市川右太衛門による旗本退屈男、戦後版12作目であります。前回で総天然色になつたのに、また白黒作品に逆戻りしてしまひました。ゲストに美空ひばりも出るのに、シブチンですね。監督は松田定次、脚本は比佐芳武、撮影は川崎新太郎、音楽は深井史郎とお馴染みの面面。
退屈男の取り巻きたち(横山エンタツ、渡辺篤、キドシン)が好奇心から酔ひに任せて紛れ込んだ緋龍閣。曲者として追手に襲はれる三人ですが、ここは我らが退屈男・早乙女主水之介(市川右太衛門)に救はれます。
それを見てゐた浮浪児風の少年(美空ひばり)が、繁太郎と名乗り主水之介の家に置いて欲しいと願ひ出ます。承諾する主水之介。長屋には浪人・藤崎平九郎(山形勲)が武家娘風の女(丘さとみ)を連れてきて、なにやら企んでゐる様子。山形勲だけに、やはりワルなのでせうか。
すぐに想像は付きますが、繁太郎は実は信州の金満家・手代木家の娘でした。彼女を探索する祖父の九左衛門(薄田研二)は高遠藩と結びつき、怪しげな教祖の道節(月形龍之介)を頼る。しかし道節は由井正雪の子で謀反を企むワルでした。更に将軍生母の桂昌院(勝浦千浪)までを利用し、煩い主水之介を幽閉してしまひます。退屈男が動けぬのを良い事に、長屋の少年・三平(本松一成)を拉致、人質にしてその母のお栄(喜多川千鶴)に主水之介殺害を命じます。拒否するお栄は殺されてしまふのです......
粗筋は特段の事はないけれど、主水之介が蟄居の身になつて、自由に動けぬ事態を作るのは目新しいところです。紅蓮塔とは、緋龍閣が燃える比喩でせうか。怒りに燃える主水之介とオーヴァーラップします。
最後の月形との一騎打ちは中中見応へがあります。流石に二人とも嘗て「七剣聖」と呼ばれただけの事はございます(あとの五人は、阪東妻三郎・長谷川一夫・嵐寛寿郎・片岡千恵蔵・大河内傳次郎)。ひばりもそつのない演技で、子役時代から培つた「藝」といふものを感じさせます。個人的には、この年代の彼女が一番好きであります。そして敵か味方か判然としなかつた山形勲もニクイ役です。
しかし何といつても右太衛門の超越した芝居、もう「へへー」と畏まつて鑑賞するのみであります。古き良き時代劇といふものを十二分に堪能出来るのでした。プハッ。