初恋のきた道

はつこいのきたみち|我的父親母親|我的父親母親

初恋のきた道

amazon
レビューの数

85

平均評点

77.9(470人)

観たひと

743

観たいひと

40

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ラブロマンス
製作国 アメリカ 中国
製作年 2000
公開年月日 2000/12/2
上映時間 89分
製作会社 グアンシー・フィルム・ステューディオズ=ベイジン・ニュー・ピクチャー・ディストリビューション・カンパニー
配給 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
レイティング 一般映画
カラー カラー/シネスコ
アスペクト比 シネマ・スコープ(1:2.35)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 ドルビーSRD

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

出演チャン・ツィイー チャオ・ディ
スン・ホンレイ ルオ・ユーシェン
チョン・ハオ ルオ・チャンユー
チャオ・ユエリン 年老いたチャオ・ディ

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

雄大な中国の自然を背景に、健気な少女の初恋を描く純愛映画。監督は「あの子を探して」のチャン・イーモウ。出演は「グリーン・デスティニー」のチャン・ツィイーほか。第50回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

都会でビジネスマンとして働いているルオ・ユーシェン(スン・ホンレイ)が、父の急死の知らせを受けて数年ぶりに故郷の村へ帰ってくる。母(チャオ・ユエリン)は、古いしきたり通りに葬式をあげたいと願っていた。ユーシェンは部屋に飾られた父母の新婚当時の写真を見ながら、昔聞いた彼らのなれそめを思い出していた。町から教師として赴任してきた20歳のルオ・チャンユー(チョン・ハオ)と、彼に恋い焦がれる18歳の娘チャオ・ディ(チャン・ツィイー)。ディはなんとか自分の想いを彼に伝えようとし、やがて二人の間には恋心が通じ合う。そんなある日、チャンユーは町へ呼び戻されることになり、村の学校から姿を消してしまう。チャンユーが帰ってくるのを、雪の降りしきる冬の道でひたすら待つディ。村と町をつなぐこの一本道は、二人にとって大切な愛の道となった。葬式が終わり、息子ユーシェンは、父が一生立ち続けた教壇で、父が初めての授業のために書いた文章を読む。一方ディは、少女の日を思い出すように学校へ向って歩き出すのだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2001年8月下旬号

VIDEO & DVDシアター:DVDコレクション 「初恋のきた道」「あの子を探して」

2001年2月上旬号

外国映画紹介:初恋のきた道

2001年1月下旬新世紀特別号

劇場公開映画批評:初恋のきた道

2001年1月上旬新年特別号

企画特集 中国映画から目が離せない:「初恋のきた道」にみる監督チャン・イーモウ

2000年12月下旬号

新作紹介:初恋のきた道

2024/01/31

2024/01/31

90点

テレビ/無料放送/BS松竹東急 
字幕


恋愛映画は苦手な私ですが

本作には没入できます。
主人公招娣(チャオディ)の心が揺らがないからでしょう。

私の性癖を書いても興味を削ぐだけなのですが、それを書かないとレビューできないので簡単に書きます。

私はたぶん、他人の不幸に同化してしまうタチなのです。ですから、恋愛映画の王道である「観覧車の上り下り(by 妻)」のような物語は、「なんでわざわざ他人の不幸を目撃しに映画館に行かねばならんのだ」と強がりながら、実は自分が辛くなるのが怖いアカンタレなので見ないのです。社会的な不幸なら、その負の感情を怒りにかえることで凌げるのですが、純粋な恋愛上の不幸はうまく処理できず、見るに堪えないのです。

ですが本作のチャオディは、彼に一目惚れ。その後も一途。会えない期間には死を賭してまで会いに行こうとします。ストーカーだと思われてもおかしくないその一筋な思いが、もし報われないとしても、それは彼が振り向かないか、裏切るかどちらかなので、彼女には何の責任もなく、何の不幸も訪れないのです。私の言う不幸とはそういう意味です。

ですから本作は何度でも鑑賞できます。
葬列の場面と、ラストの学校の場面とでは涙ぐみます。
私にとって、唯一楽しめる、純粋恋愛映画なのです。

ここからは、少し脇道です。
夫が死に、残されたのは盲目になった妻とその娘(ディ)。
たいへん貧しい寒村の中で、この二人が村に住んだまま生き抜いたのはなぜなのか。
それは、中国が共産主義国家になったからです。

現在の中国に対しては言いたいことがやまほどある私ですが、戦後の革命によって、餓死や奴隷労働、そして(欧米や日本など)外国の侵略を防いできた共産主義中国の出現とその施策は、人類史上の大きな成果だと考えています。

もう一つ、本作に関する妻の意見を付け加えて終わりにします。
イナカの若い娘が都会のインテリに憧れることはよくあるが、本作のように成功することはなかなか描かれない。安珍清姫の清姫のようにストレートな愛情をぶつけたディだけれど、彼は安珍のように逃げ腰男ではなく、しっかり受け止めたので、ディは清姫のように蛇に化身して安珍を焼き殺すようなことにならなくて良かった。
これで良かったかしらん、奥様。




























2023/06/07

2023/06/08

60点

テレビ/無料放送 
字幕


視線を釘付ける文化,そして赤化

雪のある車道,その先にある村は100戸ぐらいだろうか,小学校があるらしい.金策に走り回り,ぶっ倒れて父が死んだため,息子ションズ(スン・ホンレイ)のその村に帰ってくる.母(チャオ・ユエリン)は父の遺体を運ぶのを拒否している.石積みの学校の前で母は座り込んで,泣き出す.と思えば,母は機織り機で織った布を棺桶にかけたいとわがままを言い出す.この葬儀の方式は,トラクターで運ぶのではなく,棺桶を担いで運ぶ,文化大革命以前からの方法である.
過去の回想になると映像はカラーに切り替わる.父(チョン・ハオ)はその村に馬車に乗って,よそ者の先生として20歳でやってきた.母(チャン・ツィイー)は盲目の母の母と二人で暮らしている.
草原があり,樺の木が白い樹皮を並べている.草は当然のように風に揺れている.この草原で食事をしているであろうヤギがヒツジが群れをなして蠢いている.また馬が歩いているのも見える.学校の建設にあたって女性は直接に作業することはできない.作業をしている男性に食事を作る役目がある.女性の中には母がおり,男性の中には父がいる.母は父を見つめ続ける.その視線が学校に注がれ,草原に注がれる.草原を抜ける道には父が歩いており,それを母が見つめている.母は自らのその視線を追いかけるようにして,いつしか走り出している.母は得意のきのこ餃子で父を喜ばせようと,丼に入れた餃子を持ってひたすら草原を走っていく.しかし,父に追いつくことはなく,父は村を出て行ってしまう.父は学校で子どもたちに教育を施しており,そのいい声の朗読の声を母は日々聞きに行き,日常化している.父のいなくなった学校は,障子が破れている.その障子を張り替え,赤い飾り付けをすると,屋内の光線が変化したように感じる.また,冬になると草原は積雪によって光を変え,村と世界の様相を変えている.
母は再び走っている.村人たちがただ歩いている中を走っている.彼女の赤味を帯びた衣装を父は好んでおり,村に彼女が映えている.その赤はまた,政治的な色でもある.
葬列が冬の道を歩いていく.棺桶は町まで担がれており,父の教え子たちが列に加わり,担いでいる.そしてまた,若い母の視線と赤い姿で走っている姿がクロスディゾルブされながら映し出されていく.村にもたらされた文化と赤化の様子が印象的である.

2023/04/09

2023/04/09

70点

選択しない 
字幕


素朴でキュンキュンする

チャン・ツィイーのデビュー作、公開時21歳。ほぼすっぴんと思われる顔のアップが多用されているが苦にならない美しさ。

先生への思いは純愛というかむしろ衝動的で、当時の農村のような環境であれば取引も何もしようがなく、おいしいご飯を作ってあげたり、おめかしをしたり、来るかわからないのに迎えにいったり、あまりにまっすぐで、却って新鮮。

これを一歩遠景から見てみるとまあ「リソースで釣ったり値踏みをしたりされたり」なので、最近のマッチングアプリの世界と地続きのような気がしないでもないけど、しかし剛速球。勝負の回数も少ないしね。

文革の農村を舞台にした美少女ものということでは、本作とは対象的に猛烈に陰惨な結末を迎える「Xiu Xiu(天浴): The Sent Down Girl」(シュウシュウの季節)も思い出しました。これも美しい傑作なのでおすすめです。お話は重たいけど。

2023/04/08

2023/04/08

-点

テレビ/無料放送/その他 
字幕


めっちゃ寒そう

ネタバレ

チャン・ツィイー!めちゃ可愛い
水汲み 機織り お弁当 丁寧な生活
きのこ餃子 髪留め 瀬戸物の修理

2023/01/17

89点

選択しない 
字幕


人としての資質の高さ

今や世界的大女優、チャン・ツィイーのデビュー作にして、第50回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞した傑作。
都会からやってきた若い教師ルオ・チャンユーに恋して、その想いを伝えようとする18歳の少女チャオ・ディの生涯を描いたドラマとして僕は観ている。
文盲のディは手作りの料理の数々にその想いを込めて彼の弁当を作る。その気持ちに彼も気づき、いつしか二人の心は通じ合う。この映画を評している人の数多くは「純愛」という言葉を使って、この映画の素晴らしさを語っている。でも僕は、この映画の素晴らしさは「人としての資質の高さ」を描いたものだと思い、そこに感動した。

映画はすでに年老いた主人公チャオ・ディの夫が亡くなったと連絡を受けたディの息子が村に戻ってくるところから始まる。
その夫とは村で唯一の小学校の教壇に40年間、立ち続けたルオ・チャンユー、そう都会からやってきた教師、ディが恋した人である。
ディは吹雪の中で車の中で遭難するようにして召され、遠くに置かれた夫の亡骸を村の習慣に従って棺をみんなでかついで村につれてくると言って聞かない。トラクタなら半日だよと息子が言うが頑として聞かない。

そこから回想としてメインストーリー、ディが18歳の頃の話が始まる。中国が文革以前の古い時代になる。水道も電気もない頃の話だ。
まだ自由恋愛など珍しい時代にディは教師のチャンユーの目を惹こうと懸命になる。一生懸命、お弁当を作ったり、彼が一旦都会へ戻り、帰ると約束した日、大吹雪の中で道に立ち続けたり、彼が戻るまでの冬の厳寒の間に小学校の障子を張り替えたり、黒板を磨き、机を拭く。懸命に作った赤い切り絵を障子に張り付けたりする。
18歳の彼女にとって、たとえ彼が好きでも必要でもないのにディは楽しそうに、それをする。それは愛する人の役に立ちたいという想いから突き動かされる人としての質の高さだと思う。村人たちはそんなディを優しく見守り、決して止めようとせずむしろ支援する。

ディが吹雪の中で待ち続けた末、高熱で倒れ寝込んでしまう。そして意識がもうろうとする中、小学校から、かすかに彼の声が聞こえてくる。生徒が続けて唱和する声。それを聞いて目を覚ましたディはよろよろと小学校に歩み寄る。村人の一人が言う。
「先生!ディが来たよ!」彼は真剣な表情でバンッと扉を開ける。

手をつなぐシーンもない。キスもない。むろんセックスシーンもない。あるのはディに限らず村人たち、そして彼の教え子たちの人としての資質の高さだ。
金や野心や欲望ではなく「この人の役に立ちたい」とする行動と、そのハートビートだ。
ラストで僕は涙が溢れそうになった。それはとても大切なものを改めてビジュアルで見せてもらったからだ。自分を見直せる機会を与えたくれた気がした。
「初恋のきた道は」は、この人としての資質の高さを描いた映画だ。決して素朴な昔の純愛ストーリーなどではない。一人の女性の恋愛を通して描かれた「人の役に立ちたい」という人たちの物語だ。もしもあなたがアルコホーリクなら、ぜひお勧めしたい。初めて観たとき大スクリーンに映る若いチャン・ツィイーの笑顔は、キラキラとまばゆいくらいに輝いていた。

2022/08/28

2022/08/28

50点

その他/TSUTAYADISCAS 
字幕


ちょっと違った。

ネタバレ

父親の訃報を聞き、母のいる小さな農村へと久しぶりに帰郷したユーシェン。父はこの村の小学校で40年以上教鞭を取る村でただ1人の教師だった。村長の話では、校舎建て替えの陳情で町に出かけた際、心臓病で急死したのだという。
町の病院から父の遺体をトラクターで運ぶという村長たちだったが、母・ディだけは伝統通りに棺を村まで担いで戻ると言い張った。しかし葬列を組もうにも村の若者は出稼ぎに出て人手が足りない。村長はユーシェンに母の説得を頼まれる。

時を遡ること数十年、ユーシェンが生まれるよりずっと前。ディ18歳。村に初めて小学校が建つことになり、町から若い教師がやってくる。それが20歳のチャンユーだった。チャンユーは村の男たちとともに校舎の建築を始め、女たちはめいめい毎日昼食を作って届ける。チャンユーに一目惚れしたディは、毎日数少ない服の中から華やかな服を選んで着替え、現場にせっせと料理を運んだ。そしてわざわざ家から遠い、学校のそばの井戸で水汲みをして遠くからチャンユーを眺めたり、遠くから通う子どもたちを送るチャンユーを道で待ち伏せしたりするのだった。娘の思いに気づいたディの母は、身分違いの恋を心配する。
一方チャンユーも初めて村に来た時から、赤い服を着たディの姿が目に焼き付いていた。学校が完成した時、その梁には赤い布を巻くという風習があり、その布は村一番の器量良しの娘が織ることになっていた。ディが織ったその布を見て、チャンユーはいつもディの赤い服を思い浮かべていた。
しかし文化大革命の混乱に巻き込まれ、チャンユーは町へ連れ戻されてしまう。きっと帰ると約束し、チャンユーはディに、髪飾りを贈る。ディはチャンユーを待ち続けるが、約束の日が来てもチャンユーは戻らない。その日朝から吹雪の中、道でチャンユーを待っていたディは高熱を出してしまい…。

若き日のディとユーシェンを追想する映像は良い。時折ハッと胸を打つ美しい風景も。学校の障子紙が破れたところをディが直すシーンの切り紙も可愛い。
ただタイトルから想像して期待していた瑞々しいキュンとくるものを受け取ることはできなかった。なぜかって、何とかしてユーシェンの気を惹こうとするディの行動がまるで合コンで抜け駆けしようとする女みたいで浅ましく、わざと頭をふっておさげ髪を振り回すのもあざとく、初々しさなんて微塵も感じられなかったから。演じているのがチャン・ツィイーだから、見た目は確かに可愛いんだけど…。ユーシェンにしたって、村で1番可愛い女の子にあっさり落ちる辺りが安置だし。思いが通じた後のディの行動も、一途というより思い込みが激し過ぎて怖いし、その思い込み方が年老いてからも変わらないのも怖かった。初恋のきた道って、なるほどそういうことか。

ストーリーとは関係ないが、割れた瀬戸物にあんな修理の仕方があったとは驚き。