"That's All"
ジャーナリスト志望のアンドレア・"アンディ"・サックス(演:アン・ハサウェイ)は、ファッション誌「ランウェイ」編集長の第2アシスタントに採用される。しかし編集長ミランダ・プリーストリー(演:メリル・ストリープ)は自らの意に沿わないものは情け容赦なく斬り捨てる文字通りの"独裁者"。そして公私問わず無理難題を課してくるその姿勢にアンディは困惑と反発を覚えるが、次第に仕事の面白さに目覚めていく。
公式には否定されているが、劇中のミランダのオフィスを観る限り彼女のモチーフは間違いなく「ヴォーグ」誌の鬼編集長アナ・ウィンターであろう。コーヒーへの執着もアナそのものとしか言いようがない。僕はファッションに疎い。アディダスのジャージにニューエラの野球帽で私服をまとめてしまう僕を見たら、アナもミランダも確実に卒倒するだろう。それくらい無頓着なのだが、僕は以前からアナ・ウィンターには関心があり、(途中で止めたが)彼女の自叙伝を取り寄せるくらいには興味を持っていた。そのため本作も(初鑑賞だが)ミランダがどのくらい生々しいかを興味本位で観た。
結果として、期せずして自分は苦々しい過去の蓋を開けることになった。作品自体は面白かった。だが素直に受け入れられない。それは自分の過去と結び付いてしまったからである。
コロナ禍になる少し前、社会人4年目の僕は転勤となった。内勤から営業職への異動でもあり、よくある話なのだが、自分は他人に話しかけるのがとても駄目で途方に暮れていた。それからしばらくして、今度は上司が交代になった。新しい上司は社内でも特に厳しく、怖いことで知られていた。誤解のないように言っておくが、僕はこの上司は良い人間だと今でも思っている。言い方はキツいが物の見方は冷徹なまでに公正で、それ故に厳格だったからだ。なので本文でこの上司を貶めようという意図は一切ないことは重ねて言及しておく。しかしながら、自分の器量がこの上司の要望をとても満たせなかった。元々無理ゲーだった背景もあるが、そうこうしているうちにコロナ禍に突入し、いよいよ僕は鬱状態とパニック状態を抱えることとなった。上司は最後まで面倒を見てくれたものの、結局自分はロクな数字を残せないまま営業を離れた。別に失業も借金もしなかったが、時間という喪失、そして人間関係の溝は今日でも埋められていない。自分はアンディにはなれなかった。
何故自分はアンディになれなかったか?原作未読なうえに心理描写の変化も一足飛びだった感はあるが当時の自分とアンディを比較してみる。ポイントとなるのは「期限」「意志」そして「外見」といったところになりそうだ。
まず「期限」。劇中冒頭でアンディは「1年ミランダに仕えられたらどこでも仕事ができる」と聞かされ、「1年」という期限を切っていた。そして「どこでも仕事ができる」ようになるために「何が何でも1年は続ける」と決意していた。対して自分はどうだったか?次はいつ声がかかるか分からない。いつまで続ければいいのかハッキリしない中で、元々の無理ゲー感が更に悪化してしまった。一時的に良くなることはあっても、それは無理を重ねたからで長続きしないという悪循環に陥った。そしてこの差は「外見」に現れる。アンディは同僚のナイジェル(演:スタンリー・トゥッチ)の手を借りてダブダブのセーターからプラダのドレスに着替えて仕事をするようになる。これが彼女のブレイクスルーだった。彼女はこの瞬間、借り物でも鎧を手に入れた。対して自分はどうだったか?自分でもわかるほどに日に日にスーツがヨレて見すぼらしい外見になっていった。思えばミランダもアナ・ウィンターも外見から自分の帝国を作っていったように思う。ミランダはプラダのドレス、アナ・ウィンターの場合は毛皮のコートとショートボブがそうだった。他人に叩かれやすい部分をあえて作ることで、内的意志を鋼のレベルまで叩き上げたに違いない。自分にはそれがなかった。
だからミランダのことは嫌いになれない。そして自分にはそのセンスがない。ただこれだけは言わせてほしい。ダブダブのセーターにロクに手入れもしていない長髪の"サイズ6"アン・ハサウェイが僕はたまらなく可愛くて好きだということを。