとき、まだ第二次世界大戦は始まってないよ。
まだヨーロッパは本当のヒトラーの姿を知らない頃だ。
過激だけどドイツを復興させた偉い人だと思ってる。
アメリカだってヒトラーを表立っては批判していなかった。

こんな時にヒトラーを皮肉って批判するなんて、チャップリンはなんて勇気があったんだろう。

映画冒頭の顔と演説時の床屋の顔は違ってるだろう。
演説はメイク無しかな?
それほど真剣に訴えようとしてるんだね。
「床屋が言ってるんじゃない、私が言ってるんだ」ってね

それにチャップリンは今じゃ当たり前な音のする映画(トーキーっていう)が嫌いだったんだよ。
英語でセリフを話したら、日本の人みたいに英語を話さない人たちに判らないだろう。
全ての人がわからなきゃ芸術じゃないってチャップリンは思っていたみたい。
だから音の出ない映画(サイレントっていう)を作ることに芸術家の彼は誇りを持っていた。

この映画までのチャップリンは完全なトーキーを使わなかった。(音楽や歌のときだけ画面から音を出していた)
でもこの映画で初めてチャップリンは映画を完全トーキーにしてセリフをきちんとしゃべったんだよ。
サイレントの誇りを捨ててまで訴える必要があったということだね。

ハンナはチャップリンのお母さんの名前だよ
天国のお母さんとお話しをしているのかな?
どんな気持でお母さんに呼び掛けているんだろう。

この映画がアメリカで公開された後戦争が始まっちゃった。
(日本はこのときヒトラーのドイツと仲が良かったから、日本では公開されなかったんだ)
チャップリンはどう思っただろうね。

2014/12/28

2015/01/10

60点

映画館/東京都/早稲田松竹 
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日本ハロルド。

早稲田松竹で独裁者と黄金狂時代を観ました。日本ハロルドが邦題を創英角ポップで打った罪は重い。