嵐寛寿郎が時代劇の大御所として活躍していた最後の主演作品は「風雲新撰組」で、ほぼ60年前、1961年に公開されている。それ以後は東映の「網走番外地」などで脇に回っている。
1956年制作のこの映画は歌舞伎でも演じられる佐倉宗五郎の物語である。時代劇の大御所だった嵐寛寿郎は剣に強い浪人などを演じていたので、この映画のように農民を演じているのは極めて珍しい。
下総国(千葉県)佐倉藩の城代家老(阿部九洲男)による悪政で苦しめられた農民の代表となって、宗五郎が窮状を将軍に直訴したため、宗五郎本人のみならず、妻子もろとも処刑される悲劇を扱っている。
救われない暗い話であるが、監督脚本の渡辺邦男が快調なテンポで話を進める。舞台で名高い「仁兵衛渡しの場」もそつなく取り込まれている。いつも老人役でいい味を出す横山運平が斧で鎖を断ち切って船を出し宗五郎を助ける見せ場を作っている。
これだけの暴政を敷いた原因に、側室八重の方(宇治みさ子)が藩主を唆(そそのか)していたという背景が描かれている。ファムファタールによる復讐劇の味わいが加わってエンタテインメント性が強まる。
民の窮状を想っての訴えに対して佐倉藩は家族皆殺しの極刑で臨んだために、藩主が改易にされる。宗五郎の霊を鎮めるために佐倉霊廟として祀られたという逸話が後日談として描かれる。
藩主の暴政を唆す側室を宇治みさ子が珍しく悪女役で好演している。
農民の群衆の中に万里昌代が花岡菊子のやや後ろにワンカットだけ見られる。
ナンセンスコメディ「森繁の新婚旅行」で快調な演出ぶりを見せた渡辺邦男が、その5ヶ月後(1956年6月)に全く異なるジャンルのお家騒動を、これまた快調に演出している。やっぱりこの人は職人監督として巨匠なんだろうな。