「変瞼(へんめん)」は中国の大道芸人の物語である。
時代は日中戦争当時であろうか。
紙でできた京劇風の仮面を一瞬のうちに被り変える「変瞼(へんめん)」という中国の伝統的な芸がある。
この芸は現在の中国でも行われている芸で、その目にも留まらない早業は深く秘密に伏されており、門外不出のトリックである。
その早業を使う老いた大道芸人が跡継ぎを作ろうと人買いから子供を買うが、それが実は男の子を装った女の子であった。
しかし芸の継承は男子のみに許されたもので彼はその子を捨てようとする。
ところがこれまでに何度も養い親から捨てられたことのある娘は捨てられまいと必死になって食い下がる。
結局その熱意に負けて仕方なく娘の面倒を見ることになるのだが、その関係は親子から一転して主人と下女という立場になってしまう。
働かざる者食うべからずといった考えで、相手が子供といえども容赦がない。
また娘もそれが当然のように骨惜しみせずよく働く。
こうしてふたりの旅が続いていく。
この設定はまるでフェリーニの「道」のようである。
だが、「変瞼(へんめん)」の主人公は「道」のザンパーノほど非道ではなく、酒が好きなところは似ているが、どちらかといえば好人物といえる人間で(この主人公を演じているのがNHKのドラマ「大地の子」で中国人の養父を演じた朱旭である)、この娘の健気さに次第にほだされていく。
そしてある事件で老芸人が警察に捕らえられたことから、娘の身をなげうっての救出劇が展開されることになるのである。
そんな娘の一途な健気さには素直に泣かされる。
彼女の我が身を省みない行動を見ていると「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という格言がしきりに浮かんでくる。
そして彼女が老芸人にとっての天使だったのではとも思えてくるのである。
飽きずに見せるいい映画である。
そして古い中国の伝承物語の香りを感じさせる。
中国映画を観ていると不思議な懐かしさを感じることがよくあるが、この映画もそんな気分にさせられる一編であった。
そんなわけでこの映画は「芙蓉鎮」「紅いコーリャン」「黄色い大地」「さらば、わが愛/覇王別姫」等と並んで私にとって記憶に残る中国映画の1本となった。