1965年製作、66年公開の西村昭五郎監督作品「帰ってきた狼」であります。脚本は倉本聰と明田貢、撮影監督は姫田真佐久、音楽は三保敬太郎。主題歌「白い砂」を歌ふのは水島輝子。本編にも本人役で登場し、歌つてゐます。
ある日の朝食時、純(鍵山順一)は新聞で、実業家江木(小沢栄太郎)の溺死を伝へる記事を見つけます。そのまま食卓を立つて何処かへ行つてしまふ純。一体何があつたのか。
その数か月前の事、純の一家は葉山に避暑に来てゐました。趣味の昆虫を見つける為に海に出てきます。出演者も「海に昆虫はない」と発言しますが、ごもつとも。ここで純の両親の知り合ひである資産家の娘・リカ(ジュディ・オング)と知り合ひます。この出会ひの為に純を無理矢理海へ行かせる脚本は少し無理があります。
リカは自分のボートを所有してゐて、雪三(山内賢)といふ青年がヨットの世話をしてゐました。雪三は「トンガの土人だつた母と日本人の父のあひのこ」と、放送禁止用語で説明されます。彼は湘南の海を愛してゐて、葉山の海岸を破壊しホテルや歓楽街を建てやうとする江木を刺した過去があります。それで皆から恐れられ嫌はれてゐますが、夏になるとこの海に戻つて来るのだとリカの世話をしてゐる吾平(高品格)が語つてゐました。
リカと純がヨットに乗つてゐると、如何にも頭の悪さうな不良どもに襲はれますが、雪三が追つ払ひ、純は彼に好意を持ちます。リカは純と雪三を手玉に取るやうな態度を取りますが、雪三はヨットが好きだから一緒にゐると言ひます。それが分相応だと。
リカは雪三にもう一度江木を刺すやうに焚き付けますが、それを事前に知つた純が江木を助けます。雪三には同じ境遇のイチ(健サンダース)と云ふ友人がゐて、彼も同様に江木を憎んでゐます。それでイチが江木を狙ひますが、事前に警察に捕まり未遂に終ります。しかしリカは、雪三がイチにやらせたものだと誤解し、激しく雪三を罵るのでした......
西村昭五郎監督がロマンポルノ以前に撮つた、太陽族もどきの湘南映画であります。それまで優等生的な役柄が多かつた山内賢をワイルドな役に挑戦させてゐます。しかし狼と呼ぶには大人しく、誤解されてもセリフで言ひ訳をしないので、やきもきさせます。ジュディ・オングを秘かに愛しますが、自分の出自(トンガ土人とのあひのこ)が彼女と釣り合はない事を自覚してゐるので、彼女のヨットを世話する事でその思ひを表現してゐます。ナイーヴで影のある青年を好演してゐます。
一方でジュディ・オングは可愛いですが、かなり無理をしてワルぶつてゐる感じがして痛々しいです。彼女には悪いけれど、とてもお嬢様には見えません。和泉雅子の不良、加賀まりこの小悪魔はサマになつてゐるのに比べて、少し残念。
そしてこの二人といはば三角関係をなすのが、鍵山順一。何故か新人扱ひですが、もう何年も前から映画に出てゐるでせう。演技はやや生硬ながら、昆虫標本にしか興味がない真面目青年を中中良く演じてゐます。一時は雪三とリカの関係を疑つたものの、リカのヨット放火の濡れ衣を着せられリカにも誤解されたまゝ護送される山内賢の心情を理解したのは、彼だけでした。本作の狂言回し的な存在でもあります。
ジュディ・オングのヨットはあつさりと新造され、山内賢の苦悩は何事もなかつたかのやうな展開。もう来年以降は、夏になつても狼は帰つて来ないだらうと予測させ、湘南の若者たちの狂騒曲は幕を閉ぢるのでした。