都市には都市の暮らしがある。山には山の、海には海の暮らしがある。そして湖には湖の暮らしがある。
主人公のアルサオは、飲んだくれの夫と知的障害のある息子を抱えながら、ゴマ油工場を切り盛りしている。朝早くから仕事をして、末娘を学校に送り出すと、家事をすませ、店番をし、再び工場で働く。彼女は界隈でも働き者でなかなかのやり手と評判だ。ある時、香魂湖の水を使って精製するアルサオのゴマ油に日本の企業が目をつけ、そこの女社長が彼女の元にやって来る。日本人が来たことで、小さな村は大興奮となる。アルサオも、女社長に招かれた高級ホテルとプレゼントされたキレイなスカーフに舞い上がる。見事契約が成立し、軌道に乗れば工場も拡大し、暮しも豊かになる。苦労を重ねれば、必ずいつかは良いことが起こる。アルサオは村人からますます一目置かれ、鼻高々だ。後は年頃になった息子に嫁を見つけて、自分も少しは楽になりたい。アルサオは知的障害のある息子の嫁に、村イチ貧乏な家庭の娘ホァンホァンを、金でつって半ばむりやり嫁に貰う。ホァンホァンは、工場の従業員と密かに恋仲だったが、アルサオは従業員に重要なポストを与えて、ホァンホァンと別れさせることに成功する。これで家も工場も安泰だ。メデタシメデタシ。
本当にそうだろうか?これで全て巧くいくのだろうか?
ある日、嫁のホァンホァンが泣きながら実家に逃げ帰ったまま帰らなくなった。知的障害のある息子が、ホァンホァンを抱いている最中に発作を起こして泡を吹いて倒れてしまったのだ。このうえなく恐怖を感じたホァンホァンは、ショック状態に陥ってしまったのだ。たったこんなことで実家に逃げ帰るとは、女手ひとつで家族と工場を切り盛りしている自分に比べて、この嫁はなんと根性の無いことか。アルサオはホァンホァンに苛立ちを覚える。アルサオは結婚の際にやった金をたてに、ホァンホァンを連れ戻しに行く。貧乏な実家の暮らしぶりを考え、ホァンホァンはしぶしぶ嫁ぎ先に戻ることする。
湖に生きる女たちは本当に働き者だ。アルサオも、ホァンホァンも、まだ子供の末娘まで。工場の規模も大きくなり、ゴマ油製造は軌道に乗り始め、嫁も落ち着き、これでアルサオの望みが一つひとつ叶っていく。あとひとつ残された最大の望み以外は・・・。
アルサオには十数年来の仲になる愛人がいる。兄と違って利口な末娘は、実は彼との間の子供だ。愛人は工場に物資を届ける配達人だ。街に住む彼には家庭がある。アルサオは彼から「妻とは離婚する」と言われ続けている。男の常とう手段だ。アルサオは何年も何年も、役立たずの今の夫と別れて、彼との新しい“幸福な”暮らしを夢見てがんばって来たのだ。
だが・・・結局、男は自分の元から去って行った・・・。アルサオは、湖に船をだして、誰もいない湖の真ん中で、ひとり泣く・・・。ただひとり泣く・・・。
長年の疲労もあり、とうとうアルサオは寝込んでしまう。彼女の心配をし世話を焼くのは、夫でも息子でもなく嫁のホァンホァンだ。結婚前は笑顔の絶えない可憐な少女だったホァンホァンだが、今ではもう笑顔をみることはほとんどない。アルサオはホァンホァンの体に無数の小さな傷跡を発見する。それは息子がホァンホァンに噛んだりつねったりした痕だった。実は、障害のある息子は「妻を抱く」という本来の行為を理解しておらず、「妻を抱く」ことは、妻の体を噛んだりつねったりすることだと思っていたのだ。アルサオはすぐにでも孫の顔を拝めると思っていたが、それは全くの間違いだったことを初めて悟る。
か弱いと思っていたホァンホァンが人知れず抱えていた苦しみ。この若い女も忍耐強い湖の女だ。とたんにアルサオの中に湧き出る憐情。「息子と別れてもいいわ」と嫁に伝えると「行くところがありません」と答えが返ってくる。アルサオは若いホァンホァンに、ふと自分の人生を重ねる。もしかしたら、彼女も、役立たずの夫を抱え、口先だけの愛人との“幸福な”人生を夢見て、この湖に生きるのかもしれない・・・。女ふたり、湖のほとり。自分の過去と嫁の未来を見つめ、静謐な水面を見つめる・・・。
湖には湖の暮らしがある・・・女には女の暮らしがある・・・。