『裏窓』や『黒衣の花嫁』などで知られる推理作家ウィリアム・アイリッシュの小説を、田村孟の脚色、高橋治の監督という松竹ヌーヴェルヴァーグコンビで映画化したミステリアスなメロドラマ。主演もヒロインが小山明子で、その相手役に渡辺文雄といった大島渚組である。ただし、渡辺はその後の一連の大島渚作品や『女囚さそり』シリーズの所長のような曲者役、悪役ではなく、この頃はソフトな二枚目を演じている。
ストーリーは、子を宿したまま男に棄てられた光子(小山)が自暴自棄になり、死に場所を探して汽船に乗るところから始まる。ところが汽船は衝突事故を起こして転覆。幸か不幸か唯一の生き残りとして救助された光子が病院で意識を取り戻すと、見知らぬ男(渡辺)が義姉さんと呼ぶ。どうやら事故の直前、汽船で親切にしてくれた新婚夫婦の妻と間違われているようである(直前に光子はふざけてその妻の指輪をはめていた)。新婚夫婦はアメリカで結婚し、四国の実家に帰る途中であった。帰ってから妻を家族に紹介する手はずだったので誰も妻の顔は知らないのだった。
引き取られた保科家は地方の名家であり、人違いだと知る由もない両親は光子を長男の嫁だと思って、手厚く歓迎する。生まれた子供も初孫だと喜んでもらえ、おまけに莫大な遺産まで相続することになる。いつか真相を話そう、話そうと思いつつ、言い出せない光子。さらに義弟の則男との恋も芽生えはじめ、不幸から一転、幸福な人生に変わりかけたとき…当然ながら「全部知っているぞ」といった内容の脅迫状が光子のもとに届くという展開になる。
さすがはアイリッシュという感じで、発想が面白く、ぐいぐい引き込まれるストーリーである。後半には拳銃も出てくるが、全体的には日本への舞台変更もうまく行っているように思える。川又昇の構図を意識したモノクロ撮影が美しいし、前田憲男のモダンジャズも決まっている。圧巻だったのは、汽船の衝突事故の場面。光子らが船室のドアを開けると、画面手前に向かってドバーッと大量の水が流れ込んできて、出演者もセットもあっという間に押し流される。この演出には驚いた。昔の松竹撮影所もやってくれますな!
※大阪シネヌーヴォの特集上映「松竹100周年 松竹メロドラマの系譜」より