オズの魔法使

おずのまほうつかい|Wizard of Oz|Wizard of Oz

オズの魔法使

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レビューの数

107

平均評点

75.4(553人)

観たひと

887

観たいひと

30

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ミュージカル / ファンタジー
製作国 アメリカ
製作年 1939
公開年月日 1954/12/25
上映時間 101分
製作会社 MGM映画
配給 MGM映画会社
レイティング 一般映画
カラー カラー/スタンダード
アスペクト比 スタンダード(1:1.37)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

アメリカの童話作家L・フランク・ボームの童話を色彩(テクニカラー)映画化したもので、「裸の島」のノエル・ラングレー、フローレンス・ライアソン、エドガー・アレン・ウルフの合作の脚本より、「風と共に去りぬ」のヴィクター・フレミングが監督した。「ローズ・マリー(1954)」のマーヴィン・ルロイ製作の1939年度作品。「アスファルト・ジャングル」のハロルド・ロッソンが撮影、音楽はハロルド・アーレンの担当。この作品でアカデミー特別賞を得た「踊る海賊(1948)」のジュディ・ガーランド以下、「無法街」の故フランク・モーガン、「虹の女王」のレイ・ボルジャー、「ローズ・マリー(1954)」のバート・ラー、ジャック・ヘイリー、ビリー・バークらが出演する。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

カンザスの農場に住む少女ドロシー(ジュディ・ガーランド)はある日愛犬トトが近所のミス・ガルチからいじめられたといって泣きながら帰ってきたが、誰も相手にしてくれないので、トトと家出することにした。田舎道を歩いていると家出を見破った占師マーヴェル(フランク・モーガン)から伯母さんが心配して病気になったといわれて、家へ帰る。すると、折から大竜巻が襲来して農場は大騒ぎ。こわくなってベッドにうつぶせになっていたところを、風で外れた窓枠が彼女の頭をしたたか打った。--ふと気づくと、ドロシーは家もろとも大空高く吹きあげられ、やがてふわりと落ちたところは、見たこともない不思議なオズの国だった。シャボン玉から現われた北の良い魔女グリンダから、ここはマンチキン・ランド(小人の町)だと教えられる。さらにグリンダは、ドロシーの家が落ちて、東の悪い魔女が押しつぶされて死んだと告げた。そこへミス・ガルチそっくりの西の悪い魔女が現れた。姉である東の魔女のルビーの靴を奪おうとしたが、グリンダによって靴はいつの間にかドロシーの足にあった。西の魔女が去った後、グリンダは魔女の復讐がドロシーに向けられるのを心配して故郷へ帰るよう勧めるが、それにはずっと離れたエメラルド・シティに住むオズの大魔王の力を借りなくてはならないと言う。こうしてドロシーはエメラルド・シティを目指して黄色いレンガの道を歩いて行くことになった。ドロシーとトトは、途中、彼女をいつも可愛がってくれた農夫ハンクそっくりの、脳みそをほしがっている案山子と、同じくヒッコリーにうりふたつで、鍛治屋が心を入れ忘れたため心をほしがっているブリキのきこりと、ジークそっくりで、臆病なため勇気をほしがっているライオンを仲間に加えた。エメラルド・シティの見えるケシの花畑に達したところ、西の魔女の魔術にかかってドロシーとライオンは眠ってしまったが、グリンダの力で事なきを得た。そうして一同はようやくエメラルド・シティの城内に入ることができた。オズの大魔王に対面すると、皆の望みを叶えてやるかわりに西の魔女の箒を持ってこいと命じられてしまう。しかたなくドロシーたちが魔女の城へ向かったところ、途中、森の中で空飛ぶ猿の軍勢に襲われ、ドロシーとトトは魔女の城の一室に閉じ込められてしまった。隙を見て逃げ出したトトの案内で、臆病ライオンまでが勇みたって城内に突進し、ドロシーを救い出したが、再び西の魔女が立ちはだかる。魔女は炎を操って、藁で出来た案山子を焼こうとしたが、とっさにドロシーが水をかけて火を消した。すると、その水がかかった魔女はみるみるうちに溶けてしまった。一同は箒を持ってオズの大魔王のところへ行くが、トトの活躍で恐ろしいオズの大魔王の正体は、占師マーヴェルそっくりのいかさま魔法使いだと分かった。しかし魔法使いは「案山子は旅の困難を切りぬけようと頭を使い、ライオンは危険に立ち向かい、ブリキ男はドロシーの運命に涙を流したから願いは果たされた」といい、3人の望みに叶う贈り物をくれた。そうしてドロシーには一緒に気球でカンザスへ帰ることを提案した。ところが出発間際ふとしたことから気球は魔法使いだけを乗せて舞い上がってしまい、ドロシーはオズの国に取り残されてしまった。そこへグリンダが現れ、ドロシーの履いているルビーの靴こそ、彼女の願いを叶えてくれるものだと言う。ドロシーは仲間に別れを告げて目を閉じた。そして靴の踵を3回鳴らして、「お家がいちばん」と強く願うのだった。--やがてドロシーが目を開けると、そこには窓枠で頭を打ったドロシーを心配する、伯父伯母をはじめ、ハンク、ヒッコリー、ジークがいた。そこへドロシーの様子を見に来たマーヴェルもやって来た。ドロシーはオズの国の不思議な出来事を皆に話して聞かせるが、きっと夢をみたのだろうと、誰も信じてはくれないのだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2007年9月上旬号

DVDコレクション :第326回 「オズの魔法使」

1955年2月上旬ベストテン発表記念特別号

外国映画批評:オズの魔法使

1954年12月上旬号

外国映画紹介:オズの魔法使

1954年11月上旬号

グラフィック:オズの魔法使

2026/03/08

2026/03/09

90点

VOD/U-NEXT 
字幕


嵐の時代を歩くドロシー

ネタバレ

「ウィキッド」公開に合わせて再度鑑賞。この映画を最初見た時にはまるで気づかなかった「西の悪い魔女」。「ウィキッド」ではエルファバの足の不自由な妹が、この映画では「東の悪い魔女」として家に潰されて赤い靴だけが出てくる。見方によっては残酷なシーン。「ウィキッド」を経た目で見ると、このシーンは童話のユーモアというより、歴史の中で弱い者が偶然の暴力によって消されていく残酷な寓話にも見えてくる。

そう、もともとこの原作には、アメリカ開拓史の重労働で虐げられた労働者やときの政治家、あるいは禁酒法時代(犬のトトがずっとシラフ)などが重ねられているという。マクロ経済学では「銀貨鋳造論争」を背景にしているとい説もあるそうだ。黄色いレンガの道も「金本位制」を意味しているとか。オズも金の単位「オンス」の隠喩と言われる。(ヘンリー・リトルフィールドの論文)

そしてこれまで意識しなかった時代性を、1939年公開のこの映画に置き換え得ると、この美しい映画が公開された年、ドイツがポーランドに侵攻したことと無縁ではなさそうだ。この映画の10年前、世界が大恐慌に揺れ、覇権獲得前の西部開拓史的価値観の残るアメリカに、強欲な資本主義が集中する前夜として読み替える。

オズは現実の世界で詐欺っぽい占い師。細田守監督「サマーウォーズ」でネット社会を支配する世界。こうした社会(世界)が嵐で渦巻くような時代に幼いドロシーが巻き込まれるという物語を、現代に照らすと背筋が凍る。

「北の善い魔女」グリンダが泡(バブル)に包まれて優しげに現れ、ドロシーを救うシーンにも疑問を感じてしまう。善いものが正しい(正義)とは限らない。善の側もバブル的存在で救済もまた幻想ではないのか。

こうした空想の解釈は、将来また別の角度から読み替えられていくだろう。しかし少なくとも、この映画のドロシーは遠いファンタジーの少女ではない。嵐の時代を生きる私たちのすぐ隣にいる、そんな存在に思えてしまう。

2026/03/08

70点

選択しない 


「良い魔女は天然?」

ネタバレ

北の良い魔女「あなたは良い魔女?悪い魔女?」
ドロシー「私は魔女じゃありません」
北の良い魔女「そちらが魔女?」
ドロシー「トトは私の犬…」

2026/01/07

2026/01/15

80点

その他/Sphere in Las Vegas 


(番外編)スフィアが再発明した『オズの魔法使い』

(番外編)ラスベガスの巨大球体型エンターテインメント施設「Sphere(スフィア)」で体験したレビュー
『スフィア オズの魔法使い』は、1939年の映画史に残る名作を、最新のAI技術と没入型映像・音響で“再構築”する試みである。
まず驚かされるのは、オリジナル映像を起点にしながら、AIによって画面が大胆に拡張されている点だ。
ドロシーたちが歩く黄色いレンガ道は、スクリーンの枠を越えて観客の視界全体に広がり、エメラルド・シティは「観る風景」から「包まれる空間」へと変貌する。
高解像度の巨大スクリーン、床や空間を含めた視覚設計が相まって、観客はもはや客席に座っているという感覚を失い、物語世界の内部に“立っている”感覚に近づいていく。
物語自体は、1939年版『オズの魔法使い』を大胆に編集した構成で、上映時間は約1時間。
オリジナルのおよそ半分の尺ながら、象徴的なシーンとキャラクターに焦点を絞ることで、体験型アトラクションとしての密度はむしろ高い。
映画というよりも、名作の記憶をなぞる夢のような体験に近い。
一方で、この試みが持つ意味は純粋な驚きだけにとどまらない。
AIによる映像拡張、再編集、空間演出は、今後のエンターテインメントの可能性を強く示唆する。
巨大スクリーンとペアになることで、過去の名作映画が「保存される文化財」から、「再体験される現在形のエンタメ」へと転化していく未来が、ここには見える。
(同時に、こうした再構築が進むほど、著作権や創作の主体はどこにあるのかという問いも避けて通れない。本作は70年以上前のものなので権利関係は処理しやすいものだったのだろう。)
原作映画への敬意と、新技術による変奏。そのバランスは、今後ますます議論されていくだろう。
それでも本作は、「オズの魔法使い」を壊すのではなく、“もう一度、別の形で夢を見させる”ことに成功している。
かつてスクリーンの向こう側にあった魔法の国は、いま、観客の周囲360度に広がる。
スフィアは、黄色いレンガ道の続きを、未来のエンターテインメントとして示してみせた。
では、次は『スター・ウォーズ』『2001年宇宙の旅』・・・体験してみたい

2025/08/07

2025/12/31

75点

テレビ/有料放送/ムービープラス 
字幕


永遠の名曲「虹の彼方に」

その楽曲を聴くと無条件に感動してしまう曲が3曲ある。
「インターナショナル」「海ゆかば」と「虹の彼方に」だ。
どんなに困難で気持ちが塞いでいる時でもこの「虹の彼方に」を口ずさめば、少し元気になる。少し希望が持てる。魔法の歌だ。

最近「ウィキッド~ふたりの魔女」を見た。一人の魔女が緑色だったので、なぜかなと不思議に思ったが、オリジナルの本作の魔女も緑色をしていたので、オリジナルを踏襲しただけだったのかと納得した。
本作制作が1939年。今から86年前の作品。カラー作品で色鮮やかなのに驚く。
本作の価値はやはり美しいテーマ曲にある。

2025/12/25

2025/12/25

65点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


おうちほどイイところは無い

冒険して分かったこと、私もそう思います。入院して分かりました。

2025/10/22

2025/10/23

80点

テレビ/無料放送/NHK 


戦前に、こんな作品を作れる国と戦争してはいけない。

ネタバレ

オズの魔法使
 「ウィキッド ふたりの魔女」を見た関係で、復習の意味を込めて再見。まず、今回、4Kで見た効果もあったが、1939年という戦前の映画であるにもかかわらず、その画質、色彩の良さには感心した。いつも言うが、あの時代にこんな映画を作ることのできる国と戦争するなんてナンセンス。それと、ドロシーを囲むおじさんたちのダンスのテクニックの凄さ。特に、案山子を演じたレイ・ボルジャーのちょっとした動き、タイミングの良さはまさに案山子を感じた。また、ブリキ男のコスチュームの質感の良さ、あの当時、どんな素材を使っていたのだろう。なお、ライオンは実際のライオンの毛を使っていたらしい。それに、序盤のオズの国の大人数の小さな人間たちはどのように撮影したのだろうか、ロングショットでは子供、アップでは小人と使い分けたのだろうか。とにかく、今ではありえない撮影だったのではないだろうか。今ではなんのことのない特撮、合成だって、時代を考えれば、相当な手間、経費をかけていることが想像されるし、音楽についても、相当な予算がかかっていると思う。今回、再見して、改めて、この作品の凄さを実感した。監督のヴィクター・フレミングは。1939年の同じ年にこの作品と「風と共に去りぬ」の映画史上に残る作品を2本、作っているなんて信じられない。