太陽がいっぱい

たいようがいっぱい|Plein Soleil|Purple Noon

太陽がいっぱい

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レビューの数

96

平均評点

82.3(572人)

観たひと

924

観たいひと

95

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル サスペンス・ミステリー
製作国 フランス イタリア
製作年 1960
公開年月日 1960/6/11
上映時間 118分
製作会社 ロベール・エ・レイモン・アキム・プロ=パニタリア
配給 新外映
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

ルネ・クレマンの「海の壁」以来の映画。アラン・ドロンが“天使の顔をした悪人”を演じるサスペンス・ドラマ。英国の女流作家パトリシア・ハイスミスの探偵小説『才人リプレイ君』から、「二重の鍵」のポール・ジェゴフとクレマン自身が脚本・台詞を書いた。撮影も「二重の鍵」のアンリ・ドカエ。音楽は「戦争 はだかの兵隊」のニーノ・ロータ。出演はドロンのほか、新星マリー・ラフォレ、「死刑台のエレベーター」のモーリス・ロネら。製作ロベール・アキムとレイモン・アキム。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

トム・リプレイ(アラン・ドロン)は、フィリップ(モーリス・ロネ)と酔っぱらってナポリに遊びにきた。近くの漁村モンジベロからだ。--トムは貧乏なアメリカ青年だ。中学時代の友人・金持のドラ息子フィリップを、父親から頼まれて連れ戻しにきたのだ。五千ドルの約束で。フィリップにはパリ生れのマルジェ(マリー・ラフォレ)という美しい婚約者がいた。--ナポリから帰った時、アメリカから契約をやめる手紙が来ていた。フィリップが約束の手紙を出さなかったからだ。トムが邪魔になっていた。友人のパーティーに向うヨットの上で、トムはますます彼からさげすまれた。裸でボートに放り出され、全身が火傷のように日焼けした。--彼は決意し、まず小細工をして、マルジュとフィリップに大喧嘩をさせた。彼女が船から下りたあと、フィリップに向い、刺し殺した。死体はロープで縛り、海へ捨てた。陸へ上ると、彼はフィリップになりすました。ホテルに泊り、身分証明書を偽造し、サインを真似、声まで真似た。金も衣類も使った。ヨットを売り払う交渉も、親元からの送金を引き出す仕事もうまくいった。マルジュあてのフィリップの手紙をタイプし、送った。彼女は彼を忘れられずにいた。ホテルにフィリップの叔母が現れたが、姿をくらますことができ、別の下宿に移った。 そこに、フィリップの友人が訪ねてきて、何かを察したようだった。トムは平生から憎んでいたその男を殺し、死体を捨てた。それは発見され、刑事が調べにきた。死体確認に集った時、トムはマルジェにフィリップはモンシベロに戻ったと告げた。女刑事が盗み聞いていた。トムはモンジベロの家にその夜いくと、遺書を書き、送金を全部ひき出したのをマルジェに残し、自殺したことにした。警官もマルジュも駈けつけたが、彼は逃げおおせた。彼は元のトムに戻り、傷心のマルジェをいたわり、愛を告げた。彼女もついに彼を受け入れ、結婚することになった。遺産も手に入るだろう。彼が海水浴のあと、極上の酒に酔っていた時、フィリップのヨットが売られるために陸に引きあげられていた。スクリューにからまったロープの先からフィリップの死体が現われた。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2013年8月上旬号

UPCOMING 新作紹介:「太陽がいっぱい」

2010年5月上旬号

午前十時の映画祭:「天井桟敷の人々」「太陽がいっぱい」

1994年6月上旬号

グラビア:太陽がいっぱい

1963年3月下旬号

SB ニッポンの夜:30 太陽がいっぱいの北京曲技団

1960年7月下旬号

外国映画批評:太陽がいっぱい

1960年6月上旬号

ルネ・クレマンの新作「太陽がいっぱい」:

ルネ・クレマンの新作「太陽がいっぱい」:鮮やかなサスペンス・タッチ

外国映画紹介:太陽がいっぱい

2019/03/09

2019/03/24

95点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


BS4Kでの鑑賞

何度か見ているが、見るたびにあまりのすばらしさにうっとりする。
今回は、特にドロンのしぐさや表情に見とれた。有名なプロジェクターでの偽造サインの練習や、証明書偽造のための粘土での細工のシーン、ヨットの上でのナイフでソーセージやパンを切り取るしぐさ、ネクタイを結ぶしぐさ(瞬間的にカットされているが)など、すべてのシーンでのしぐさが決まっている。ドロンの天性のセンスというよりも、クレマンの美意識なんだろう。俳優と監督の幸せな巡りあわせだ。
もう一つ、殺人の後、ドロンが一人で市場をぶらぶらするシーンがあるが、このドロンの表情がいい。演技というよりも、一人の若者の素の部分が偶然撮れているいるような、自然な表情である。クライマックスである完全犯罪の崩壊前の束の間の表情を捉えたカメラに才能の凄みすらただよう。
何度もみて、何度も感心して、そして新しい発見をし、その魅力にとりつかれるといった、古典としての風格をまとった名作である。

2019/03/07

2019/03/10

100点

映画館/東京都/YEBISU GARDEN CINEMA 


秘めた恋の物語

大好きな映画が4Kレストア版で映画館にかかるというのだから、観ないわけにはいかない。

スクリーンで観るのはいつ振りだろうと思っていたら、
しっかり昨年に観ていた。午前10時でかかってたみたいだ。

最近、LGBTだったり、人種差別だったり、格差だ、貧乏だ、
別に良いけど。
この映画のように、奥に秘めて表現出来ないものかと思う。

この映画。いつもラストシーンをみて、最高の気分で帰路に着く。

彼は捕まっても、その瞬間、完全に同化出来ていたのだから本望なのかなと思うのだ。

2010/04/09

2019/02/12

-点

映画館/埼玉県/MOVIXさいたま 
字幕


太陽は知っていた

午前十時の映画祭
真っ青な大海原に浮かぶヨット。ギラギラと照りつける太陽のように映画そのものが何かに乱反射しているような感覚。ギラギラとした質感を生み出すものは欲望か、殺意か、それとも心の闇がもたらす得体の知れぬ焦燥か。アラン・ドロンの出世作だが、やはり巨匠ルネ・クレマンが生んだ青春クライムムービーの傑作というべきだろう。

2019/01/27

2019/01/28

70点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


アラン・ドロンの本質なのではと思ってしまうほどの演技

「太陽がいっぱい」は決してホラー映画でもないし、ましてストーリーもオカルト的な内容でもない。にも関わらずトム・リプリー演じるアランドロンが映画「オーメン」のダミアンのように悪魔的な空気感を感じるのは何故なんだろう。多分に演じるトム役が喜怒哀楽の感情が自己中心的なところなのだとは思うが、アラン・ドロンの本質なのではと思ってしまうほどの演技だ。
友人の大金持のフィリップと共に行う破天荒な日常の繰り返しの中、フィリップの婚約者マルジュと3人でクルーザーで気晴らしの航海に出る。そこでトムはある事をきっかけに様々な策略を描いていくが、行き当たりばったり感満載にも関わらず、どこか知的なところが魅力的に演出されている。
ニーノ・ロータ作曲の素晴らしい音楽がこの映画の空気感を単なるサスペンスではなく情緒あるものに変えていた気がする。

2018/12/05

2018/12/05

88点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


テーマ曲とラストシーン

何度目になるだろう。波のようなニーノ・ロータのテーマ曲とラストシーンの衝撃と美しさは、忘れられない。いまの時代では絶対に成立しない杜撰な犯罪計画だが、それでもアラン・ドロンの行動はハラハラさせられる。このリプリーを演じられるのは、いまだにアラン・ドロンをおいて他にはいないだろう。

2018/09/25

2018/11/04

95点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


ルネ・クレマン、アラン・ドロン、ニノ・ロ―タ

ネタバレ

貧しい青年が金持ちの青年を殺害し、彼に成りすまして大金を得るという犯罪物語。
パトリシア・ハイスミスの原作をルネ・クレマンが映画化。
主人公のトム・リプリーを演じたアラン・ドロンの出世作。
そして、ニノ・ロ―タの音楽。
この三者の代表作。

今となっては凡百の同様ななり替わり殺人事件が小説や映画として作られているが、本作はこのような犯罪物語の初物であった。それだけでも、評価が高いのだが、そこに前述の三者の才能が加わり、稀有な映画となった。

冒頭、二人の若者がイタリアを遊びまくる様子が描かれる。その放蕩ぶりは、金持ちのドラ息子だろうと思われるのだが、そのうちに、二人の立場の違いが浮かび上がる。
フィリップは正真正銘のぼんくらな金持ち息子で、トムはその取り巻きのような貧しい若者。しかも、彼はフィリップの父親から息子を米国に連れ戻す仕事を5000ドルで請け負っている。
トムはフィリップの友人ではない。父のお使いであり、その人生さえフィリップに握られているようなものだ。

そんなトムが、フィリップに侮蔑されるシーンが積み重なり、アラン・ドロンの端正な表情に何とも言えない暗い影が宿る。この美貌の底に生まれる鬱屈とした心情。これが本作の成功のほとんどを占める。

この過程で、フィリップの恋人のマルジュ(演じるマリー・ラフォレが美しい)との関係をトムに見せつけるかのような描写があり、トムとすれば侮蔑感はこの上のないものだ。

そして、トムがフィリップを殺害して、彼の財産を手にしようとする犯罪物語が紡がれる。
その後も、フィリップの知人が出没して、トムのなりすましが見破られるか、というサスペンスを作り込んで、ハラハラドキドキの展開となる。

ラストは映画史に残る名シーン。特に、トムが歩き去って残る海の美しさ。この余韻がルネ・クレマン。