生きる(1952)

いきる|Doomed|----

生きる(1952)

amazon
レビューの数

75

平均評点

85.9(436人)

観たひと

834

観たいひと

72

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 日本
製作年 1952
公開年月日 1952/10/9
上映時間 143分
製作会社 東宝
配給 東宝
レイティング
カラー モノクロ
アスペクト比
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

監督黒澤明 
脚本黒澤明 
橋本忍 
小国英雄 
製作本木莊二郎 
撮影中井朝一 
美術松山崇 
音楽早坂文雄 

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

出演志村喬 渡邊勘治
金子信雄 渡邊光男
関京子 渡邊一枝
小堀誠 渡邊喜一
浦辺粂子 渡邊たつ
南美江 家政婦
小田切みき 小田切とよ
藤原釜足 大野
山田巳之助 齋藤
田中春男 坂井
左卜全 小原
千秋実 野口
日守新一 木村
中村伸郎 助役
阿部九洲男 市会議員
清水将夫 医師
木村功 医師の助手
渡辺篤 患者
丹阿弥谷津子 バーのマダム
伊藤雄之助 小説家
宮口精二 やくざ
加東大介 やくざ
菅井きん 主婦

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

黒澤明の「白痴」に次ぐ監督作品。脚本は「羅生門」の共同執筆者橋本忍と「海賊船」の小国英雄とが黒澤明に協力している。撮影は「息子の花嫁」の中井朝一。出演者の主なものは、「戦国無頼」の志村喬、相手役に俳優座研究生から選ばれた小田切みき、映画陣から藤原釜足、千秋実、田中春男、清水将夫その他。文学座から金子信雄、中村伸郎、南美江、丹阿弥谷津子。俳優座から永井智雄、木村功、関京子。新派では小堀誠、山田巳之助などである。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

某市役所の市民課長渡邊勘治は三十年無欠勤という恐ろしく勤勉な経歴を持った男だったが、その日初めて欠勤をした。彼は病院へ行って診察の結果、胃ガンを宣告されたのである。夜、家へ帰って二階の息子たち夫婦の居間に電気もつけずに座っていた時、外出から帰ってきた二人の声が聞こえた。父親の退職金や恩給を抵当に金を借りて家を建て、父とは別居をしようという相談である。勘治は息子の光男が五歳の時に妻を失ったが、後妻も迎えずに光男を育ててきたことを思うと、絶望した心がさらに暗くなり、そのまま街へさまよい出てしまった。屋台の飲み屋でふと知り合った小説家とそのまま飲み歩き、長年の貯金の大半を使い果たした。そしてその翌朝、買いたての真新しい帽子をかぶって街をふらついていた勘治は、彼の課の女事務員小田切とよとばったり出会った。彼女は辞職願いに判をもらうため彼を探し歩いていたという。なぜやめるのかという彼の問いに、彼に「ミイラ」というあだ名をつけたこの娘は、「あんな退屈なところでは死んでしまいそうで務まらない」という意味のことをはっきりと答えた。そう言われて、彼は初めて三十年間の自分の勤務ぶりを反省した。死ぬほどの退屈さをかみ殺して、事なかれ主義の盲目判を機械的に押していたに過ぎなかった。これでいいのかと思った時、彼は後いくばくもない生命の限りに生きたいという気持ちに燃えた。その翌日から出勤した彼は、これまでと違った目つきで書類に目を通し始めた。その目に止まったのが、かつて彼が付箋をつけて土木課へ回した「暗渠修理及埋立陳情書」であった。やがて勘治の努力で、悪疫の源となっていた下町の低地に下水堀が掘られ、その埋立地の上に新しい児童公園が建設されていった。市会議員とぐるになって特飲街を作ろうとしていた街のボスの脅迫にも、生命の短い彼は恐れることはなかった。新装なった夜更けの公園のブランコに、一人の男が楽しそうに歌を歌いながら乗っていた。勘治であった。雪の中に静かな死に顔で横たわっている彼の死骸が発見されたのは、その翌朝のことであった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1983年11月上旬号

特別企画 [黒澤明の全貌]によせて 第1回 私の黒澤映画:「生きる」

1963年4月号増刊 黒沢明<その作品と顔>

シナリオ:生きる

1952年9月上旬号

スタジオ訪問:黒澤明監督「生きる」の撮影を見る

1952年6月下旬号

グラフィック:生きる

1952年6月上旬号

日本映画紹介:生きる

1952年4月上旬特別号

特別掲載シナリオ:生きる 黒沢明監督作品

2016/10/27

100点

レンタル 


いのち短し恋せよ乙女

黒澤作品の中で一番好きな作品。
志村喬だからこその映画。
この映画を観て何も引っかからない人とは友人にはなれない。

2016/09/18

2016/10/16

100点

映画館/神奈川県/TOHOシネマズららぽーと横浜 

年を重ねると涙もろくなると言うけれど、これは涙が止まらなくてある意味困った。
ガンで余命わずかと悟った市役所の課長が、自分が生きる意味を探し求める。
1952年の作品。当時、ガンは患者に告知されなかった。しかし初老の課長はたまたま待合室で同席した患者の言葉から自分の病気を悟ってしまう。それまで無欠勤で役所に勤めていた、いや、ただ席で判を押すだけで何もしなかった初老の男は呆然とし、絶望し、街へ出て彷徨(さまよ)う。知り合った作家と夜の歓楽街で繰り出すが、一向に気分は晴れない。
残酷なシーンがある。自分がガンだと悟った日、家で電灯も点けず凝然と座り込んでいるところへ、同居する息子夫婦が帰宅する。話しているのは、父親、つまり男の退職金や年金をアテに別居しようかという相談だ。父親に気付き慌てて2階の自室へ戻る息子夫婦。男の胸には息子の思い出が去来する。早くに妻を亡くし、男手で育てたこと、出征する姿を見送ったこと…。その思いが極まったところへ、2階から声がかかる。慌てて部屋を飛び出し、階段へ向かう男。「もう寝ます。おやすみなさい」がっくりと階段の途中で手をつき、うなだれる父親。
この場面で「残酷だなぁ」と思い、うなだれる志村喬の姿を見た途端に涙が溢れ出した。その残酷さなのか、志村喬の演技の素晴らしさなのか、感情を見事に強調したカット割りのせいなのか、自分でもよくわからないままに感情が制御できなくなっていた。
「ゴンドラの唄」を男が無表情のまま、しかし徐々に涙が溢れ出し、静かに口ずさんで歌う。有名な場面だが、やはり泣かされる。上の場面でスイッチが入ってしまったのか、この場面は元々「泣きそうな場面」と思っていたのも加わって、思った以上にずるずる、ある意味せいせいするほど涙が出た。
ところで、この作品は黒澤明監督が天才だと思わせる場面が随所に出てくる。
ガンと悟った直後、歩いて帰宅する場面。音が全くない。サイレント映画になる。男の前に大きなダンプが通り驚いた瞬間に街の騒音が響きだす。呆然とした思いで周りに全く注意が及ばないことを見事に表している。
先に挙げた階段下のがっくりも、見事なカット割りで嫌でも感情を高める。
男が公園を作ろうと決心するカフェの場面。店の奥で若者たちが開いていた仲間の誕生パーティの♪ハッピーバースデー トゥ ユーが響く中、男は役所へ向かう。
下町のおばさんたちからもらった水をヒシャクで飲む場面。水を見せずに男の頬に映える水面の反射を見せ、それが美しい。
お通夜でお焼香に来た下町のおばさんたちの場面。強烈なアップで1人1人の悲しみの表情を追い、街の公園を作った功労者が市会議員でも助役でもなく、本当は誰なのかを語る。
2時間23分という時間の長さを感じさせない。その見事な作りも天才的だ。

2016/09/10

2016/10/07

80点

映画館/京都府/TOHOシネマズ二条 


物語の進め方と映画としての演出工夫がピッタリあっている!これぞ、名作と言われる所以!!

某市役所の市民課長、渡邊勘治は三十年無欠勤という恐ろしく勤勉な経歴を持った男だった。しかし、ある日に体調の異変を感じ、その日初めて欠勤をした。彼は病院へ行って診察の結果、胃ガンを宣告されたのである。勘治の息子・光男が5歳のときに、妻には先立たれてから、男手一つで光男を育て上げ、無事に妻を迎え、息子夫婦と慎ましやかな共同生活を送っていた。しかし、ただがむしゃらに働き、育て上げた息子は親を少々邪険にする始末。役所仕事も何事も当たり障りなく進めてきただけの勘治にとって、迫りゆく死は恐怖でしかなかった。差し迫る死を前に、勘治はどう生きようかと模索し始めるのだが。。ご存知、黒澤明の1952年の名作をデジタル・リマスター&4Kでの上映した作品。主演の勘治を演じるのは志村喬。

映画館から名画座というものがなくなりつつある中、東宝が2013年頃から全国のTOHOシネマズ系列を中心に、洋画・邦画の名作をデジタル・リマスターでスクリーン上映する、「午前10時の映画祭」。僕は、「雨に唄えば」や「ローマの休日」、「2001年宇宙の旅」など、2000年頃のミニシアターブーム頃に突発的に行われていた、過去作のデジタル・リマスター特集にはちょくちょく行っていたのですが、この「午前10時の映画祭」シリーズは観たことがなかったんですよね。シニア層を対象にしているのか、文字通りに午前10時前後に上映開始される日に1回というのが多いので、なかなかタイミングが合わないのが正直なところ。サラリーマン世代に訴求するためにも、例えば、平日のレイトショーとかにも上映回を増やしてほしいな、、と思うのですが、東宝さんはどうなのでしょうか??

といいつつ、今回は黒澤監督の名作「生きる」を観てきました。黒澤監督作品というのは実はあまり多く観ていなくて、他にも、「七人の侍」、「天国と地獄」、「椿三十郎」くらいかな。。家で見たりしてもいいのですが、やはり集中した環境で観るのには映画館が一番。スクリーンならではの活きる演出というのもあると思うんですよね。4Kでの上映というのも楽しみでした。

本作は初鑑賞で、まず感じるのは、お話の展開が実にいいこと。冒頭、”神の声”から勘治という人物の今後が語り口調で示唆され、作品の前半は主人公・勘治の主観で物語が進んでいきます。そして中盤でいきなり、勘治の死後に飛び、お葬式での語りの中で第三者視点での勘治という人物が語られる。主人公だから、勘治にフォーカスがあたるのは当然といえば当然なのですが、一人の人物を語るのに、これだけ豪華な語り部が用意されるというのは凄いの一言です。翻ってみると、これは勘治という人物が何気なく、ただ単調に生きてきた一人の人物(モノローグ調)であったのが、自分の仕事に生きる糧を見出して、多くの人に影響を与えた人物に大きく成長していったことに尽きるのです。それが複数の他者によって語られる勘治像という形で表現されていく。そして、その勘治のことを語る一人一人にとっても、勘治という人物に投影される、各々の自分を見つめるようになっていくというのも面白いところ。ラストに、ある人物が勘治をすごく尊敬して褒め上げても、なかなか自分がそうなりきれないことへのもどかしさが表現されるところに、そのことが現れたりするのです。

そして、映画らしいところといえば、映像に投影される人物によって、勘治が感じる苦悩や混乱、そして安らぎが表現されていくところでしょうか。特に、飲み屋で出会った小説家に連れ出され、勘治の知らなかった夜の浮世の世界をめくるめくところや、事務員の小田切の屈託のない笑顔で人生を前向きに生きているところなどは、映像は白黒といえど、すごく奥行きと喧騒感の感じる映像空間を作ってくれています。これだけの独特の動きを撮れる人というのは、現代にはいないでしょう。これがカラーだったら、すごく色彩感溢れるカラフルな世界が広がったことだろうと思います。

製作年が1952年ということもあり、当時の街並みや舗装されていない道路、古き日本家屋や、書類だらけの役所の様子なども今見ると、これが日本なのだろうかと思わせるところも満載です。映画本編とは少し関係ないですが、こうした時代感を感じるのも、古き名作を観る面白さでもありますね。

2016/10/02

89点

映画館 


生きると言うこと

この映画を観た多くの人が「これは自分だ」と思ったのではないだろうか。自分を押し殺し、風潮に迎合し、分相応なことはせず、権威に逆らわず…
死を目前とした主人公は死を賭して魂を燃やし新たに生まれてそして死んでいった。生きる幸せを笑顔で口ずさんでいた公園のラストシーン。おそらく一生忘れることは無いだろう。命短し。

2016/09/30

2016/09/30

100点

映画館/東京都/TOHOシネマズ府中 


夕焼けは、色褪せない。

スクリーンで見るのは50年ぶり。最初は並木座。二度目は京橋のフィルムセンターだった。並木座は、柱が邪魔して画面が全部見えなかった。京橋では余りにたくさん客が詰めかけたので、立ち見の客が将棋倒しになり、椅子が音を立てて壊れた。

そして半世紀。4Kデジタルで修復された画面は美しく、音響もクリアになった。そこでビックリしたのは、志村喬の歌の上手いこと。「いーのちー」と始まる低音は魂の底から響くような心揺さぶる音。歌い終わるまで音程は寸分も狂いがない。志村の演技は全編神がかり的だが、この歌声がなければ、この映画の感動は半減しただろう。

この映画では、2度歌われる「ゴンドラの唄」や、渡辺が生まれ変わるシーンの「ハッピーバースデイ」のように、計算し尽くされた音楽が重要な役割を果たすが、一番主張する音になっているのは「無音」だ。胃がんを確信した渡辺が、街を彷徨うシーンの冒頭には音がない。トラックのクラクションで我に還る渡辺に観客は瞬時に同化する。最愛の息子と知らぬ間に壁ができていることを知る夜の渡辺。そこにはもう音はつけられない。

この映画の二つのモチーフ、胃がんと役所仕事。64年を経た今、その二つはどうなったか。胃がんは治る病気になり、医者はもう「軽い胃潰瘍です」などとウソをつく必要はなくなった。役所はどうか。今や役所でさえ、効率と成果を求められる時代になった。では、「生きる」はもう過去の映画なのだろうか。そんなことはない。

小田切みきの天真爛漫な演技で描かれる、生きることの嬉しさや有難さは、どんなに時代が変わろうと色褪せない。通夜の晩の決意が手もなく元の木阿弥になる情けなさも、相変わらずのことである。
これからも私たちは、この映画を何度も見直して、そのたびに生きることの不思議と面白さを噛みしめることだろう。

2016/09/29

2016/09/29

-点

映画館/三重県/109シネマズ四日市 

60年も前の映画を映画館で、しかも綺麗な画像で見られるなんて幸せ。
中年の市役所の課長が主人公で、舞台も市役所と地味な設定だけど、筋書きがすごく面白くて、最後まで目が離せない。
市役所の描写に笑ってしまった。オーバーなところもあるけど、現在と変わってない部分もある。事なかれ主義は60年前から変わってないなー。