フィルムセンターの東映時代劇特集。わたくしがまだ観たことがなかったマキノ雅弘「たつまき奉行」です。
映画が終わってフィルムセンターの階段で合流した時のO先輩の一言が「阿波踊りの佐渡おけさ」。マキノは、舞台が佐渡島であろうと、ラストのクライマックスでは、バックに祭り神輿が“ワッショイ、ワッショイ”と何台も躍る中で、モブに佐渡おけさの旋律に乗せて阿波踊りの振り付けをしてしまう人なのであり、わたくしたちマキノファンはその場面をこの上ない喜びで受け止めるのです。
「たつまき奉行」は、幕府の金塊を運ぶ途中で遭難して行方不明になった輸送船の謎を巡って、べらんめえ金さんこと江戸北町奉行の遠山金四郎が、旧友の佐渡奉行・山村聰に頼まれて佐渡に乗り込み、真相を探るというお話ですが、ラストの強引な遠山裁きに向かって全篇が伏線みたいなもので、話はどうでもよろしい。
「たつまき奉行」の魅力は、マキノらしい細部を見つける愉しさにあり、陸揚げされた船の脇で夕暮れをバックに繰り広げられる千恵蔵御大と喜多川千鶴の痴話戯れ言など、おおやってるやってる、とマキノファンを嬉しくさせる場面です。例によって両者を背中合わせにしたり、位置を入れ替えたりしながら芝居を組み立てます。千恵蔵御大はまず“おめえに惚れた、俺の女房になってくれ”などと、いきなり核心に入りますが、喜多川はそんな言葉を信じないという芝居を続けつつ、千恵蔵が本気らしいと知ると、“嬉しい”などと抱き付く癖に、その直後には、“あんたなんか嫌い大嫌い”という話になってしまうマキノ的な矛盾した作劇の妙。この間、千恵蔵御大と喜多川は、背中合わせになったと思うと、喜多川が振り向き、また彼女が背中を向けると御大が喜多川の背中越しに語りかけ、と、お互いの位置を頻繁に替えながら、痴話戯れ言を繰り広げるという、典型的なマキノ節の愉しさ。わたくしたちマキノファンにはこの戯れ言が至福の時です。
「たつまき奉行」には、マキノ映画には珍しい佐久間良子も出演していますが、マキノ的な艶っぽい場面は少ない中、相手役の千代之介と繰り広げる二人の会話場面で、いきなりしゃがんでしまうあたりの身振りが、マキノ直伝の演出を感じさせました。
「たつまき奉行」にはさらに、遭難船の被害者女房という役で千原しのぶも出演しているのですが、中盤過ぎまでなかなか見せ場がなくて千原ファンをやきもきさせたものの、被害者の弟として村にやって来たという触れ込みながら、実は被害者本人という設定の片岡栄二郎と一緒に、マキノ的な敷居際の芝居を展開します。
お話はどうでもいいと書きましたが、御大の遠山金さんシリーズ第14作目にマキノが担ぎ出された背景には、マンネリ化したシリーズの活性化という狙いがあったのではないか、というのがO先輩のご意見で、定番のお白州での諸肌脱ぎをやらず、回想場面にとどめた作りなど、その現れかも知れません。
「たつまき奉行」を観たことで、わたくしにとってのマキノ東映コンプリートは、あと「銀次郎旅日記」「酔いどれ八万騎」「不敵なる反抗」以上3本で完遂ということになるのですが、この3本は上映も放映もされたことがないそうなので、コンプリートは夢のまた夢なのかも知れません。夢は追い続けますけどね。