現代では映画の開巻からエンドクレジットまでどの角度からどんな効果音を聞かせて、セリフをどう挿入して、音楽をどう挟むのか?映画には音響台本と言われるシナリオが欠かせないということを『ようこそ映画音響の世界へ』(ミッジ・コスティン監督)で知った。
製作、監督、脚本を一手に引き受ける大物映画作家はたくさんいるが映画音響をも担える映画作家は皆無に等しいであろう。映画は、映画音響編集者による緻密な音響台本抜きでは成り立ち得ないのだ。映像に加え音響の名作、『プライベート・ライアン』(アカデミー音響賞、音響編集賞受賞)を耳を澄まして見た。
オマハビーチ上陸前から舟艇に被弾する音がその後の展開の緊張を予知し見手の心拍数をも高める。直後からは5.1chステレオ全開だ。ノルマンディー上陸作戦シーンは、リアルな戦場音に支配されていっさい音楽が流れないことも音響効果を意図してのことだ。作中、上陸前からジョン・H・ミラー大尉の手が震えだす。中盤では、震える手で磁石を持つ音が微かに拾われていて斜め後ろから聞こえる。何気ない効果音のようだがこうした音への配慮と気づきがリアルな物語を紡いでいく。
本作は、映画は目を凝らすものであるばかりではなく、耳を澄ますものであることをしっかりと教えてくれる。沢山の命が失われる作品だがむしろテーマは与えられた命を大切にすること。優れた映画音響はこのテーマを惜しみなくバックアップする。