ラピュタ阿佐ヶ谷の松竹文芸映画特集で初めて観た「愛情の系譜」は、「『通夜の客』より わが愛」「白い牙」「猟銃」など60年代初頭の五所亭が相次いで撮っていた文芸メロドラマの一篇で、この頃の五所亭には暗い話が多いので、これもその類いだろうと思って観ていたところ、案の定暗い事は暗いものの、八住利雄の脚本が収まりの良いもので、まずまず惹き込まれました。
恋人・三橋達也との結婚を望みながら、なかなか踏み切ってくれない三橋に対する苛々を募らせつつ、福祉協会で働く米国留学帰りのインテリ女性・岡田茉莉子が、来日した外国人を鷺の繁殖地に案内している時に出逢った中年男・山村聰に因縁めいたものを感じたところ、岡田は出張先の阿寒湖で泊まった旅館の番頭・殿山泰司がかつて岡田の母の実家だった牧場で働いていた関係で、戦死したと教えられていた岡田の実父が生きていて、東京で電機会社の社長をやっていることを殿山から知らされ、それを聞いて実父に逢いたいと岡田が訪ねると、山村聰が岡田の実父だったとわかり、岡田の母・乙羽信子は山村との別れ話が持ち上がった際、山村と別れたくなくて無理心中を図ったものの、二人とも死なずに生き残ったという過去があることがわかります。そんな折、恋人の三橋達也が自分との結婚話をよそに、目を掛けられた実業家未亡人の高峰三枝子から高峰の娘との結婚話が進められていることを知った岡田茉莉子が、母・乙羽がやったように酔って寝入った三橋と一緒にガス心中を図ろうとする、という展開を示してゆきます。
こうして粗筋を素描すると、かなりドロドロした人間関係のメロドラマに思えますが、実際の映画は五所亭らしい端正な作りに見えるのであり、そこが五所亭の巧さなのだろうと思います。
この映画は、五所亭が牧紀子をデビューさせた「白い牙」の1年後に撮られたもので、ここでの牧紀子は、ヒロイン岡田茉莉子と恋仲の三橋達也を奪うという、高峰三枝子の娘を演じていますが、五所亭は牧の低い声がブルジョワ娘の役柄に合わないと思ったのか、牧の声を高い声の女性に吹き替えさせていました。牧の声が好きな当方には不満です。