ここに採集され,サンプリングされた音たちを愛でたい気分が起こってくる.パチンコ,線路の音,ビヤホールの音,クラクション,野球場の音,パチンコの音,デモ集団の声,雑多な音たちがノイズのように聞こえてくる.そして無音の時間がいくつかある.そのとき,画面には何が現れているのだろうか.
ばっきばきの目を瞋(いか)らせているのは市民課長(志村喬)で,「ミイラ」ともあだ名されている.彼は気味悪がられており,脂性で,男寡でいるものだから,不潔とも感じられている.自身の生についても,池で溺れているような,ひとりぼっちで,どこか遠いという感覚がある.また,退屈で「忙しい」ともモノローグする.彼が病院で診察を受けようとすると,待合室では,そこにも不気味な男(渡辺篤)がいて,胃の病気について語り出す.この語りはどこか迫るものがある.
メフィストフェレスの役になる小説家(伊藤雄之助)は,課長に夜の街と歓楽を案内していく.マダムがいる.ダンスホールではホールを埋め尽くす群れがあり,鏡に映る物がある.歌い,ビールを飲みながらピアノを弾き,踊り,ストリップが催される.ネオンとクラクションが人間を刺激する.そして大正時代のラブソングが唸るようにして歌われる.
市民課の部下であった小田切(小田切みき)も彼に昼の世界の美しさを案内する.おしるこやおそば,スケート,遊園地,映画 といった通俗があり,そこに課長は生き始める.しかし,彼女は若々しく,老成した課長に嫌気もさしている.
エレベーターは下がっていく.「光男」「光男」と息子の名を繰り返し声を上げる過去の課長のフラッシュバックもある.その光男(金子信雄)は,しかし父の闇に接続することができない.また,道楽者を自称する課長の兄(小堀誠)も弟を理解しない.
あだ名が小田切によって聞かされる.糸ごんにゃく(日守新一),はえとり紙(千秋実),モゴモゴしているドブ板(左卜全),定食(山田巳之助)などであるが,公園課長(小川虎之助)や助役(中村伸郎)にまでその累は及ばない といった
事務所には山と積まれた書類が見える.工場では機械の音が聞こえて,サッシがずっと振動で揺れている.ただ働いて食べて,こんなものを作っているだけという小田切は,うさぎのぬいぐるみを見せている.「ハッピーバースデー」が聞こえ,サイレンも聞こえ,課長は「死んだ」とされる.黒江町の6人の女たち(三好栄子ら)がぞろぞろと蠢いている.そして,課長は通夜の噂話の中に降霊されるようでもある.