しみじみといい映画だった。デヴィッド・リンチ監督もこういう作品を撮るのか、とちょっと驚いてしまう。人の醜い部分を抉り出すような作品が多い中、本作はそういった刺激を一切消し去り、観客のハートをじんわりと温めてくれるような作りになっている。まさにハートウォーミングな映画だ。
物語はいたってシンプル。年老いて体の自由も効かなくなったアルヴィン(リチャード・ファーンズワース)が、わだかまりがあって長らく会っていない兄に会いにいくだけの話。兄が倒れたという知らせがきっかけとなっての一念発起。何とトラクターで隣州の兄の家へと向かう。目も悪く車を運転できない彼はトラクターで出かけるしかない。とにかく歩いた方が早いのではというような速度。呆れる知り合いたちを尻目にそれでも旅立つアルヴィン。
とにかく医者の忠告も聞こうとしない頑固爺。そんな頑なさも手伝って兄弟の間に亀裂が入ってしまったのだろう。でもこの老人のどうということのないトラクター旅が面白い。
道中で様々な人々と出会う。助けたり助けられたりの道中では人情の機微を自然な形で描出してみせる。まさにロードムービーらしいスタイル。
「束にした枝は折れない」「歳を取っていいことは細かいことを気にしなくなることさ」「逆に歳をとって最悪なのは若い頃を覚えていることだ」などなど含蓄のある言葉を出会った者たちにさりげなく漏らす。戦場での苦い記憶やおっとり娘のローズ(シシー・スペイセク)のエピソードなどもこの老人のバックボーンをしっかりと彫り込むことに役立っている。
長い旅の最後はもちろん兄との久しぶりの再会シーンとなる。兄ライル役はハリー・ディーン・スタントンで実年齢では弟役のファーンズワースの方がかなり歳上だ。
この言葉少ない二人の再会が実に良い。互いに視線を交わすだけで溢れ出す二人の感情が観客にも手に取るように伝わってくる。言葉はいらない。出ずっぱりのファーンズワースはもちろん名演だと思うが、ラストに顔を出すだけのスタントンもいい味を出していた。
冒頭、カメラがゆっくりと窓辺へと寄っていくシーンなどは「ブルーベルベット」の開巻シーンを思わせるけど、その後に紡ぎ出されるストーリーの何と牧歌的なことよ。とても「ブルーベルベット」とか「ツインピークス」の作者の手に寄るものとは俄かに信じられないのである。