シネマヴェーラ渋谷のルビッチ特集で初めて観た遺作「あのアーミン毛皮の貴婦人」は、撮影初期にルビッチが急死したため、あとはオットー・プレミンジャーが引き継いだという点では、「ロイヤル・スキャンダル」と事情が似ていますが、こちらの監督クレジットはルビッチ一人となっており、プレミンジャーが巨匠に名義を譲っている形です。
この映画は、全篇をルビッチが撮ったと言われても納得するような、まさにルビッチ・タッチが横溢したゴージャスなラヴコメディであり、輝くように美しいベティ・グレイブルと凛々しいダグラス・フェアバンクス・Jrが踊る場面など、観ているほうも心が躍ります。これが日本未公開とは、当時の配給会社は何を考えていたのか、信じられないほどです。
ベティ・グレイブルは、19世紀のイタリアが諸侯によって分割統治されていた時代、ペルガモを治める当主のアンジェリーナ伯爵と、彼女が住む城に掲げられている歴代当主の肖像画の中でも、300年前に襲ってきたラヴェンナの攻撃を機智と美貌によって撃退したという輝かしい業績を誇るフランチェスカの二役を演じていますが、19世紀の今もちょうど隣国ハンガリーからダグラス・フェアバンクス・Jr扮する大佐が率いる軍が押し寄せてきており、ベティ・グレイブル扮するアンジェリーナ伯爵は、情けない婚約者シーザー・ロメロの力が当てにならないため、孤軍奮闘して(実は肖像画から抜け出してきたご先祖フランチャスカも密かにアンジェリーナに力を貸します)、フェアバンクス・Jrに立ち向かい、フェアバンクス・Jrもグレイブルの努力と機智と美貌に魅了されて、このペルガモを征服するという野暮な道は避けて、ハンガリーへと帰ってゆくというお話であり、名手レオン・シャムロイのキャメラを得て、輝くばかりに豪華なカラーが愉しめる映画です。
あこの映画は、脚本がルビッチ・タッチを知り尽くしたサムソン・ラファエルソンである事も、監督がオットー・プレミンジャーに代わったとしてもまるでルビッチが撮ったかのように思えた要因かも知れず、ダグラス・フェアバンクス・Jrが従僕を呼びつけては、従僕が駆け付けるというギャグなど、いかにもルビッチ調です。