生きる(1952)

いきる|Doomed|----

生きる(1952)

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レビューの数

111

平均評点

84.6(673人)

観たひと

1109

観たいひと

118

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 日本
製作年 1952
公開年月日 1952/10/9
上映時間 143分
製作会社 東宝
配給 東宝
レイティング
カラー モノクロ
アスペクト比
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

監督黒澤明 
脚本黒澤明 
橋本忍 
小国英雄 
製作本木莊二郎 
撮影中井朝一 
美術松山崇 
音楽早坂文雄 

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

出演志村喬 渡邊勘治
金子信雄 渡邊光男
関京子 渡邊一枝
小堀誠 渡邊喜一
浦辺粂子 渡邊たつ
南美江 家政婦
小田切みき 小田切とよ
藤原釜足 大野
山田巳之助 齋藤
田中春男 坂井
左卜全 小原
千秋実 野口
日守新一 木村
中村伸郎 助役
阿部九洲男 市会議員
清水将夫 医師
木村功 医師の助手
渡辺篤 患者
丹阿弥谷津子 バーのマダム
伊藤雄之助 小説家
宮口精二 やくざ
加東大介 やくざ
菅井きん 主婦

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

黒澤明の「白痴」に次ぐ監督作品。脚本は「羅生門」の共同執筆者橋本忍と「海賊船」の小国英雄とが黒澤明に協力している。撮影は「息子の花嫁」の中井朝一。出演者の主なものは、「戦国無頼」の志村喬、相手役に俳優座研究生から選ばれた小田切みき、映画陣から藤原釜足、千秋実、田中春男、清水将夫その他。文学座から金子信雄、中村伸郎、南美江、丹阿弥谷津子。俳優座から永井智雄、木村功、関京子。新派では小堀誠、山田巳之助などである。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

某市役所の市民課長渡邊勘治は三十年無欠勤という恐ろしく勤勉な経歴を持った男だったが、その日初めて欠勤をした。彼は病院へ行って診察の結果、胃ガンを宣告されたのである。夜、家へ帰って二階の息子たち夫婦の居間に電気もつけずに座っていた時、外出から帰ってきた二人の声が聞こえた。父親の退職金や恩給を抵当に金を借りて家を建て、父とは別居をしようという相談である。勘治は息子の光男が五歳の時に妻を失ったが、後妻も迎えずに光男を育ててきたことを思うと、絶望した心がさらに暗くなり、そのまま街へさまよい出てしまった。屋台の飲み屋でふと知り合った小説家とそのまま飲み歩き、長年の貯金の大半を使い果たした。そしてその翌朝、買いたての真新しい帽子をかぶって街をふらついていた勘治は、彼の課の女事務員小田切とよとばったり出会った。彼女は辞職願いに判をもらうため彼を探し歩いていたという。なぜやめるのかという彼の問いに、彼に「ミイラ」というあだ名をつけたこの娘は、「あんな退屈なところでは死んでしまいそうで務まらない」という意味のことをはっきりと答えた。そう言われて、彼は初めて三十年間の自分の勤務ぶりを反省した。死ぬほどの退屈さをかみ殺して、事なかれ主義の盲目判を機械的に押していたに過ぎなかった。これでいいのかと思った時、彼は後いくばくもない生命の限りに生きたいという気持ちに燃えた。その翌日から出勤した彼は、これまでと違った目つきで書類に目を通し始めた。その目に止まったのが、かつて彼が付箋をつけて土木課へ回した「暗渠修理及埋立陳情書」であった。やがて勘治の努力で、悪疫の源となっていた下町の低地に下水堀が掘られ、その埋立地の上に新しい児童公園が建設されていった。市会議員とぐるになって特飲街を作ろうとしていた街のボスの脅迫にも、生命の短い彼は恐れることはなかった。新装なった夜更けの公園のブランコに、一人の男が楽しそうに歌を歌いながら乗っていた。勘治であった。雪の中に静かな死に顔で横たわっている彼の死骸が発見されたのは、その翌朝のことであった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1983年11月上旬号

特別企画 [黒澤明の全貌]によせて 第1回 私の黒澤映画:「生きる」

1963年4月号増刊 黒沢明<その作品と顔>

シナリオ:生きる

1952年9月上旬号

スタジオ訪問:黒澤明監督「生きる」の撮影を見る

1952年6月下旬号

グラフィック:生きる

1952年6月上旬号

日本映画紹介:生きる

1952年4月上旬特別号

特別掲載シナリオ:生きる 黒沢明監督作品

2020/06/28

2020/06/28

45点

VOD/U-NEXT 


役所と公務員への嫌悪感が募る

ここのところ、集中的に黒澤明作品を観返して、若いころに理解できていなかったその凄みに圧倒されてきたが、『生きる』だけは昔も今も、良さがまったく分からない。役所と公務員への嫌悪感が募るばかり。演出はダイナミックで、構成的にも面白いが、冗長な部分も多く、あと30分は短くできたようにも思える。志村喬の演技も、単独主演となるとステレオタイプ的な臭さが鼻につく。三船敏郎が中央にいて、その脇を固める立場であるからこそ、活きてくるのではないか。「映画史に残る大傑作」という扱いだが、自分とは相性が悪いとしか言いようがない。

2020/06/20

90点

選択しない 


黒澤監督の貴重な庶民目線の映画

黒澤明監督作品の中でも名声高き秀作。また小津安二郎監督や溝口健二監督とは違い、ヒロイズムを前面に出す作風で大衆的なのが黒澤作品の傾向だと思います。しかし本作の視点は庶民であります。

本作のテーマは非常に重いものです。
死に直面した時に人はどうなるのか?
主人公は市役所で働く市民課の課長渡辺氏(志村喬)であります。
冒頭のナレーションのフレーズが良いですね。「彼は生きてるようで死んでる」なんて、さすが世界が認めた名匠の作品らしいです。ただ市役所ではんこを押すだけの退屈な日々。
つまり、端的に言えば人生を謳歌していないと表現したかったのでしょう。
主人公が癌であることを悟った時から、物語は急転します。
残された余命の中で、如何に悔いなく生きるかを模索し始めます。
彼の選択したものは、実際に本作を観て確かめてほしいものです。人それぞれに選択肢を持っているでしょうから。

本作の後半では、役人同士らしい会話がありました。保守的と言いますか、このシーンを通しての役人批判をしているように思えました。結局は上意下達で、自分の意思を持たない、イヤ持てない人たちなのです。
人生の価値は自分で決めるもの、ボーと生きてると貴重な時間を失いますと言いたげでした。

今は時代が変わって、轢かれたレールを進む人生なんてありえない。それを言う人は、一線から退いた人のはずです。
人生は積立てではないと思います。
刹那を生きた渡辺氏を演じた志村喬さんが見事でした。
あのブランコのシーンはじーんと来るものがありました。
悔いのない人生を歩みたいと思わされた作品でした。

2020/06/06

2020/06/07

100点

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字幕


目の演技

何度も鑑賞した映画だが、自らがこの主人公と同じ年齢に近づくことで臨場感が大きく変わる。かつて晩年の志村喬さんがインタビューに答えて「年とともに目が輝かなくなった。」と言われていた。黒澤映画の志村喬さんの演技はどの映画も素晴らしいが、この映画の目の輝きは、ほかのどの映画でも見ることができない凄まじくも恐ろし気な輝きを放っていることもまた改めて認識することができた。黒澤映画の最高傑作ともいわれる所以はこの目の輝きに示されていると思う。

(以下略)
黒澤作品というと派手なアクションや時代劇が目立つが、実は『七人の侍』以前は地味なドラマが多い。中でもこの『生きる』は黒澤作品の最高傑作と呼ぶ方もいるほどの名作である。名作である所以はいくつか考えられるが、個人的には志村喬さんの名演がその中心にある。ほかの多くの作品の中でもこの作品の志村喬さんは特別だ。彼の表情の中で”目の演技”がとにかく圧倒する。冒頭のシーンで彼はただひたすら書類に印鑑を押す役人だ。その彼が胃がんを宣告され、自分の息子夫婦からも疎外された中で、何もしない人生の最後に何かしなければならないと逡巡するまでの演技はすごみさえかんじさせる。その理由として”目の演技”がものを言う。画面の中心で彼が少しうつむき加減で何かを考えるときの目。その目の奥に人生が映し出されるような気がする。

橋本忍を中心とした脚本の語り口も見事だ。主人公が公園を作ろうと決意した瞬間から、一気に葬式のシーンへ飛躍する展開が面白い。前半、伊藤雄之助演じる作家と出会うシーンに出てくる黒い犬も印象深い。犬というと『野良犬』や『用心棒』の冒頭のシーンに出てくるが、ここでも犬が死神のように現れて印象的だ。死を宣言されて夜の街をさまようシーンや群衆にもまれるシーンなどは『天国と地獄』に繋がる。踊り子が歌い踊るシーンは『酔いどれ天使』だし、いずれも黒澤映画のベースといえる迫力を醸し出す工夫が施されている。カフェで誕生日を祝う学生を背に、何かしなければならないと決意する主人公がすれ違うシーンは感動的だ。

この映画は強く批判していて、ここもまたこの映画の見ごたえがある。トルストイの原作も主人公が役人だが、この映画では日本の官僚主義を痛烈に批判していてその表現は原作を超える。冒頭のシーンが官僚の実態をうまく説明している。たらいまわしにされる住民たちを前に、市民課から市会議員、そして助役に回されて結局市民課にまたもどる。この官僚の縦割り行政を巧妙に描いている。官僚出身で小説家の堺屋太一さんが言うように、日本は有能な官僚が日本を支えてきた。しかしこの映画にもある通り、彼らは”何もしない”ための鉄壁のシステムを構築しているのだ。この部分は今もまた同じことがどこかで起きていることを示す。

ところで、自分も定年や死が近づく世代となり、1952年に作られた映画は自分が生まれる10年前の映画であり、鑑賞したのは確か1980年代、まだ若い頃にみたときと感じ方が大きく変わる。主人公が自分に重なるというだけでなく、振り返って「何もせずに生きてきた。」という点などが重なるから、主人公に罪の意識を重ねてしまうのだ。この映画を初めて見たときは、この主人公のようにはなるまいと思ったが、今は何もできなかった自分が主人公に重なるという皮肉を感じる。

映画は素晴らしい。

見る側の変化で映画そのものが価値を変えるからだ。

2020/05/12

75点

選択しない 


印象に残る「ゴンドラの唄」

いのち短し恋せよおとめ・・・で始まる「ゴンドラの唄」を、この映画で一番印象に残るブランコのシーンで主人公が歌うが、今回、数十年ぶりの再見で、このシーンのほかに2箇所で使われていたことに気づいた。 1つは、胃癌と悟った直後に、たまたま居酒屋で知り合った小説家と繁華街を渡り歩いて、その途中のキャバレーで、そこのピアニストへリクエストして、ライブのピアノ伴奏で主人公が泣きながら歌うシーン。もう一つは音楽のみであるが、ラストで、主人公を一番理解していた市役所の同僚(木村)が橋の上から児童公園を見下ろすシーンで流れる。
今回の再見で気になったのが、主人公の通夜のシーンがちょっと長すぎる。しかもみんな酔っ払っていて、演技はうまいかもしれないが、やや演技っぽい感じもしないでもない。あと、先に述べた小説家や、彼に生きようとするきっかけをくれた市役所を退職した若い女性が来なかったのはちょっと物足りない気もした。

1976/01/17

2020/05/06

-点

映画館/東京都/テアトル池袋 


お役所

感動はあまりなかったが、役所ってこういうところだろうなあ、と思った。黒澤監督は、「野良犬」('49)といい「天国と地獄」('63)といい、劇中の音楽の使い方がうまい。

2014/11/23

2020/03/15

80点

映画館/大阪府/シネヌーヴォ 


朴訥を通り越して軽い苛々をも覚えさせる、志村喬演じる渡辺のボソボソとした喋り方が印象的。が、その喋り方とミイラと評された風貌が、後にとてつもなく活きてくる。そして、突然に死を宣告されることによって、どんな生き方をしてきた人間であっても、何かを残したいと思うものなのか、と考えさせられる。特に、この映画を観たからには、死の直前ではなく今からその心持ちにならなくては、と。終盤のお葬式のシーンでは、亡くなっているはずなのに渡辺の場を支配する存在感が半端ない。と、同時に、彼の病気を知っていた小田切さんを参列させれば話が早いところ、敢えて彼女ではなく同僚たちに晩年の渡辺を語らせるのも巧い。それにしても、役所のたらい回し技、事なかれ主義の極致に、ただただ苦笑するばかり。個人的に、渡辺の生まれ変わりを象徴するバースデーソング、雪が降る夜にブランコに乗りながら歌う渡辺の姿が忘れられない。