主人公ボリス(ラリー・デヴィッド)は実に良くしゃべる。毒舌全開でこれはよくウディ・アレン自身が演じるようなキャラだ。違いと言えば、ラリーの方が大柄で、はっきりと断定的に力強くものを言う。その昔のウディがよくやったように、ボリスは他の登場人物そっちのけでカメラ目線で観客に直接語りかけてくる。他のキャラは全く観客のことは見えないらしくて、「あの人一人でしゃべってる」何て言わせているのが面白い。このボリスはこの映画を作っているウディ・アレンの分身に違いあるまい。ボリスは天才物理学者だったが、今はただの口うるさい偏屈じいさん。その家に転がり込んできたのが南部の田舎から家出してきた若い女性のメロディ(エヴァン・レイチェルウッド)。この二人の歳の差&知能指数差カップルが巻き起こす恋愛コメディだ。
それにしてもボリスのキャラが強烈だ。言われたことに対して全て毒舌で言い返す徹底した変人振りが返って気持ちいいくらいに笑わせてくれる。実際に傍にいたら厭な男だろうが、映画で観ている分には面白いのだ。相手が子供だろうと一切容赦はしないので、いつもその親とも言い争いになってしまう。今のボリスがやっているのが、子供相手にチェスを教えること。そんなバイトをしている時点で既に可笑しい。元はノーベル賞の候補になる程の優秀な人物だったはずだが、その落ちぶれ方が凄まじい。住んでいるアパートもボロくて同情を呼びそうなものだが、このボリスの嫌われキャラがそうはさせない。
トイレから出る前に「ハッピーバースディ・ボリス」と二回歌うシーンが何度も出てくるが、その理由も笑える。その時にいる客が訝しがるのだが、いちいち説明しなければならないのはお約束だが面白い。運命が扉を叩くところも実にいいタイミングであった。ボリスが真面目な顔でジョークを言うので、それをメロディがいちいち信じてしまうのが可愛い。そのジョークを真に受けて会話が進むのだが、ボケのメロディとツッコミのボリスという関係が成立してしまっているのが笑いを誘う。メロディを演じるエヴァン・レイチェルウッドがまたキュートな笑顔と若い魅力的な肢体でおじさんの目を楽しませてくれる。
原題は「Whatever Works」で、直訳は「うまく行くなら何でもあり」という意味になるらしい。これは映画の中でボリスが言っていたセリフだ。愛は束の間で全ては偶然。こんな歳の差カップルであっても、うまくいくならOKなのだ。
物語はメロディの母親や父親までやってきて、ややこしくなってくる。ウディ・アレン作久々のニューヨークが舞台ということもあり、観光地巡りも楽しませてくれる。エヴァン・レイチェルウッドはスカーレット・ヨハンソンに続き、これからもウディ作品に登場してくれるだろうか。老いてますます盛んなウディの次回作も期待したくなるような楽しい作品であった。