太陽がいっぱい

たいようがいっぱい|Plein Soleil|Purple Noon

太陽がいっぱい

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レビューの数

60

平均評点

82.8(429人)

観たひと

723

観たいひと

71

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル サスペンス・ミステリー
製作国 フランス イタリア
製作年 1960
公開年月日 1960/6/11
上映時間 118分
製作会社 ロベール・エ・レイモン・アキム・プロ=パニタリア
配給 新外映
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

ルネ・クレマンの「海の壁」以来の映画。アラン・ドロンが“天使の顔をした悪人”を演じるサスペンス・ドラマ。英国の女流作家パトリシア・ハイスミスの探偵小説『才人リプレイ君』から、「二重の鍵」のポール・ジェゴフとクレマン自身が脚本・台詞を書いた。撮影も「二重の鍵」のアンリ・ドカエ。音楽は「戦争 はだかの兵隊」のニーノ・ロータ。出演はドロンのほか、新星マリー・ラフォレ、「死刑台のエレベーター」のモーリス・ロネら。製作ロベール・アキムとレイモン・アキム。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

トム・リプレイ(アラン・ドロン)は、フィリップ(モーリス・ロネ)と酔っぱらってナポリに遊びにきた。近くの漁村モンジベロからだ。--トムは貧乏なアメリカ青年だ。中学時代の友人・金持のドラ息子フィリップを、父親から頼まれて連れ戻しにきたのだ。五千ドルの約束で。フィリップにはパリ生れのマルジェ(マリー・ラフォレ)という美しい婚約者がいた。--ナポリから帰った時、アメリカから契約をやめる手紙が来ていた。フィリップが約束の手紙を出さなかったからだ。トムが邪魔になっていた。友人のパーティーに向うヨットの上で、トムはますます彼からさげすまれた。裸でボートに放り出され、全身が火傷のように日焼けした。--彼は決意し、まず小細工をして、マルジュとフィリップに大喧嘩をさせた。彼女が船から下りたあと、フィリップに向い、刺し殺した。死体はロープで縛り、海へ捨てた。陸へ上ると、彼はフィリップになりすました。ホテルに泊り、身分証明書を偽造し、サインを真似、声まで真似た。金も衣類も使った。ヨットを売り払う交渉も、親元からの送金を引き出す仕事もうまくいった。マルジュあてのフィリップの手紙をタイプし、送った。彼女は彼を忘れられずにいた。ホテルにフィリップの叔母が現れたが、姿をくらますことができ、別の下宿に移った。 そこに、フィリップの友人が訪ねてきて、何かを察したようだった。トムは平生から憎んでいたその男を殺し、死体を捨てた。それは発見され、刑事が調べにきた。死体確認に集った時、トムはマルジェにフィリップはモンシベロに戻ったと告げた。女刑事が盗み聞いていた。トムはモンジベロの家にその夜いくと、遺書を書き、送金を全部ひき出したのをマルジェに残し、自殺したことにした。警官もマルジュも駈けつけたが、彼は逃げおおせた。彼は元のトムに戻り、傷心のマルジェをいたわり、愛を告げた。彼女もついに彼を受け入れ、結婚することになった。遺産も手に入るだろう。彼が海水浴のあと、極上の酒に酔っていた時、フィリップのヨットが売られるために陸に引きあげられていた。スクリューにからまったロープの先からフィリップの死体が現われた。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2013年8月上旬号

UPCOMING 新作紹介:「太陽がいっぱい」

2010年5月上旬号

午前十時の映画祭:「天井桟敷の人々」「太陽がいっぱい」

1994年6月上旬号

グラビア:太陽がいっぱい

1963年3月下旬号

SB ニッポンの夜:30 太陽がいっぱいの北京曲技団

1960年7月下旬号

外国映画批評:太陽がいっぱい

1960年6月上旬号

ルネ・クレマンの新作「太陽がいっぱい」:

ルネ・クレマンの新作「太陽がいっぱい」:鮮やかなサスペンス・タッチ

外国映画紹介:太陽がいっぱい

2017/03/11

2017/03/12

88点

レンタル/東京都/TSUTAYA/TSUTAYA 巣鴨店/DVD 
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海は深く仄暗く

ネタバレ

テーマ曲もラストシーンも何十年も前から馴染みはあったが、これまで全編通して観たことがなかった。それが最近パトリシア・ハイ・スミスの原作の結末は異なり、しかも同一主人公の連作まであると聞いて本を手にとり、映画も観てみることにした。

映画は確かに事件が起こる場所や、主人公が恋人を手に入れてしまうストーリーも異なっているが、寧ろ原作の表現よりも潔い。恵まれない育ちの主人公が裕福な友人に対して抱く憧れや嫉妬、そして野望に焦点を絞り、まるで全てが海の上で起こった物語のように線描してみせる。

背景を彩る海の青に、マリー・ラフォーレ演じるヒロインの緑がかった眼差しと、それを見つめる主人公のアランドロンの瞳の青が重なる。澄んではいるが、海底のように仄暗い。

海のうねりや登場人物の表情の変化が事件の顛末以上に多くのものを語りかけてくる。いつまでも古びることほない、まさに名画である。

2016/12/31

2016/12/31

79点

レンタル 
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太陽がいっぱいとはそういうことか。

1970年代

2016/10/01

85点

選択しない 
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私にとってこの映画はニーノ・ロータです。ニーノ・ロータが渋谷公会堂で指揮をとったのをライブで鑑賞したこともありますが、私にヨーロッパ映画を接近させてくれたのがニーノ・ロータです。連れて行ってくれた叔母に感謝します。

この映画は、おそらくテレビで見ました。作られたのが1960年、いつ頃テレビ放映されたか覚えていませんが、アラン・ドロンがとにかく人気絶頂の頃ですので、1970年代のあたりでしょうね。

テレビの予告編でトムがフィリップのサインを真似るシーン。スライドにして真似る。そしてパスポートを偽造して、ホテルでいよいよサインするシーンとか、もうドキドキしました。

マット・デイモンの『リプリー』もよかったけど、アラン・ドロンのリプリーはもっと貧しくて、よりハンサムだったと思います。

この映画のもう一つのドラマはフィリップの彼女だったマルジュをトムが横取りするところです。マット・デイモンバージョンでは、どちらかと言うとマルジュとの関係に軸足があったと思う。アラン・ドロンバージョンにおいては、マルジュとの関係は成り行きで成立していて、トムとフィリップのホモセクシュアルな関係に軸足がある、と、淀川長治先生も言ってますね。

確かに、アラン・ドロンの肉体美、汗とか息遣いなどが、思えばセクシャルで、マット・デイモンにはそれが表現できていなかったかもしれません。

金持ちのフィリップ
貧しいトム

この格差が埋まらない、という現実がトムを殺意に火をつける。格差は埋まらない。これがテーマですね。トマ・ピケティの言う通りです。

淀川長治先生も言ってましたが、最後のシーン。ヨットに死体が絡まっている。あれを亡霊のようだと示していましたが、確かに灼熱の太陽と死体。そして運命の逆転。これこそがこのテーマなのでさないかと思いますね。

2016/08/17

2016/08/17

-点

レンタル 
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見事なオチのある映画。
アランドロンは男前だなー。

2016/02/06

2016/05/28

80点

映画館/東京都/シネマブルースタジオ 
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アラン・ドロンが美しい

ネタバレ

アラン・ドロンは男の色気があり美しい。犯罪者の暗さと緊迫感が素晴らしい。
ヒロインも可愛くてわがままさが良い。
殺人、なりすまし、換金、遺書、逃亡など素晴らしく頭の切れる犯人の行動力に脱帽した。

2016/04/29

2016/05/03

80点

映画館/東京都/新文芸坐 
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かっこいい。やっぱり。

最初の名前を出すところ、しゃれている。
ステッチのように、罫線が入り、出演者の名前が表示される.