地の群れ

ちのむれ|----|----

地の群れ

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レビューの数

20

平均評点

75.3(73人)

観たひと

104

観たいひと

8

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル 社会派 / ドラマ
製作国 日本
製作年 1970
公開年月日 1970/1/31
上映時間 127分
製作会社 えるふプロダクション=日本ATG
配給 ATG
レイティング 一般映画
カラー カラー/スタンダード
アスペクト比 スタンダード(1:1.37)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

監督熊井啓 
脚色熊井啓 
井上光晴 
原作井上光晴 
製作大塚和 
高島幸夫 
撮影墨谷尚之 
美術深民浩 
音楽松村禎三 
録音太田六敏 
照明鈴木貞雄 
編集丹治睦夫 
スチル墨谷尚之 

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

出演鈴木瑞穂 宇南
松本典子 英子
寺田誠 信夫
紀比呂子 徳子
奈良岡朋子 光子
佐野浅夫 勇次
北林谷栄 松子
宇野重吉 宮地
岡倉俊彦 
水原英子 宰子
原泉 金代
坂東調右衛門 駒一
村田吉次郎 仲川
杣英二郎 国領
市川祥之助 男患者
市川岩五郎 小松
中村公三郎 ケロイドの男
中村鶴蔵 
瀬川菊之丞 宇南の父

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

熊井啓と原作者の井上光晴が共同でシナリオを執筆、「黒部の太陽」の熊井啓が監督した社会ドラマ。撮影は墨谷尚之が担当した。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

昭和一六年。宇南少年は、炭坑で朝鮮人の少女を妊娠させ、少女の姉宰子に、その責任を追及された。「俺は知らんよ」少年は、ただその場かぎりの返答をして炭坑を去った。暗い時が流れた。成長した少年は、佐世保に診療所を開いていた。彼の患者に、明らかに、原爆病と思われる少女がいた。だが、母親の光子は、自分が被爆者であることを頑固に否定した。それというのも、佐世保には、海塔新田と呼ばれる被爆者の集落があり、その集落民と思われることを恐れてのことだった。字南の父は、原爆で死んだ。爆心地に、父を探し求めた彼自身もまた、放射能の被害を受けたかも知れない。さらに、自分が、被差別部落出身者であることを知った字南は、子供をつくるまいと決心した。妻の英子には、その夫の気持が理解できず、不毛のいさかいが続いた。そんなある日、被差別部落出身の徳子が、診察を頼みに来た。暴行された証明書を書いてくれというのだった。童顔な徳子。字南の脳裡に、朝鮮人の少女を姦した自分の姿が、鮮烈によみがえった。少女は間もなく自殺、それを幸いに炭坑を去り、長崎医専に進んだ宇南。彼は、そんな自分に嫌悪し、恐怖にかられるのだった。徳子が強姦された、という噂は、それまで平穏をよそおっていた被差別部落を、異常な雰囲気で包んだ。容疑は、徳子と知りあいの原爆被災者青年信夫にかけられた。警察は、確証を得られず信夫を釈放。この一件を通して信夫と徳子の心は互いに近づきあった。だが、二つの集落の中には長年にわたり潜在していた怨念、憎悪がうずまき、真犯人があがったにもかかわらず、そして、信子の意志にもかかわらず火を吹きあげた。徳子の母親松子が被爆者の投石にあって死にいたり、信夫は暴徒と化した二つの集落民に追われるはめになった。地の果てまでも……。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1971年2月上旬決算特別号

特別グラビア 日本映画ベスト・テン:家族/戦争と人間/どですかでん/エロス+(プラス)虐殺/地の群れ/無常/影の車/男はつらいよ・望郷篇/橋のない川・第2部/裸の一九才

1970年3月下旬号

日本映画批評:地の群れ

1970年1月上旬新年特別号

日本映画紹介:地の群れ

1969年10月下旬号

熊井啓作品「地の群れ」特集:

1969年10月上旬秋の特別号

特別グラビア:「地の群れ」の中で動いているもの

旬報試写室:地の群れ

1969年9月上旬号

特別グラビア:地の群れ

特別グラビア:「地の群れ」の熊井啓組

シナリオ:地の群れ

2024/02/11

2024/02/12

75点

その他/TSUTAYA DISCAS 


虐げられた人々

2度目の鑑賞だがやはり重い、暗い。
今回は原作の意図と照らし合わせえみた。原作の意図の抜粋。
「日本が唯一の被爆国である」という戦後日本が掲げた正義の絶対の欺瞞を痛烈に批判。確かに舞台となる長崎には、徴用工として中国や朝鮮の人々もたくさん住んでおり、同じように被ばくしている。
またキリスト教への信仰を守り抜いた地に、なぜアメリカが原爆を落とさなければならなかたか?
朝鮮人、被差別部落の人々、それに「海塔新田」と言う被ばく者を集めた部落の人々の虐げられた人々の苦しみを描く。
映画の最終面で佐世保米軍基地の米空母の映像と当時全国に建設され始めた団地の奥様たちのノー天気さが対照的な皮肉な映像として映される。
冒頭でニワトリを襲ったネズミが焼かれるシーンは、原爆被害をイメージさせて怖い。

2023/09/16

2023/09/16

75点

VOD/Amazonプライム・ビデオ 


ひたすら暗い

70年代くらいまでは確かにこういう時代だった
何か鬱然とした日本
差別もあたりまえだったが、当事者たちは今はどこに?
熊井啓、井上光晴 左翼のご用達
昭和45年キネ旬5位

2022/08/06

85点

VOD/Amazonプライム・ビデオ 


ケロイドのマリア像

ネタバレ

韓国映画の鬼才ポン・ジュノ監督の作品では、よく底辺の生活を強いられる者同士が醜い足の引っ張り合いをする。
それは貧困だけでなく、あらゆる差別も同じ構図を持っているのだろう。
自分よりも劣っていると感じるものを貶めることによって自我を保とうとする。
人間とはやはりとても弱い生き物なのだ。
正直、被爆者が差別を受けているという事実にとても胸が締め付けられる思いがした。
原爆によって大切なものを奪われ、傷つけられただけでなく、根拠のないでまかせから病気が移ると遠ざけられた被爆者の人たち。
明らかに自分の娘が原爆病の症状であるにも関わらず、差別されることを怖れ、頑なに被爆者ではないことを主張し続ける光子の姿に寒気を感じた。
とにかく全編通して病的な暗さが漂い、心がずっしりと重くなるような作品だった。
戦争というものの残酷さを新たな視点で見せつけられたようだった。
そもそも被差別部落者と被爆者の対立という構図が、人間の根元的な愚かさと残酷さを浮き彫りにしている。
この映画の登場人物たちは、皆どこかに後ろぐらい過去を抱えている。
佐世保で医師をしている宇南がどこか自棄っぱちな印象を受けたのは、彼が被差別部落者であり、過去に少女を孕ませた挙げ句自殺に追いやってしまった負い目があったからだと分かる。
と、同時に自分が被爆者であることを認めない光子に、どうして被爆者であることに後ろめたさを感じなければならないのかと詰め寄った時の感情の高ぶりにも理解出来た。
被差別部落者の徳子が被爆者にレイプされたことで起こる争いは本当に不毛だ。
徳子は単身で自分を犯した男が住む海塔新田という被爆者の部落へ乗り込む。
しかし男は知らぬの一点張りで、男の父親も性悪女と徳子を決めつける。
徳子はそのまま引き下がるが、彼女の母親は怒りを押さえられずに男の元を訪れ、責任を取ってもらうように詰め寄る。
そして男の父親に部落出身であることを罵られた彼女は、お返しに被爆者に対する取り返しのつかない差別発言をしてしまう。
すると暗闇から彼女を目掛けて無数の石が飛んでくる。
彼女は投石を受けて血だらけになって命を落とす。
そして海塔新田を抜け出して、徳子の元に駆けつけようとした信夫を、今度は被差別部落の男たちが取り囲む。
差別を受ける者同士の不毛な争い。
信夫はそのまま部落を抜け出して、どこまでも走り続ける。
彼の苦悩など知るよしもなく、団地に住む若奥様は編み物をしながら、走り抜ける信夫を微笑みながら見守る。
彼が原爆によって破壊されたマリア像の頭部を拾い上げる回想シーンが印象的だった。
マリア像にはみるみるうちにケロイドが広がっていき、信夫はマリア像を思わず叩き落としてしまう。
ショッキングな映像の多い作品だが、檻の中に入れられた鶏をネズミが食い尽くすシーンと、そのネズミが炎に焼かれるシーンは、とても象徴的なのだろうが今は絶対に許されないと思った。

2022/03/04

2022/03/05

80点

VOD/GyaO! 


長崎原爆の悲劇

1970年に公開された本作は高度経済成長の真っ最中でその象徴的なイベントが大阪万博だった記憶が蘇る。
このことは本作の最後の場面で被差別部落と被爆者部落から逃げる青年が新しい高層団地の敷地内に逃げ込む姿を冷ややかな笑顔で眺める若い妊婦たちを描きながら、時代の流れを見つめる監督らの俯瞰した視線を感じる。
また冒頭、途中、最後と少しずつ出てくるねずみたちが1羽の鶏を食し、焼き殺されるシーンのギャップが鮮烈な印象を残す。
タイトルの地とは社会の底辺(この表現は好きではないが)で生きる人々を地面すれすれで生きるネズミに例えているそうだ。
だとするとそのネズミが焼き殺されつくされる描写はかなり人間に対する絶望的な見方あるいは愚かに行動する人間に対する皮肉を感じる。
あるいはネズミを日本人全体、鶏を中国(満州国)として占領するアメリカが焼き尽くす(原爆)と解釈できなくもない。
本作は長崎を舞台にした群像劇で、本作の抱えるテーマは数多く難しいものが多い。
よく言われるのは、母親が部落出身でかつ被爆者でもある主人公が若い時分に朝鮮部落の娘を妊娠させて責任を取ることもなく彼女を自殺に追いやってしまったことから複雑な心情を抱えていること、また共産党に属し活動している中で友人であり妻の元カレが山村でのオルグ活動で病死したことに力になれなかった後悔の念が妻との心情的なしこりとして残っている。
ただ主人公の本当の気持ちはその出自と被爆した遺伝の恐怖からくる苦悩を妻に告白できない(共有できない、理解されない)ことからの反動なのだろう。自らの良心があるほどその過去やレッド・パージからの逃避など苦悩し酒に溺れてしまう。
一方で被爆者部落の青年に強姦されるヒロイン(娘役の紀比呂子が初々しく美しい)が自らその青年の家に乗り込む姿は潔い。しかも彼女が被差別部落出身だから訴えたらばらすと言う強姦犯の青年の往生際の悪いことよ。
その青年の父親役の宇野重吉の色眼鏡をかけたうさん臭さが濃い。そしてその家に抗議に行った娘の母親役の北林谷栄との演技合戦が半端ない。
特に母親が被差別部落よりも被爆者部落の方が、放射能の影響による遺伝子変異による病気の発生で代々生じるから劣るかのように発言してしまう件は圧巻。
その発言が主たる原因であるかのように彼女は被爆者部落の者たちから無数の石を投げられ、血まみれになりながら絶命する。
この辺りの展開は残酷だがスピード感もあり圧倒的。
母親を巡っては夫が部落出身であるからと言って働く炭鉱でひどい陰口を言われ抗議した際に、反撃され自らが持っていたナイフ(皮を剥ぐ)で腹をケガしたことの事情の説明を求めた際に泣き寝入りするようあしらわれると悔しさで泣き崩れるシーンが痛々しい。
また、娘が原爆の後遺症らしき病で苦しんでいるのに自分は被曝していながらその評判が立つのを恐れた母親がしていないと貫く姿も痛々しい。奈良岡朋子が上手い。
また冒頭で強姦犯と間違えられる青年が、天主堂でのマリア像の首を破壊するシーン、原爆で壊れた天主堂を見ていられないと解体するシーンもある。
解体しなければ広島の原爆ドームのように反戦のモニュメントになったのにとも思った。
青年がキリシタンの末裔なのかわからないが、彼がこの戦争、原爆投下によって信仰の無力感に苛まれているのだろうかとも考えた。
過渡期的な作品かもしれないが、素晴らしいテキストたりうる秀作だと思う。

2021/07/03

2021/07/04

100点

VOD/Amazonプライム・ビデオ 


イート&シアター とろろ

「死にかけている者にとろろを与えるとは。」

2021/03/14

2021/03/15

60点

VOD/GyaO! 


ユーモアが意識する大衆性

戦前戦中戦後,物語は回想やモノローグによって時間軸を行ったり来たりしながら進んでいく.ほぼ3組ぐらいの親子や夫婦,恋人らが絡み合って,大小の事件が勃発していく.
長崎に1945年8月5日に落とされた原爆が核になっているが,主な舞台は佐世保で,炭鉱や佐賀,あるいは筑後川の上流にある山村工作のベースなども俎上にのぼりながら,描かれていく.浦上やそこにあるマリアほかの宗教的な像,ネズミや鳥や豚といった動物たちの象徴的なショットが挟まれ,原爆病とも呼ばれるケロイドや海軍関係の点描なども交えながら,人物たちの置かれた情況を示していく.防空壕や埋立地などの土地の形状,皮切包丁や御坊といった被差別に関わる設定のほかにも,朝鮮戦争やレットパージといった傾向のある情勢までも取り込もうという意欲も感じられる.
クロースアップもいくつか使われているが,舞台のような臨場感もある長回しで緊張や関係を持続させるショット,部屋の中で俯瞰されるショットもところどころで印象的に使用されている.そのため,全編で400ショットほどを数えるぐらいで,インサートされるスチルの早いテンポを差し引けば,ひとつひとつのショットの息は長いといえる.人物たちの演技も,これらの劇団の特色を示すものになっている.主人公ともいえる診療所の医師を演じる鈴木瑞穂は,終盤で「おーい,おーい」と叫ぶ.リンチを加えようとしている若者たちに声は届いていないように感じられ,その呼び声にも親身になった感情からは遠い.防波堤の波返しがコントのように寺田誠が演じる信夫の前に迫っているが,彼はそこからずり落ちてしまう.問題の重さを裏切るユーモアがところどころで効いているようにも感じられる.闇から迫ってくる投石もどこか笑えるような演出として受け止めることもできる.それらも含めて「みんなの問題」や「ニッポンじゅう」という問題意識や思想の共有あるいは浸透を狙う意図が透けてもみえている.