米汁が庭に撒かれる。茅葺屋根の家の主は乙羽信子が演じる別荘管理人で、その別荘の持ち主は、杉村春子が演じる森本蓉子である。森本はその別荘で口を濯いだ水を吐く。この信州の茅野市の別荘地では、ジュースよりも水がうまいらしいが、その水に文句をつけるわがままもあり、水を吐くこともある。森本は、かつて築地小劇場に所属していたというから杉村の分身ともいえる役柄である。また管理人が夫を寝取ったという展開も、新藤監督と乙羽信子の過去を扱った自虐ネタのようにも感じられる。
物語は、森本の小劇場時代の同僚の老女が痴呆となって夫と共に別荘に訪れるところから、「何が起こるか」分からないような展開を見せていく。全裸の若い女性、丸い石や力石、天狗の舞、チンドンや、ミキサーにかけられる野菜、拳銃の男、警察署での表彰式、チェーホフの「かもめ」やベニスをテーマにした音楽に合わせたダンス、ミヤマオダマキ、ゲートボール、マムシ、赤い風船などがめくるめく登場し、過去や近過去が現在と交錯する。その中で、物語は、逮捕劇や心中、結婚、姦通の記憶などに展開していく。舞台は、蓼科から浅間温泉、直江津へと、山から海へと移りながも、また戻っていく。能のほかにも、足入れ式の演舞、別荘での立ち芝居などが、劇中としてちょっとづつ演じられてていく。
こうした波乱の物語でありながらも、サングラスの森本と田舎めいた管理人のかけ合いや関係が大きく変わることなく、概ね安定しているのが愉しい。もう棺桶に納められるまでの軌跡を描き始めている老女二人は、動じることなく、互いにあけすけな言葉を交わしながら、波乱のうちで寄せる波を交わしているかのようでもある。
老女たちに煙草が吸われる。キスもあり、ガムもある。ラストショットでは川の水が跳ねる。このラストにおいて、冒頭からの映画の断片がプレイバックされる。あの水、この水、彼女らの口を通った水、彼女たちが体を通した風呂や温泉の水(お湯?)、海辺があり、湖畔があった。暑い夏の午後に爽やかさを与えてくれるみずみずしさに満ちている。