原題"秋菊打官司"で、秋菊(チウ・チュ)の訴訟の意。陳源斌の小説『萬家訴訟』が原作。
町の雑踏の中に義妹と荷車を引く秋菊(コン・リー)が現れ、カメラは荷車とともに賑やかな通りをパンしてが、市井をそのままに撮影したかのように、大勢の人々がカメラを意識せず自然のままに振る舞う冒頭のシーンが素晴らしい。
コン・リーもよく見なければそれとわからないほどに朴訥な田舎の女として人々に溶け込んでいる。
続くストーブの薪を割る町医者のシーンと、徹底した自然主義の演出によって本作が佳作であることを予感させるのだが、一転薄っすらと雪の積もる山道を行く荷車へと変わり、美しい農村風景との対比がまた素晴らしい。
秋菊は唐辛子農家の嫁で、無許可で納屋を建てたことから夫が村長に股間を蹴られて怪我をし、村長が非を認めないことから謝罪を求めて郡の警官に訴える。治療費を払うことで収まりかけるが、村長は謝罪せず、金を撒いて拾わせようとしたことから秋菊は調停を拒否、村長の謝罪を求めて県の役所、市の役所へ訴えるが、調停案は変わらない。
争いは遂に裁判に持ち込まれ第一審では敗訴。控訴中、大晦日に出産した秋菊は出血が止まらず、村長の尽力で母子ともに助かる。村人たちを招いての祝宴に村長を呼び、わだかまりが解けたかに見えたところに控訴の結果が届けられ、村長は暴行傷害罪で逮捕されてしまう。
村を去って行く警察車両を追いかけ、謝ってほしかっただけなのにという秋菊の顔アップのストップモーションで物語は終わる。
垢抜けない田舎女を演じるコン・リーの演技が素晴らしく、最後まで目の離せない良く出来た作品なのだが、ラストシーンがどうにもすっきりしない。
怪我を負わせて謝らない村長の罪が、出産の命の恩人になったから帳消しになるというのでは余りにムラ社会的なふにゃけた話。秋菊の行動はいったい何だったのかということになる。
テーマをわかりやすい官僚主義批判と捉えるには、村長の逮捕という結果は法治主義を貫いた中央政府を賛美することになる。
当初、チャン・イーモウは本作をコメディにしようと考えたといい、本作の抱える矛盾を中国のムラ社会と中央政府に対する風刺で回避しようとしたのかもしれない。
リアリズムに転じさせたチャン・イーモウが描きたかったのは何だったのか? 近代化しようとして成し遂げられない中国が抱える矛盾そのものなのか?
ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞受賞。コン・リーは同主演女優賞。収穫した唐辛子の画面いっぱいに広がる赤など、映像の色彩の鮮やかさも見どころとなっている。(キネ旬2位)