監督のアニエス・ヴァルダの名を聞いてもピンとこなかった。1962年の「幸福」の女性監督であった。
題名とは異なり若い夫婦の悲劇を描いた。それでもヌーベルバーグの監督というイメージよりもフランス
映画の女性監督の視点を感じた。病気なのだが、生き生きとしたクレオを、美しい風景とともに活写した。
冒頭はタロットカード占いの上からのアップとなる。これがカラーで、このシーンだけ。意図は判らないが、
悩み多き若い女性と占いというベタなオープニングに色をつけ、勝負の本編は写真家として鍛えたモノ
クロームで十分観客に訴えることができるとふんだのか。ともかくモノローム画面で十分美しさが伝わる。
クレオは最近の体調の悪さから病院で精密検査を受けた。その結果がでるのは今日の7時。その直前
の5時から神経質になったクレオを同時進行で描く。タロット占い師にも死病を言い当てられ動揺する
クレオ。新人歌手としてデビューしたばかりのクレオの周辺の人たちは、彼女の健康を信じ手疑わない。
恋人のジョルジュしかり、作曲家のボブしかり。
誰もクレオの真意をくんでくれない。それまでの華やかな衣装やウィッグを捨て、黒い服に着替えて街に
出る。カフェに入り、お茶を飲む。ジュークボックスで流行りの曲をかけるが、彼女もプロにはしくれ、他人
の曲は気に入らない。広い公園にはせせらぎがあった。美しい風景とせせらぎの音に耳を澄ませる…。
そこに一人の若い兵士が近づいた。彼はアルジェリア戦線から休暇でパリにやって来たのだった。夜に
なれば原隊に復帰しなければならない。一時だけの平和。死の影を持った二人は意気投合。クレオが病
院に行くのを兵士が付き添うことになった。一緒にバスに乗り、病院へ。
結局、担当医の診断は、初期のガンで二月の治療をガマンすれば完治するという。あれほどクレオを
悩ましていた頭痛の種が雲散霧消した。そしてそこには優しい彼氏がいる…。
実にカメラが素晴らしい。分割画面などのテクニカル面から、パリの街の躍動感と美しさ、さらにロケ地
の美術品のような公園を確実にとらえた。主演女優もまた全編の華となった。ヌーベルバーグはカメラに
宿る。これぞ逸品。