シネマヴェーラ渋谷の“女優とモード”特集、「街燈」は、まだユーロスペースが桜丘にあった頃の中平康レトロスペクティヴで観ましたが、中平がキレキレだった1950年代の傑作群を次々と観た中では、「街燈」の話は取り散らかって観えたことは否めなかったものの、今回は、取り散らかっていることを前提として観たため、前回より面白く思えました。
冒頭、夜の並木道を歩く男の姿が逆光で捉えられたのち、彼=葉山良二のクローズアップがアオリで映された上、彼が1軒の洋装店に入ってゆくロングショット、その店主である南田洋子に対して、弟の定期券を拾ってくれたことのお礼を述べつつ、最近は学生たちの間で、故意に定期券を落として、それを拾ってくれた女性をナンパするという遊びが流行していることを説明するという、印象的なオープニングです。
葉山良二が南田洋子に説明する定期券落としナンパについて、まずは、学生服姿の小沢昭一が筑波久子に定期券を拾って貰おうとして、わざと落とすものの老婆に拾われてしまい、ナンパに失敗するケース1、学生・武藤章生が八百屋の娘・渡辺美佐子に定期券を拾って貰ったまでは良かったものの、武藤は渡辺の八百屋を手伝わされるべく手荒に扱われるケース2を、ショートコントのようにテンポ良く再現して観せる展開は、まさに中平康がキレキレの50年代らしい演出でした。
こうして弟の定期券をきっかけに知り合った葉山良二と洋装店主の南田洋子が、次第にお互いを想い合うようになってゆくお話の一方、南田と同業の月丘夢路が、パトロンがいるにも関わらず、定期券ナンパを通じて知り合った学生・岡田真澄と深い仲になるものの、岡田のほうも、彼のパトロンを自認する娘・中原早苗と火遊びをするというお話が絡んでゆきます。
日共系の脚本家・八木保太郎のホンは、ヴェテランの割にはまとまりを欠いていると思いますが、南田洋子と月丘夢路の会話で、南田が恋愛体験を回数券に喩え、“最初は使うのを躊躇うけれど、使い始めると調子に乗ってどんどん使ってゆくものの、残り枚数が少なくなると慎重になる”みたいなことを言うのに対し、月丘夢路のほうは“回数券なんて使い切ったらまた買えばいい”みたいなことを言う、そんな対話はリアルでした。八木保太郎が発明した会話ではなく、永井龍男の原作にある台詞かも知れませんが…。
月丘夢路のパトロンは、声が一瞬聞こえるものの(三津田健っぽい)顔は一切出さないあたり、中平康演出の洒落た味付けだと思う一方、例えば葉山良二が、岡田真澄を脅そうとしていた草薙幸二郎と決闘する羽目になり、その決闘に向かう場面で斜めの構図が採用されるあたりは、紋切り型の演出でしたが、逆に、南田洋子が起き抜けにふと思い立ち、自転車で葉山良二の家に押し掛けて、焼き鮭を半分ずつにした朝食を葉山と一緒に摂る場面の途中、立て掛けた自転車の横に佇む子猫をさりげなく捉えたショットなど、素晴らしいと思いました。
50年代の中平康のセンスが随所で光る映画ではありました。