松本清張原作映画の中でも評価の高い一作といはれる「砂の器」であります。野村芳太郎監督作品。脚本は名コンビの橋本忍で、橋本プロダクション第一回作品となつてゐます。この作品、何度観たか分からぬ程で、その都度泣いたのであります。
国鉄蒲田操車場にて他殺体が発見されたが、被害者の身元が割れません。手掛かりは「東北弁のカメダ」のみ。カメダは人名ではなく地名かと考へ、今西(丹波哲郎)・吉村(森田健作)の両刑事が秋田県の「羽後亀田」に派遣されますが、何も掴めません。捜査陣は焦り、迷宮入りの様相を呈してきたのです......
まづ映像が美しい。やはり野村組のキャメラマン・川又昴が良い仕事してゐると存じます。日本の原風景ともいふべき農村・漁村のパノラマには見惚れてしまひます。丹波哲郎ら人物を遠景で撮つた画を見ますと、日本には貴重な宝物があつたのだなと感じます。それらを殺すのも日本人ですが。秋田・出雲・伊勢・石川などの観光案内も兼ねてゐます。清張作品に欠かせぬテツ要素も満載。食堂車の風景や「急行鳥海」、木次線、復元された出雲三成駅や亀嵩駅、父子が抱き合ふシーンに被さるデコイチなど、涙が出さうであります。
そして音楽がこの映画の重要な要素となつてゐます。芥川也寸志が音楽監督としてクレジットされ、劇中曲「宿命」(作曲・菅野光亮)がフルコーラスで演奏されます。宿命とは、加藤剛によると「生れてきたこと、生きてゐること」なんださうです。
その「宿命」をバックに、演奏会でピアノを弾く加藤剛、捜査本部での丹波哲郎の報告シーン、加藤嘉父子の放浪旅の回想(実際には丹波の想像なのだが)の3シーンが交互に表現される後半は圧巻と申せませう。特に回想シーンの四季折々の光景は何度見ても良い。まあ、これを長すぎると感じる人も多いらしいですが、わたくしはまだまだ見たいと感じました。つまり143分の長尺もあつといふ間でした
サスペンス物をお涙頂戴の作劇に堕してしまつたとの評もありますが、自分はお涙頂戴が好きなので許して下さい。確かに丹波哲郎の演技はクサいところが多いし(砂浜を歩いた時の靴から砂が出過ぎだし、ハンカチで涙を拭ふところは恥しいほど)、森田健作はオーヴァーアクションでミスキャストと思ふし、ピアノを弾く手が加藤剛でない事が明白だし......と色色ありますが、それらを差し引いても好きなシャシンです。あ、それから島田陽子は可哀想でしたねえ。