『毎日かあさん』と『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』では、ネタが被るのではないかと思っていたら、後者の原作は元夫の鴨志田穣によるもので、前者が元妻の西原理恵子のマンガだった。『毎日かあさん』の予告編で言っていた「好きになった人を嫌いになるのは難しい」というセリフや、マンガ家である妻の仕事机を滅茶苦茶にするシーンなど、酷似するシーンはいくつかありそうだ。両方の映画を比べて観るのも面白そう。まあ、こちらの作品は当然夫目線で描かれているので、入院した病院での生活が丁寧に描かれていて興味深かった。
戦場カメラマンの塚原安行(浅野忠信)はアルコール依存症の為、漫画家の園田由紀(永作博美)とは既に離婚していて、今は母・弘子(香山美子)と生活している。それでも今でも由紀や二人の子供たちとの交流はあるようだ。酒を抜いて家族と過ごしたいと願っているのに、どうしても酒の誘惑から逃れられない。もう10回も吐血しているというのに、酒を止められないというアルコール依存症とは、何と恐るべき病気だろう。映画の中でも医者が語っていたが、この病気は世の中の誰も同情してくれない。原因もなかなか特定できない。完全に治すのも難しい。子供の世代に連鎖することも多い。うつやアルコール関連疾患を併発するなど、本人ばかりでなく、家族にもかなり深刻な事態が発生することになる。
映画でも過去多くの作品で、このアルコール依存症が取り上げられてきた。アルコール依存症とまでいかないが、酒の悩みを抱えている人間が僕の知り合いにもいる。その予備軍は450万人にものぼるというから、意外とと身近な病気でもあるのかも知れない。安行の場合は、戦場カメラマンとして悲惨な地獄絵図を目の当たりにしたり、その様子を写真に撮ることよりも先に泣いてしまうという、精神的に弱い面があった。また自分の父親もアルコール依存症だったようだ。依存症になってしまうには、様々な要素が複合的に絡み合っていて、患者自身にも医者にも特定できないのが実情なのだろう。快方に向かっていたのに、些細なことが元の木阿弥に繋がってしまう。本作では寿司屋で出された奈良漬けが再転落のきっかけになってしまっていた。自分に言いわけをしながら、少しずつ酒に手を出してしまう様子が、浅野忠信いつもの独特の演技によって手順を追って描かれていき見事だ。観客は「やっぱこうなっちゃうのね」と落胆と諦めの溜め息を漏らすことになる。
それにしても、アルコール依存症が精神病院で治療されるとは知らなかった。安行は事情により当初精神病棟に収容されてから、アルコール病棟に移る。ここでの生活振りがしばらく描かれるが、精神病院だからと言って陰々滅滅なイメージはなく、何かほのぼのとした感さえあった。おかしな病気の人達もたくさん出てくるし、アルコール依存症の患者たちも、みんなひと癖あるような面々ばかりだ。依存症とはやはり精神的な病なのだろうと実感させられる。安行はどうもここでの暮らしを楽しみだしたようでもある。給食係や自治会長までも喜んで引き受けているようである。可愛い看護士さんとユニークな女医。同じ問題を抱えている患者達に囲まれて、自分の安心していられる居場所が見つかったかのようだ。しかし、いつまでもここにいるわけにはいかないし、そもそも安行が本当に行きたい場所は他にあるのだ。それは当然、家族のところである。安行が子供達と一緒にいるシーンの何と微笑ましいこと。また娘役の森くれあちゃんの可愛いこと。舌っ足らずに安行に呼び掛ける「おとしゃん」という言い方が堪らなく愛おしい。お兄ちゃんもとても優しくて、その言葉の端々から父親への愛情が感じられる。こんなダメ親父でも、子供にとってはたった一人の大切な父親な訳である。
一家四人での蕎麦屋での食事や、病院の喫煙室を使ったお弁当の食事シーンが微笑ましい。他の大勢の患者がそれを見ている。そこには本当に幸せそうな家族の姿があった。家族の基本は、やはり食卓にありそうだ。
安行と由紀の川辺のシーンも良い。毛むくじゃらの安行の大きな足にそっと自分の小さな白い足を絡ませる由紀。何だか初々しい若い恋人達の姿を見ているようだ。また浜辺では安行と大きな手と、子供たちの小さな手が繋がれる。これも親子の本当の愛情を感じさせる名場面であった。安行は家族を取り戻すことが出来た。自分の本当の居場所を再び手にすることが出来た。それが僅かな期間であっても、とても幸せな日々を過ごせたことだと思う。