1962年の「ある大阪の女」であります。1936年の溝口健二×山田五十鈴による「浪華悲歌」のリメイク。監督は須川栄三、脚本は依田義賢のオリジナルに、須川自身が手を加へたやうです。音楽は平岡精二となつとります。
主人公村井アヤ子(団令子)は浅井産業に勤めてゐます。当時の言葉だとBGでせうか。同僚西村進(川崎敬三)とは恋人の間柄ですが、お互ひの家庭の事情や経済問題で中中結婚出来ない状態です。
家では父の準造(藤原釜足)が勤務先のカネ20万円を使ひ込みしたとして、問題になる前に返済するやうにと、会社から迫られてゐます。対応するのはアヤ子で、準造は雲隠れ。イライラを妹の幸子(初風諄)にぶつけてしまふ。そもそもグレた弟の建二(勝呂誉)が勤め先のカネに手を付けたのが原因で、その穴埋めの為に準造がやつてしまつたのです。
アヤ子は浅井社長(小沢栄太郎)から、関係を迫られるも断固断りました。しかし頼まれて浅井の金を銀行に預ける途中、ついにそれに手を出してしまふ。20万円を準造に渡すアヤ子でした。しかしバレるのは時間の問題、西村に相談するも他人事のやうな態度に、アヤ子は怒つて席を立ちます。そして浅井に打ち明け、好きなやうに処分してくれと告げるのです......
なぜこの時点で「浪華悲歌」なのか分かりませんが、舞台を1962年の現代に置き換へて須川監督が溝口の世界に挑戦した感じでせうか。長めのタイトルバックに流れる、当時の大阪の映像が興味深い。「大大阪」と呼ばれてゐた頃の活気が感じられます。現在は万博でゼイゼイ言つてますが。
団令子のアヤ子は、元来素直な良い娘と見受けられます。貧困家庭に生れた故の悲劇が襲ひかかり、運命を変へてしまふのです。ベルさんの時は、確か電話交換手(当時の花形職業)であり、兄は大学に通つてゐました。戦前で大学まで行くなど、貧困層には難しい時代。それに比べて、戦後の団令子家庭の方が悲惨さが増してゐる感じです。
つひには傷害事件まで起こし、しかも皆は味方してくれません。それでもへこたれない最後を演じる団令子は奮闘してゐるけれど、戦前ならこのキャラクタアは鮮烈でしたでせうが、この時代にリメイクする意義がイマイチ伝はりませんでした。
一方で共演陣は小沢栄太郎、山茶花究、藤原釜足ら芸達者が揃ひました。冒頭のダフ屋藤田まことも印象的。勝呂誉は当時は俳優座で、まだ松竹で「サニーカップル」として売り出す前の段階。ひよつとしたら映画初出演でせうか。まだほつそりしてゐます。川崎敬三は若い俗物ぶりを発揮。
女優陣は、宝塚映画製作と云ふ事で萬代峰子、黛ひかる、初風諄らが顔を見せます。尚、原知佐子は宝塚を受験するも落ちてしまつたさうです。
それにしても皆大阪弁が自然な感じに聞えます。多分関西人が見れば全然なつとらんと怒るかも知れませんが、当方からすれば、木曽川を西に越えたら皆同じに聞こえますから。
「浪華悲歌」とは別物と捉へ、当時の大阪へとタイムスリップする映画として愉しむのが良いでせう。