いかにも旧ソ連、ジョージア(グルジア)の映画らしい。SF映画なのだがSF映画っぽいところが無いんだよな。映画の冒頭の舞台はモスクワらしい。ジョージアの映画なのでトビリシあたりが舞台かと思ったが、ウェキおじさんによるとモスクワとのこと。
ある日、主人公のマシコフは、モスクワの街角で音楽大学に通うマシコフから通りの向こうに変な人間がいる、と言われる。2人してその変な男のところに行くと、自分は宇宙人で自分の星に戻りたいのだが、今いる星(地球)の位置が判らないから教えろ、と言われる。そして手に持っている器具のスイッチを押すと移動できるというので、スイッチを押した途端、砂漠の中に立っている。そこがキン・ザ・ザと言う星(ひょっとして砂の惑星デューンか)。当然、地球の何処かに移動したと思って砂漠を歩き始めると変な飛行物体が現れてくる。そこでどうも地球じゃ無いみたいと判ってくる。そこからキン・ザ・ザで出会うキン・ザ・ザ星人達との絡みが出てくる。
このキン・ザ・ザ人達が、宇宙人のくせに人間くさくってねえ。地球人の言葉を理解する能力(人の頭の中を見られるらしい)はあるわ、変な物体を飛ばすことが出来るわ、能力は高そうなんだけど、着ている物はボロボロだし、飛ぶことの出来る飛行体はお寺の鐘のようだし。そしてキン・ザ・ザ人は砂漠の砂の下に空間を作って住んでいるようだし。水はエネルギーとして使い切ったと言っているし。でも地下の建物の中で権力者はでかいプールで遊んでいたな。水が全くない、と言うわけでは無いんだ。
で、この砂の下に建設されている建物というのがでかいんだな。地下深く何階建てにもなっている。このイメージ、堀貴秀監督のアニメ「JUNK HEAD」でもあった。「JUNK HEAD」の製作が2021年で、「不思議惑星キン・ザ・ザ」の日本公開が2001年なので、堀貴秀監督がこの映画の地下建物から発想を得たかもしれない。
旧西側の国がこういう映画を作ったとすると、飛行体をもっとかっこよくしたり、キン・ザ・ザ人の格好をもっと宇宙人らしくしたかもしれないが、さすがに旧ソ連、発想が違うよね。それはゲオルギー・ダネリヤ監督の発想だろうけど、やっぱり根底には旧ソ連時代を生きてきた背景があるだろう。
それにしても、ちょっと体制批判的なところもあり、よく作れたな、という印象もある。これは、やっぱりゴルバチョフが書記長になって自由な空気が出てきたことも関係しているだろう。昔のソ連だったらこんなアイロニカルな映画は作れなかっただろう。
これは私の頭の悪さに起因しているんだろうけど、登場してくるキン・ザ・ザ人達のヒエラルキーがよく理解できなかった。なので話の展開が今ひとつ判らなかったんだよな。ウェキおじさんは伏線を注意深く観なさい、と言ってくれているが、うん、ウェキおじさんの話、映画観る前に聴いておくべきだったかな。
ラスト、主人公達が地球に戻ってからのシーケンスは面白い時間軸の解釈だった。