裕福な家庭でラグビーに興じている受験生(石浜朗)が向かいのアパートに越してきた肺病の少女(野添ひとみ)を好きになったことから始まる悲恋物語。窓から顔を合わせるだけでいつしか想い合うようになる石浜と野添であるが死によって永遠の別れになるまで一度も言葉を交わさないところは斬新であった。
開巻早々ラグビーの練習風景を通して石浜の溌剌とした様子が描かれる。自転車で帰宅(余談になるが翌朝高校に自転車ではなく電車通学していたのは矛盾ではないか)する途中に教会の外観が映し出されるが、本作の至る所にキリスト教を意識した作劇が施されていた気がする。クリスマスのお祝い、姉の結婚式、そして何より主人公は隣人を愛すのである。
目立ってはいないが主人公の姉(淡路恵子)とその恋人、そして野添の姉(津島恵子)とその恋人の二組のコントラストにも注目したい。どこか楽観的な夫婦生活を送ることが予想される前者に対し後者は結婚の約束こそ口にするものの貧困生活は免れない状況であった。昭和28年の作品であるからまだまだ日本は戦争の混乱から立ち直ってはいない時期である。こういう時代背景も少なからず影響していたはずである。
一番印象に残ったのは野添が死ぬ直前どうしてもお日様が見たいと言い出し曇り空だと姉に言われてもいう事を聞かず窓を開けてもらう場面。次のカットで目が合った石浜の顔が映る。ここでハッと気づかされた。野添にとって石浜は太陽のような存在だったのだと。一方で石浜にとって野添は未知の感情を教えてくれた月のような存在だったのだろう。三日月を話題にした祖母(東山千栄子)との会話から察しても間違いないと思う。
野添の死を知らされた石浜が受験日の前日にも拘わらず高校のグランドで顧問の先生とラグビーの練習をするところで映画は終わる。冒頭の練習風景がどこか牧歌的であるのに対しここは強靭な精神と肉体を作る目的という悲壮感が漂っていた。ホームドラマだと思って見始めたがこれは青春映画と言った方がよさそうだ。