シネマヴェーラの中川信夫特集で観た「天下の副将軍 水戸漫遊記」は、江戸市中で犬を大事にするあまり人間の扱いが疎かになっている事態を見た緑波=黄門様が、和田桂之助扮する将軍綱吉を諌めると、聞き分けの良い将軍が直ちに反省する一方、岬洋二扮する老中・柳沢吉保は黄門のでしゃばりに苦虫を噛み潰すという展開で始まります。
この映画の頃の新東宝は既に大蔵貢の体制になっており、大蔵新東宝というと安っぽいというイメージがありますが、江戸城内のセットはかなりの広さで奥行きもあり、将軍の前に居並ぶ大名たちの数も衣装も立派なもので、中川のフレーミングセンスの確かさと共に感心しました。
このあと緑波=黄門様は、天城竜太郎(のちの「ハレンチ」役者・若杉英二です)扮する助さん、中村竜三郎の格さんを従えて旅に出て、途中で小倉繁扮する胡麻の蝿が弟子入り志願してお供になる一方、岬洋二=柳沢吉保は、篠山藩の藩主・中村彰が狂乱したとでっち上げて幽閉し、吉保の実弟・丹波哲郎を姫の婿として送り込んで篠山藩を手中に収めるべく、密書を配下の坂内英二郎や女間者・宇治みさ子に託します。
この密書が、ひょんなことから緑波=黄門様の手に入ったことから、黄門一行は篠山藩のお家大事を知り、この藩に向かうことにしますし、密書を奪われた坂内英二郎や宇治みさ子も黄門一行を追って密書を取り戻そうとします。他方、篠山藩からは家老・坂東好太郎が江戸に上って、岬洋二=柳沢吉保に主君・中村彰の狂乱は間違いだと伝えますが、吉保にあっさり無視され、藩に戻ることにします。こうして、主要登場人物の全てが篠山藩に向かう形となります。
そして、篠山藩の城では姫・松浦浪路と柳沢吉保が送り込んだ実弟・丹波哲郎の婚礼が行われようとする一方、城の天守閣に幽閉されている藩主・中村彰が坂内英二郎によって斬られようとする時、緑波扮する天下の副将軍・黄門様や助さん・格さんが城に乗り込み、クライマックスのチャンバラを展開することになります。
このクライマックスも、城の広間での丹波哲郎と松浦浪路との婚礼場面にせよ(居並ぶ女官の中には、わたくしの見間違いでなければ、大部屋時代と思しき池内淳子が映っていました)、緑波=黄門様一行が乗り込んでのチャンバラにせよ、セットの立派さに感心するのですが、城の広間を舞台に、前後の奥行きと左右の間口を目一杯利用したチャンバラもさることながら、天守閣に幽閉された藩主・中村彰を巡るドラマを、城の階段を登ってゆく縦の動きによって組み立てて、観客の気持ちも煽るキャメラワーク(セットに金をかけているとは言うものの、何階にも及ぶ高さを実現することはできないので、階段の途中に黒味を作り、そこでカットを割っていますが、キャメラの動きはひと繋がりのように見せています)が絶妙です。
物語の筋立て自体は、まあご都合主義の産物と呼んで差し支えないものですが、演出の細部が映画を活き活きさせるという、中川信夫らしい映画でした。