バレンタインデーの朝、突如ジョエルは通勤列車に乗るのをやめて反対方面のホームへと走り出す。
冬の海岸で彼は青い髪の女性と目が合い、魅力を感じるが声をかけられない。しかし帰りの電車でジョエルは彼女に話しかけられる。
「あなたに会ったことがあるような気がする」と。
クレメンタインと名乗る彼女とジョエルは急接近するが、実は二人は元恋人同士だった。
ジョエルに愛想を尽かした彼女は、彼との記憶をすべて消去してもらっていたのだ。
それを知ってショックを受けたジョエルは、自分も彼女との記憶を消そうとする。
しかし記憶を消すには彼女と関連したもの、思い出などをすべて提出しなければならない。
こうしてジョエルは記憶を消されながら、彼女との思い出に向き合うことになる。
この映画の面白さとややこしさは二人の思い出が通常の回想シーンとは異なることだ。
本当の記憶の場面と現在のジョエルの意識が混ざり合っているので、だいぶクレイジーな世界観だともいえる。
ジョエルは彼女との楽しかった記憶、うんざりした記憶、傷つけ、また傷つけられた記憶を振り返るが、同時にその記憶が今まさに消されようとしていることを知覚してもいる。
失って人は初めてその大切さに気づくものだ。
彼は思い出の中で、彼女との記憶を消されないように彼女と共に逃げ回る。
その姿はとてもシリアスでもあるし、シュールでもある。
一方、記憶の消去を実行する側の人間もかなりクレイジーだ。
ジョエルが記憶を消去されている間、消去を実行するスタンと助手のメアリーは乱痴気騒ぎを起こす。
その後、メアリーは記憶消去の開発者である博士と不倫関係にあったことが分かる。
記憶消去に立ち会った際にクレメンタインに恋をしてしまい、ジョエルとの記憶を利用しようとするパトリックの存在も印象的だった。
これは人の心の弱さと向き合う映画でもあると感じた。
お互いに心が通い合わなくなったことで破局したジョエルとクレメンタインだが、記憶を消去したことで二人は再び接近する。
最後に二人は互いに記憶を消していたことを思い出し、いずれ互いを嫌いになるだろうことも認識する。それでも二人は、オーケーと一緒になることを決意する。
たとえ未来が分かっていても、人の結び付きは理屈で変えられるものではない。
さて、実際に都合良く記憶を消すことは出来ないが、もし嫌な記憶を全部消すことが出来ればそれで幸せになれるのだろうか。
確かに一時は心休まるかもしれない。
しかし傷は人の心を成長させるものだ。
たとえ嫌な記憶を消したとしても、その人は学ばないまま同じ過ちを繰り返すのかもしれない。
もちろん心に一生立ち直れないほどの傷を受けた人もいるだろう。
そのような人にとっては、記憶の消去は再び前に進むための大きな力になるだろう。
それでも人生はそうした傷を含めて尊いものなのだとも思った。