野村胡堂「万五郎青春記」を原作とする1957年公開の「万五郎天狗」。監督はヹテラン森一生、脚本は土屋欣三、音楽は宅孝二であります。主演は市川雷蔵。
享保年間、八代吉宗の治世、幕府は将軍の座を巡り敗れた尾張の動向に目を光らせてゐました。勝手に名古屋城の改修をしてゐる疑ひがあり、事実なら尾張筆頭家と雖も只では済みません。藪田信濃守(志摩靖彦)の命を受けた隠密・小川東馬(清水元)は、名古屋城の改修箇所を示した図面を作成しますが、尾張の手中に落ちます。で、図面を旧知の役者・半助(潮万太郎)とその妹お夏(小野道子=長谷川季子)に託します。
兄妹は江戸への船内で、尾張家による取り調べを逃れる為、積荷(鳴海絞)の中に図面を忍ばせます。しかしその後直ちに荷は売り捌かれ、図面の行方も不明となりました。この「密書」を巡り、幕府側の信濃守と、尾張家の藩主・尾張継友(千葉登四男=千葉敏郎)とその弟・万五郎(市川雷蔵)の兄弟で、奪ひ合ひが勃発したのです......
万五郎とは後の徳川宗春。幼名なので、既に将軍吉宗が誕生してゐるこの時代は、「通春」と名乗つてゐたのではないかと思ひますが、まあいい。吉宗×宗春の争ひは良く時代劇のネタになりますが、実際には両者はそれ程敵対してゐた訳ではないさうです。でも物語としてはそれでは詰らないので、色色創作されてゐます。
天下の御法度である城の改修を示す密書が尾張を揺るがします。雷蔵演じる万五郎が尾張六十二万の危機を救ふと云ふストオリイです。皆が城の図面を血眼になつて追ひます。女優陣の動きが目立ち、結果的にワルに騙された小野道子、常磐津の師匠・阿井美千子、尾張側で密書を奪ふ浦路洋子と揃ひました。小野道子の雷蔵に対する思ひが切ないのでした。知つてか知らずか雷蔵は「良い婿を探せよ」みたいな無神経な発言をしてゐました。
雷蔵はまだ若いけれど、既にスタアとしてのオーラが感じられます。敵方に図面が渡り、絶体絶命の兄・継友のピンチに颯爽と現れ、信濃守の仕組んだ悪事であることを暴露、そして見せ場の殺陣は、上手さよりもその敏捷さに目が行きます。カツシンが「俺が一人斬る間に、雷ちやんは三人斬る」と讃へたスピードであります。
「万五郎青春記」は、後に東映京都で、「尾張の暴れ獅子」として再映画化されてゐます(監督・河野寿一、主演・大友柳太朗)。雷蔵のスマアトな万五郎に対し、大友の豪快な万五郎も中中良い。見比べてみるのも一興と申せませう。