キャメラは震えている.そこは戦場であり,おおよそ戦闘中でもある.白っぽく透明感のある国旗が見えたかと思うと,白い墓標が並ぶ墓地も現れる.舞台はオマハビーチから始まっている.キャメラの前では多くの者が死を演じている.あるいは敵でもあるドイツ軍に死を与える者を演じている.有名なこの上陸作戦を再現するとき,キャメラに血を飛ばし,その鮮血がレンズに付いたまま撮影することで新たな味を出そうとしており,キャメラの震えもその一連の中で起こっているのかもしれない.
ミラー大尉(トム・ハンクス)の右手は震えている.その原因はわからない.彼は時々戦場で呆然としてしまう.それが爆弾による衝撃に起因するものかも定かでないが,そのとき音響の音量はミラーの聴覚に同調するかのように絞られていく.それもまた戦場への臨場へとつながる演出でもあるのだろう.ミラーは死の間際にもやはり呆然としている.兵役に入る前は高校教師であったことを彼は告白する.そして戦場が彼自身を変えてしまったこと,変えつつあることを部下たちに伝える.部下たちはその呪われた言葉を受け止め,それぞれに死んでいく.ドイツ兵に撃たれ,刺され,ドイツの戦車に砲撃を受け,死んでいく.そうした多くの死に際したのち,攻撃でも防御でもない呆然とする仕草の中でミラーも死んでいこうとする.
参謀本部の司令によりライアン二等兵を救出することになるミラー隊は,異国のこの国土の田園と街とを彷徨い,そこが戦場に塗り替えるようにして,敵や味方と出会いながらも,大した当てもなく進んでいく.偽物にも出会うが,やがてライアン(マット・デイモン)にも出会う.彼は空挺部隊でもあり,まだ戦場に降り立って間もないせいか,戦場にも染まっていない.ミラーの死によって呪いが解かれるように,空には「天使」とも呼ばれる戦闘機が飛んでいく.海を戦場に変え,フランスの地上を戦場に変え,制空権をめぐって,空をも戦場に変えつつある.ライアンの戦場への旅は始まったばかりで帰国しようともしない.キャメラの前から去ることにも応じていないのである.死を与えることも与えられることもないライアンを,生きることに導こうというミラーがいる.ミラーの右手の震えは,彼ではない何者か,例えば観客であり,アメリカに残された何者かが彼に引き金を引くことを躊躇わせようとしている兆候でもあるのだろう.その震えが,キャメラを通じて観客をも震えさせようというのである.