ラピュタ阿佐ヶ谷の東京ロケ映画特集「その口紅が憎い」は、脚本を橋本忍が書いている(国弘威雄と共同)ので観たいと思った映画ですが、偽ドル札を巡る話ながら、ドルの日本からの持ち出しが制限されていた時代背景が今からすると理解し辛いし、主人公の内田良平がなぜ危険を冒してまでして、桑野みゆき扮する怪しげな女に接近するのか(いくら彼女が魅力的に美しいと言っても、危険過ぎることは明白です)、偽ドル問題に関与を深め、ついには桑野の上司である渡辺文雄の殺人にまで加担しようとするのか(結局、渡辺に盛られたと思われた毒薬は、致死的なものではなかったとはいえ)、そういった事情の一切をラストに明かすという作劇が、有機的に機能しているとは思えず、乗れない映画でした。橋本忍ともあろう脚本家が、このように構成的に欠陥のある脚本を書くとも思えず、監督が相当手直ししようとして、失敗したのではないかと想像します。
「その口紅が憎い」は、タイトルの元になっているのは何やら聞いた事のないカクテルの名前で(“ビラヴド・リップス”とか何とかいう名前です)、そのカクテルの名前と、ヒロイン桑野みゆきの唇と口紅がいつもお似合いでフィットしているという設定が、“口紅が憎い”というタイトルに繋がっているのですが、そもそもモノクロの映画で、唇と口紅の色を話題にされても困ります。観ている者は実感できないのですから。
この映画では、主人公内田良平が自宅アパートで聴くヴァイオリン協奏曲と、ヒロイン桑野みゆきがホテルのバーでジュークボックスに注文する曲(宮川泰がこの映画用に書き下ろした曲)が、何度も繰り返されますが、後者は後に宮川が書く名曲「約束」とは違って単調過ぎ、監督が狙うほどの効果を挙げていません。