生きる(1952)

いきる|Doomed|----

生きる(1952)

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レビューの数

114

平均評点

84.6(690人)

観たひと

1131

観たいひと

120

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 日本
製作年 1952
公開年月日 1952/10/9
上映時間 143分
製作会社 東宝
配給 東宝
レイティング
カラー モノクロ
アスペクト比
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

監督黒澤明 
脚本黒澤明 
橋本忍 
小国英雄 
製作本木莊二郎 
撮影中井朝一 
美術松山崇 
音楽早坂文雄 

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

出演志村喬 渡邊勘治
金子信雄 渡邊光男
関京子 渡邊一枝
小堀誠 渡邊喜一
浦辺粂子 渡邊たつ
南美江 家政婦
小田切みき 小田切とよ
藤原釜足 大野
山田巳之助 齋藤
田中春男 坂井
左卜全 小原
千秋実 野口
日守新一 木村
中村伸郎 助役
阿部九洲男 市会議員
清水将夫 医師
木村功 医師の助手
渡辺篤 患者
丹阿弥谷津子 バーのマダム
伊藤雄之助 小説家
宮口精二 やくざ
加東大介 やくざ
菅井きん 主婦

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

黒澤明の「白痴」に次ぐ監督作品。脚本は「羅生門」の共同執筆者橋本忍と「海賊船」の小国英雄とが黒澤明に協力している。撮影は「息子の花嫁」の中井朝一。出演者の主なものは、「戦国無頼」の志村喬、相手役に俳優座研究生から選ばれた小田切みき、映画陣から藤原釜足、千秋実、田中春男、清水将夫その他。文学座から金子信雄、中村伸郎、南美江、丹阿弥谷津子。俳優座から永井智雄、木村功、関京子。新派では小堀誠、山田巳之助などである。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

某市役所の市民課長渡邊勘治は三十年無欠勤という恐ろしく勤勉な経歴を持った男だったが、その日初めて欠勤をした。彼は病院へ行って診察の結果、胃ガンを宣告されたのである。夜、家へ帰って二階の息子たち夫婦の居間に電気もつけずに座っていた時、外出から帰ってきた二人の声が聞こえた。父親の退職金や恩給を抵当に金を借りて家を建て、父とは別居をしようという相談である。勘治は息子の光男が五歳の時に妻を失ったが、後妻も迎えずに光男を育ててきたことを思うと、絶望した心がさらに暗くなり、そのまま街へさまよい出てしまった。屋台の飲み屋でふと知り合った小説家とそのまま飲み歩き、長年の貯金の大半を使い果たした。そしてその翌朝、買いたての真新しい帽子をかぶって街をふらついていた勘治は、彼の課の女事務員小田切とよとばったり出会った。彼女は辞職願いに判をもらうため彼を探し歩いていたという。なぜやめるのかという彼の問いに、彼に「ミイラ」というあだ名をつけたこの娘は、「あんな退屈なところでは死んでしまいそうで務まらない」という意味のことをはっきりと答えた。そう言われて、彼は初めて三十年間の自分の勤務ぶりを反省した。死ぬほどの退屈さをかみ殺して、事なかれ主義の盲目判を機械的に押していたに過ぎなかった。これでいいのかと思った時、彼は後いくばくもない生命の限りに生きたいという気持ちに燃えた。その翌日から出勤した彼は、これまでと違った目つきで書類に目を通し始めた。その目に止まったのが、かつて彼が付箋をつけて土木課へ回した「暗渠修理及埋立陳情書」であった。やがて勘治の努力で、悪疫の源となっていた下町の低地に下水堀が掘られ、その埋立地の上に新しい児童公園が建設されていった。市会議員とぐるになって特飲街を作ろうとしていた街のボスの脅迫にも、生命の短い彼は恐れることはなかった。新装なった夜更けの公園のブランコに、一人の男が楽しそうに歌を歌いながら乗っていた。勘治であった。雪の中に静かな死に顔で横たわっている彼の死骸が発見されたのは、その翌朝のことであった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1983年11月上旬号

特別企画 [黒澤明の全貌]によせて 第1回 私の黒澤映画:「生きる」

1963年4月号増刊 黒沢明<その作品と顔>

シナリオ:生きる

1952年9月上旬号

スタジオ訪問:黒澤明監督「生きる」の撮影を見る

1952年6月下旬号

グラフィック:生きる

1952年6月上旬号

日本映画紹介:生きる

1952年4月上旬特別号

特別掲載シナリオ:生きる 黒沢明監督作品

1980年代

2020/12/14

80点

その他/ソース: VHSビデオ/視聴方法:TV 


生きる

1980年代、レンタルビデオ店が違法だった時代。御徒町から神田方面ガード下に隠れるように存在したレンタルビデオ店を発見。借りる。どうしても観たかった黒澤作品。

2020/10/29

2020/10/30

100点

VOD/U-NEXT 


「いのち短かし 恋せよ乙女……… 紅褪せた黄昏の心を揺る古き恋歌 この甘く哀しい感傷こそ人生に注ぐ愛の涙か」

久しぶりの観賞。
前回観た時は黒澤作品10作も観ていなかったはず。
今回は全30作観賞済みでの観賞。

久しぶりに観ても変わらぬクオリティ。
倒置法を使った見せ方が非常に見事。
途中までは普通に物事が進んでこれからというところで流れを変える。
そして各々の証言で五ヶ月間の出来事が紐解かれていく。
この見せ方は素晴らしい。
普通に時系列で話が進んでいたらこんなに評価されなかっただろう。

そしてオチが最高。
黒澤作品の中でも最高のヒューマンドラマだし一度は観ておくべき作品。

2020/10/11

2020/10/12

100点

購入/DVD 
字幕


いつの間にか主人公と同じ歳に

ネタバレ

時は残酷だ。青年の頃、忘れもしない銀座並木座(名画座)で鑑賞したこの映画。小さな劇場が揺れるような爆笑と涙に包まれていたあの頃。主人公の存在を遠い遠い先のように思っていたら、いつの間にか主人公と同じ年齢に近づいてしまった。銀座からほど近い日比谷日生劇場でこの『生きる』のミュージカルを鑑賞し、市村正親さんの抑えた演技、そして最後の・・・。映画がモノクロなので、ミュージカルとはいえ、その映像に色がつき音楽が流れるという、真逆の作品を目の当たりにしても、この映画、このドラマの普遍性を心からの感動とともに受け入れた。

(以下省略)

昨今、色々な事情で若い方が自ら命を断っていると聞くが、もしこの映画を見ていたら果たしてどうだろうと思う。このドラマの主人公は定年という”死”の前にガンという”死”を宣告される。そしてもうひとつの”死”、それは役所での生活。何もしないことが仕事、という”死”。この3つの”死”が入り交じる。トルストイの原作もまた同じだが、この映画の主人公は葛藤する。葛藤の過程を延々と描くこの映画の根底には抗えない”死”がある。このドラマの主人公は役所での仕事、もうすぐ定年(息子が狙う退職金)、そしてガンという三重苦の試練を背負い、最後の最後にやっと”生きる”ことについて考える。

これは誰もが直面する現実でもある。その現実はあまりにも過酷で、このドラマ以上に残酷だ。しかしそのことから目をそむけ、何もなかったように過ごすのだ。このあたりの感覚は今になってこそわかることだ。まだ学生だった頃、この映画の主人公のギラギラした目線と猫背な姿勢、重苦しいおどおどした態度などに不愉快な思いがあった。しかし今見直すと、自分がこの主人公のように最後に”生きる”選択をできるかどうかまるで自信がない。役所を無断欠勤した主人公が、公園を作るために役所に復帰し、「やればできる!」と部下をにらみつける目線をいまの自分に置き換えることはとてもできない。

それにしても見事な構成、見事な演出だ。そのことも今なら少しはわかる。沈黙の中、重苦しい空気に左卜全が放つ辛辣なセリフ。役所の中に存在するキャリアとノンキャリの差、格差。この極めて現実的で古くから変わることのない役所の機構と、上司を上滑りする部下との関係など、これは今もまだ当たり前に存在する縦割り行政の現実でもある。役所を辞めて工場で働く小田切みき演じる少女の活き活きとした存在と、死を背負って彷徨う主人公との対比など、どれも巧妙に計算しつくされた映画にまたしても圧倒される。

並木座で場内が爆笑する中で見たこの映画。あの時もし映画館で見ていなかったら、この映画に対する見方も違っていたかもしれない。

2020/06/28

2020/06/28

45点

VOD/U-NEXT 


役所と公務員への嫌悪感が募る

ここのところ、集中的に黒澤明作品を観返して、若いころに理解できていなかったその凄みに圧倒されてきたが、『生きる』だけは昔も今も、良さがまったく分からない。役所と公務員への嫌悪感が募るばかり。演出はダイナミックで、構成的にも面白いが、冗長な部分も多く、あと30分は短くできたようにも思える。志村喬の演技も、単独主演となるとステレオタイプ的な臭さが鼻につく。三船敏郎が中央にいて、その脇を固める立場であるからこそ、活きてくるのではないか。「映画史に残る大傑作」という扱いだが、自分とは相性が悪いとしか言いようがない。

2020/06/20

90点

選択しない 


黒澤監督の貴重な庶民目線の映画

黒澤明監督作品の中でも名声高き秀作。また小津安二郎監督や溝口健二監督とは違い、ヒロイズムを前面に出す作風で大衆的なのが黒澤作品の傾向だと思います。しかし本作の視点は庶民であります。

本作のテーマは非常に重いものです。
死に直面した時に人はどうなるのか?
主人公は市役所で働く市民課の課長渡辺氏(志村喬)であります。
冒頭のナレーションのフレーズが良いですね。「彼は生きてるようで死んでる」なんて、さすが世界が認めた名匠の作品らしいです。ただ市役所ではんこを押すだけの退屈な日々。
つまり、端的に言えば人生を謳歌していないと表現したかったのでしょう。
主人公が癌であることを悟った時から、物語は急転します。
残された余命の中で、如何に悔いなく生きるかを模索し始めます。
彼の選択したものは、実際に本作を観て確かめてほしいものです。人それぞれに選択肢を持っているでしょうから。

本作の後半では、役人同士らしい会話がありました。保守的と言いますか、このシーンを通しての役人批判をしているように思えました。結局は上意下達で、自分の意思を持たない、イヤ持てない人たちなのです。
人生の価値は自分で決めるもの、ボーと生きてると貴重な時間を失いますと言いたげでした。

今は時代が変わって、轢かれたレールを進む人生なんてありえない。それを言う人は、一線から退いた人のはずです。
人生は積立てではないと思います。
刹那を生きた渡辺氏を演じた志村喬さんが見事でした。
あのブランコのシーンはじーんと来るものがありました。
悔いのない人生を歩みたいと思わされた作品でした。

2020/06/06

2020/06/07

100点

購入/DVD 
字幕


目の演技

何度も鑑賞した映画だが、自らがこの主人公と同じ年齢に近づくことで臨場感が大きく変わる。かつて晩年の志村喬さんがインタビューに答えて「年とともに目が輝かなくなった。」と言われていた。黒澤映画の志村喬さんの演技はどの映画も素晴らしいが、この映画の目の輝きは、ほかのどの映画でも見ることができない凄まじくも恐ろし気な輝きを放っていることもまた改めて認識することができた。黒澤映画の最高傑作ともいわれる所以はこの目の輝きに示されていると思う。

(以下略)
黒澤作品というと派手なアクションや時代劇が目立つが、実は『七人の侍』以前は地味なドラマが多い。中でもこの『生きる』は黒澤作品の最高傑作と呼ぶ方もいるほどの名作である。名作である所以はいくつか考えられるが、個人的には志村喬さんの名演がその中心にある。ほかの多くの作品の中でもこの作品の志村喬さんは特別だ。彼の表情の中で”目の演技”がとにかく圧倒する。冒頭のシーンで彼はただひたすら書類に印鑑を押す役人だ。その彼が胃がんを宣告され、自分の息子夫婦からも疎外された中で、何もしない人生の最後に何かしなければならないと逡巡するまでの演技はすごみさえかんじさせる。その理由として”目の演技”がものを言う。画面の中心で彼が少しうつむき加減で何かを考えるときの目。その目の奥に人生が映し出されるような気がする。

橋本忍を中心とした脚本の語り口も見事だ。主人公が公園を作ろうと決意した瞬間から、一気に葬式のシーンへ飛躍する展開が面白い。前半、伊藤雄之助演じる作家と出会うシーンに出てくる黒い犬も印象深い。犬というと『野良犬』や『用心棒』の冒頭のシーンに出てくるが、ここでも犬が死神のように現れて印象的だ。死を宣言されて夜の街をさまようシーンや群衆にもまれるシーンなどは『天国と地獄』に繋がる。踊り子が歌い踊るシーンは『酔いどれ天使』だし、いずれも黒澤映画のベースといえる迫力を醸し出す工夫が施されている。カフェで誕生日を祝う学生を背に、何かしなければならないと決意する主人公がすれ違うシーンは感動的だ。

この映画は強く批判していて、ここもまたこの映画の見ごたえがある。トルストイの原作も主人公が役人だが、この映画では日本の官僚主義を痛烈に批判していてその表現は原作を超える。冒頭のシーンが官僚の実態をうまく説明している。たらいまわしにされる住民たちを前に、市民課から市会議員、そして助役に回されて結局市民課にまたもどる。この官僚の縦割り行政を巧妙に描いている。官僚出身で小説家の堺屋太一さんが言うように、日本は有能な官僚が日本を支えてきた。しかしこの映画にもある通り、彼らは”何もしない”ための鉄壁のシステムを構築しているのだ。この部分は今もまた同じことがどこかで起きていることを示す。

ところで、自分も定年や死が近づく世代となり、1952年に作られた映画は自分が生まれる10年前の映画であり、鑑賞したのは確か1980年代、まだ若い頃にみたときと感じ方が大きく変わる。主人公が自分に重なるというだけでなく、振り返って「何もせずに生きてきた。」という点などが重なるから、主人公に罪の意識を重ねてしまうのだ。この映画を初めて見たときは、この主人公のようにはなるまいと思ったが、今は何もできなかった自分が主人公に重なるという皮肉を感じる。

映画は素晴らしい。

見る側の変化で映画そのものが価値を変えるからだ。