戦前から通算して遂に30作目の「謎の竜神岬」であります。結果的に最終作となりましたが、当時はさういふアナウンスはなく、まだ続くと思はれてゐました。
聞くところによると、東映は片岡千恵蔵の「いれずみ判官」を鶴田浩二に、右太衛門の「旗本退屈男」を大川橋蔵に夫々引き継がせやうと目論んださうです。世代交代ですな。
鶴田の「いれずみ判官」は実際に完成しましたが、橋蔵の退屈男は、右太衛門の反対により実現しなかつたと。まだ自分がやりたかつたのでせう。また、引き継がせるなら息子の北大路欣也にやらせたかつたのかも知れません。実際に北大路欣也さんは後年、TVで早乙女主水之介を演じてゐます。
また、当時の東映の主力ラインアップは既に任侠ものにシフトしてをり、時代劇は集団抗争劇が中心。もう「旗本退屈男」は役目を終へたと認識されてゐたのでせう。
タイトルとなつた竜神岬は、疫病患者の病舎があるため人々は近付かない土地。ここから逃亡した医師・祐軒(村居京之輔)と左内(和崎隆太郎)でしたが、祐軒は絶命し左内は瀕死の状態。左内は祐軒の娘・みゆき(北条きく子)に「竜神岬」と告げ死んでしまふ。
みゆきは竜神岬を訪ねますが、ワルどもに囲まれます。そこへ都合よく現れる我らが退屈男・早乙女主水之介(市川右太衛門)であります。待つてました! ワルどもを蹴散らす主水之介ですが、奴らは新式の短筒を所持してゐました。これは密輸品ではないのかと訝しがる主水之介。竜神岬には如何なる謎があるのでせうか......
といふ訳で、珍しくタイトル通り「謎の竜神岬」が中心になります。監督は佐々木康、脚本は結束信二であります。スタア美空ひばりや東千代之介が出てゐますが、どうも扱ひが勿体ない。寧ろ里見浩太郎ら取り巻きが事件の捜査に走り存在感を見せます。
主水之介は自ら調査するよりも、捜査本部長みたいに、部下の報告を受け捜査の方針を決め、事件を解決するパタンです。クライマックスではお馴染み諸羽流正眼崩しでワルどもを倒す。しかしこのシリーズは、剣豪と一対一の息詰まる対決といふのが少ないですな。やはり捕物控の面が強いのか。
ところで竜神岬は玄海湾に臨むらしいが、これは架空の岬でせうか。疫病舎があるといふ設定なので、実在の地名は避けたのですかね。調べると北海道に「竜神岬」はあるらしい。まあ関係ないやね。わたくしは以前「竜神町」といふ土地に住んでゐた事があります。もつと関係ない話ですが。
サテこれで銀幕での「旗本退屈男」は終り。市川右太衛門は早乙女主水之介を生涯の当り役とし、以後はTV(白塗りが目立ちすぎてちと気持ち悪い)や舞台での活躍となるのです。