トゥルーマン・ショー

とぅるーまんしょー|The Truman Show|The Truman Show

トゥルーマン・ショー

amazon
レビューの数

52

平均評点

77.5(590人)

観たひと

1180

観たいひと

61

  • VODで観る

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル コメディ / ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1998
公開年月日 1998/11/14
上映時間 103分
製作会社 スコット・ルーディン・プロ作品
配給 UIP
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 ドルビーSRD/DTS

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

ある男の生涯が、テレビの人気連続ドラマとして24時間ノンストップ生中継されていた……という異色作。監督は「刑事ジョン・ブック 目撃者」「フィアレス」のピーター・ウィアー。脚本は「ガタカ」(脚本・監督)のアンドリュー・ニコル。製作はニコル、「白い嵐」のスコット・ルーディン、「ジャングル・ブック」のエドワード・S・フェルドマン、「ファースト・ワイフ・クラブ」のアダム・シュローダー。撮影は「ダメージ」のピーター・ビジウ。美術は「バグジー」のデニス・ガスナー。出演は「ライアーライアー」のジム・キャリー、「目撃」のエド・ハリス、「コンゴ」のローラ・リニー、「サバイビング・ピカソ」のナターシャ・マケルホーン、「コップランド」のノア・エメリッヒほか。98年キネマ旬報ベスト・テン第3位。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

周りを海で囲まれた平和な離れ小島の町シーヘブン。保険のセールスマン、トゥルーマン・バーバンク(ジム・キャリー)は看護婦でしっかり者の妻メリル(ローラ・リニー)や親友のマーロン(ノア・エメリッヒ)とともに平凡な毎日を送っている。ボート事故で父親を亡くした彼は水恐怖症で島から出たことはなかったが、大学時代に出会った忘れられない女性、ローレン(ナターシャ・マケルホーン)に会うためフィジー島へ行くというささやかな夢があった。ある日、トゥルーマンは、いつもと違う行動を取るとまわりの様子が落ち着かなくなることを発見。不安と疑問がつのり、妻のメリルに怒りをぶつけた末、メリルは家を出て行ってしまう。トゥルーマンは意を決し、地下室で寝ているふりをして海にボートで漕ぎ出して行く。実はトゥルーマンの家族や同僚は俳優で、住む島全体がロケセット、通行人はエキストラという、虚構の世界に生きており、生涯のすべてをテレビ放送されていたのだ。ディレクターの指示で彼の人生はコントロールされてきた。ディレクターのクリストフ(エド・ハリス)と会話を交わし、本当の人生を歩みたいを訴えるトゥルーマン。だが、虚構の世界へ戻るよう説得するクリストフは、装置を使って嵐を起こす。荒れ狂う波をくぐりぬけた果てに、トゥルーマンは虚構の世界=ロケセットの終端部にたどり着く。そこには外への出口があった。クリストフの呼びかけを無視し、トゥルーマンは出口から出て行く。そしてテレビでその一部始終を見ていた観客たちはトゥルーマンの勇気に拍手を送るのだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1998年12月上旬号

劇場公開映画批評:トゥルーマン・ショー

劇場公開映画批評:トゥルーマン・ショー

外国映画紹介:トゥルーマン・ショー

1998年11月下旬号

特集 トゥルーマン・ショー:作品評

特集 トゥルーマン・ショー:作品評

特集 トゥルーマン・ショー:ピーター・ウィアー監督 インタビュー

特集 トゥルーマン・ショー:ジム・キャリー インタビュー

特集 トゥルーマン・ショー:エド・ハリス インタビュー

1998年11月上旬号

COMING SOON【新作紹介】:トゥルーマン・ショー

1998年9月下旬号

スペシャル・セレクション 98秋の話題作:トゥルーマン・ショー

2017/03/21

2017/03/21

90点

選択しない 


愛すべき作品

これをみてジムキャリーを好きになって全ての作品を見たけど未だに1番好きなのはトゥルーマンショー。オススメの映画を聞かれるとまずこれを教えます。

2017/03/05

2017/03/05

90点

レンタル/東京都/TSUTAYA 
字幕


資本主義の抜け穴

ネタバレ

 本劇には人生丸ごとリアリティー・ショーに仕立てられているトゥルーマンと、その劇場の支配人クリストフ、そしてトゥルーマンに愛情があるんだかないんだか定かではない劇中の妻メリル、そしてトゥルーマンを本当に愛しており、それゆえに"FREE TRUMAN"を申し立て「トゥルーマンショー」の中止を主張する人物シルヴィアが主な登場人物として登場する。

 トゥルーマンショーの世界は、近代的に考える限りはポストモダン、あるいはプレモダンであり、野蛮であり差別であり、搾取であり、ポルノであり、人倫上の極めて由々しき問題である。

 しかし、なぜそのような舞台装置に対して、劇中では多くの視聴者がつき、多額の広告費がやりとりされているのか。クリストフによれば、それは「トゥルーマンショー」の外の世界、つまり「シーへブン・アイランド」の外側はもう真実がないからである。クリストフの思想によれば、真実はもう虚偽のコラージュによってしか再現できない。そして、真実がなにもない世界よりかは、たとえ虚偽のコラージュであっても真実があるほうが、より価値があるのである。

 トゥルーマンの周囲にはまるで天動説のように、商品の広告が陳列されており、その配列の仕方というのは一度疑いの眼差しを向ければ、一つの通りを同じエキストラがグルグル周回しているような杜撰なものに過ぎない。

 それにしてもなぜトゥルーマンの周囲はコピーによって固められてないければならないのか。それは「気まぐれ」な動きは自然を呼び込み、自然を呼び込めば不幸が起こり、不幸の末に外の世界には真実がなくなってしまったという反省があるからだ。だから、そのようなことが起きないように、トゥルーマンの周囲には計画が張り巡らされている。

 「シーへブン・アイランド」は資本主義のぎこちなさに対するアンチである。しかし、そのぎこちなさを克服するために、トゥルーマンの人権をないがしろにし、さらにその周囲には人権をないがしろにしていることでかろうじてバレない究極のぎこちなさが構築されている。

 クリストフとトゥルーマンは結局似たもの同士である。似たもの同士であるからこそ、クリストフはトゥルーマンをわが子のように慈しむのである。似ているところはどこかといえば、結局マトリョーシカのように、二人とも同じものに不快感を覚え、同じようにそれに対する革命を企ててしまう性格であるところだ。不快感の対象はコピーのぎこちなさであり、そのルールをハックすることでその外側を夢想してしまう。

 クリストフはコピーをコラージュすると真実が作り出せることを知り、トゥルーマンは予測できない動きをするとコピーの配列に不自然な揺らぎが発生することを知った。

 クリストフはトゥルーマンに思想的に共鳴するものを感じるがゆえに、最終的にトゥルーマンが劇から退場したことに関して裏切られた思いがしたのだと思う。つまり、思想が同じであるのであれば、トゥルーマンが知恵の木の実を食べて、全ての内幕を知ってしまった後も、あえて役者を演じきる価値に協賛してくれる可能性があるからだ。

 しかし考えてみれば当たり前かもしれないが、父が近代的自我を持ちながら、その思想的DNAをついでいる息子だけがそれを絶対に持ち得ないとは言えない。最後にトゥルーマンは父殺しを行う。「シーへブン・アイランド」から退場するときの台詞も、毎朝トゥルーマンが家から出るときの定型句を採用しており、これから始まるトゥルーマンの人生こそが、本当の「劇」なのだという象徴の読み替えを皮肉に使っている。

 トゥルーマンが楽天的な広告イメージに彩られた「シーへブン・アイランド」を抜け出したあと、エンディングテーマは不気味な前途を暗示するようである。あのあとトゥルーマンはいったいどのような世界の闇を目撃し、何度あのとき外に出なければよかったと後悔すだろうか。

 「シーへブン・アイランド」の外にはシルヴィアがいる。しかし、そのシルヴィアは「シーへブン・アイランド」の中で夢想した理想のシルヴィアとは違うシルヴィアかもしれない。その意味で彼の作った雑誌の切抜きのモンタージュは不正確な夢想に過ぎないかもしれない。そのモンタージュが不正確であるほど、トゥルーマンは外で反省を強いられ、反省してもしきれないときに、外に出なければよかったと思うだろう。

2017/02/18

-点

選択しない 


視聴者への対応が

最後に、全視聴者(それと、もしかしたら形はどうあれ見守ってくれていたスタッフ)に向けてトゥルーマンとして完璧な礼儀を尽くして立ち去ったシーンが印象深い。
ああいう番組を何十年も見続けていた人の気持ちになんて感情移入しようがないけど、多分みんな大なり小なり不安だったんだろうな。
いつかトゥルーマンに仕組みがバレたら。いつかトゥルーマンが死んでしまったら。一体どういう終わり方ならあの番組の終わりを受け入れられるのか、おそらく視聴者にも答えが出せていなかったんじゃないかなぁ。
トゥルーマンはアイドルであり、はたまた我が子のような存在ですらあったんだから、真実を知って世界中を憎むトゥルーマンなんて、実際のところファンは見たくなかっただろうし。
笑顔で出て行く彼を見て視聴者が大喜びするということは、あの最終回こそがあの世界において望まれていた、最終回のベストアンサーだったんだろう。
ただ、あれほどの環境に立たされてもなお怨嗟を吐かずに笑顔で幕引きをしたトゥルーマンのありかたには、さすがに出来過ぎじゃないのかな、視聴者にとって都合が良すぎるんじゃないのかな…って、ちょっと嘘くささを感じてしまった。
それも含めて彼はショーを演じ切った、ってことかも知れないけど。

2016/12/27

2016/12/30

56点

VOD/Amazonインスタントビデオ 
字幕


エドハリスは親ではなく神になりたかった

ネタバレ

リアリティはないのですがダークファンタジーとして秀逸な作品だと思います。人生そのものが他人のエンターテイメントのネタになるとはなんと大胆な発想でしょう。そこから起こる悲喜劇は十分楽しめました。

2016/11/27

2016/11/27

90点

VOD/NETFLIX 
字幕


僕も何度も考えたことがある。
「もしかしたら自分中心にこの世界は動いてるのではないか」
そんなことを考える度にこんなにも混沌とした世の中に頭を悩まされる‥‥
そんなことを考え直す映画だった

2016/10/29

2016/10/29

92点

VOD/dTV(dビデオ)/レンタル/タブレット 
字幕


映画の発想に驚いた。
「マトリックス」などの様に異星人ではなく、人が人の人生を管理しているところに恐怖を感じた。
しかもそれが放送されているとは、下手なホラーよりも恐ろしい。
最後まで目が離せなかった。