阿佐ヶ谷まで足を伸ばしてラピュタの伊藤雄之助特集にて、前田満州夫監督「駆けだし刑事」を観ました。「殺人者を追え」を観てシャープな映像に唸らされた前田監督、今回も長門裕之扮する主人公が警官の特訓を受けて刑事課に配属されるまでのタイトルバックで映像センスが全開しています。
まず巻頭の日活マークに続いて、長門裕之扮する主人公ともう一人が警察官の制服を着て向き合いながら、猛スピードで横走りするのを、キャメラは横移動で追い、二人の前にはやはり制服姿の警察官が等間隔で並んでいますので、これが同僚たちを前にした訓練だと察せられます。長門と相方が向き合って腕を掴んだ瞬間にカットが変わり、長門が相方を投げ飛ばしたところを真上からの俯瞰ショットで見せます。さらに、組み合った二人の姿は画面左下の端っこに置き、上部に広がったスペースにメインタイトルが出るという画面構成。実に鮮やかです。そしてこのあとクレジットバックとして、交番の巡査として勤務する長門のショット、ピストル射撃やマラソンなど訓練を受けるショットなどが、いずれもアングルの異なる構図に工夫されながら短く繋がれ、最後に長門に刑事課勤務を命じる辞令が映されて、監督名がクレジットされます。
警視庁新宿警察署の刑事課に配属された長門裕之が、署長に挨拶したあと緊張した面持ちで刑事課の部屋にやって来て、誰も自分のほうを見てくれないため、そこにいた高橋明のことを先輩刑事だと思って声をかけるものの、高橋は実は手錠を掛けられている身であるがゆえに困惑して口篭り、それに気付いた先輩刑事たちから笑いが起きるという展開。つい最近、高橋明の訃報を聞いたばかりだったので、印象的な場面となりました。
河上信夫扮する刑事課長によって、先輩刑事の伊藤雄之助と組むよう命じられた長門裕之は、伊藤の案内で所轄管内の新宿界隈を歩かされ、まずは質屋全てに顔を売ることから仕事を始めます。質屋回りの途中、花が好きだという心優しき刑事の伊藤は花屋に立ち寄り、若い花売り娘・長谷百合を長門に紹介します。さらに、普段は新聞記者の相手や同僚刑事へのお茶配りなど雑用をやらされる長門の日常を、丁寧に描いてゆく前田演出ですが、アングルだけはなかなか凝っていて、特に俯瞰ショットが何度か印象的に使われます。
ある日、刑事課長・河上信夫の机の電話が鳴り、寄ってきた新聞記者を別のネタで振って部屋から追い出したあと、刑事たちが一斉に動き始めるので、長門裕之が先輩・伊藤雄之助に尋ねると、殺しだよという応え。早速長門も現場に直行します。殺されたのは金貸しの男で、凶器は現場に落ちていたブロンズ像。犯人はこれで被害者の後頭部を殴り殺したのです。長門裕之は、本庁から派遣されてきたヴェテラン刑事の高品格と組まされ、被害者が残したメモ帳に書かれている名前の全てについて、アリバイなどを虱潰しにする作業に就きます。話を聞いた誰もが、あんな奴は殺されて当然だったと語るので、そんなワルなら犯人探しに必死になる必要はないのではないかと伊藤雄之助に相談する長門ですが、伊藤は殺した犯人もワルなのだと明解に応えます。
このあと、ある早慶戦の夜、早稲田の学生が騒ぐ中で、着物姿の長谷百合と再会した長門裕之は、彼女が昼の花屋だけでなく夜はクラブのホステスをやっていることを知り、その店で一杯やりますが、何やら長谷が言いたそうなそぶりを見せるのが気にかかります。案の定、帰ろうとする長門を雨の中で追ってきた長谷は、金貸しが殺された夜、近くで3人の男女を目撃したと語ります。
事件解決の端緒を掴む長門。しかし実際に逮捕に向かうのは本庁の刑事たちで、新米刑事の長門にはお呼びがかかりません。3人が逮捕されて、あとは彼らの自白を待つばかりだとして、本庁刑事たちは解散してゆきます。しかし3人の若者たちは、金貸しの店に行ったことは認めても、殺したことは強く否定し、現場では別の男に遭遇したと揃えて語り、指紋もブロンズ像に残ったものと合致せず、事件は振り出しに戻ります。
しかし、結局は長谷百合の証言をきっかけにして被害者が麻薬取引に関与していたことが浮かび上がり、麻薬関係者という点から、被害者のメモ帳に書かれた人物のうち一人が怪しいということになり、その人物から深江章喜扮するワルが捜査線上に昇ります。深江は逮捕され、ブロンズ像に残った指紋の一つと符合し、犯人とほぼ断定されます。しかし深江自身は麻薬を盗んだことは認めたものの、殺しは否認し、現場で若い男女を見たと主張するばかりです。
この間、新米刑事の長門裕之は、重要証言をしてくれた長谷百合の応対を受け持ち、長谷自身や彼女の私生活周辺を知りますが、長谷の家族は被害者の金貸しによって家を奪われている上、長谷は被害者から二号になることを迫られていたことも明らかになります。深江章喜が主張する若い男女として、長谷には秋葉原で働く弟もいて、彼は被害者によって大学進学の夢を断たれています。この弟に事情を聴こうと長門が秋葉原を訪れると、長門刑事の前で弟はへたり込みます。
警察署で弟に事情を聴くと、金貸しが姉・長谷百合を強姦しようとして乱暴し、弟が姉を助けようと立ち向かうと、金貸しは弟を殴り倒して姉に迫ろうとするので、弟は棚から落ちたブロンズ像を咄嗟に手に取り金貸しを背後から殴り、殺してしまった事情を語ります。話を聞いて伊藤雄之助は“正当防衛だな”と呟き、弟が重罪には問われないであろうことを示唆します。
長門裕之と伊藤雄之助は、犯人隠匿罪が成立する姉・長谷百合を逮捕すべく彼女のアパートに向かいます。刑事二人がアパートに着いた時、長谷はまだ帰っていませんでしたが、すぐに帰ってきます。彼女は大家の女性に対し、自分と弟が長く家を空けることになると語っています。大家は事情がわからずキョトンという顔をしていますが、物陰で聞いていた刑事二人や映画の観客は彼女が自首するつもりであることを察しています。長門と伊藤の姿を見つけた長谷は、静かに二人に従います。パトカーに乗せる際、若い新米刑事の長門は長谷に手錠を掛けようとしますが、伊藤は静かに首を横に振ります。長門が無言で長谷をパトカーに乗せ、車が走り去って映画は終わります。セリフはなくても能弁に彼らの心情が伝わるラストシーンです。
有名俳優は長門裕之と伊藤雄之助の二人しか出ておらず、地味でスケールの小さな題材ですが、山田信夫の脚本はコンパクトに引き締まっており、前田満州夫の演出はアングル処理の鮮やかさだけでなく役者捌きにも豊かな才能を発揮し、小品ながら印象的な映画にしています。この監督の映画をさらに観たいと思います。