大いなる西部

おおいなるせいぶ|The Big Country|The Big Country

大いなる西部

amazon
レビューの数

52

平均評点

77.4(244人)

観たひと

346

観たいひと

28

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル 西部劇
製作国 アメリカ
製作年 1958
公開年月日 1958/12/25
上映時間 165分
製作会社 アンソニー・ワールド・ワイド・プロ映画
配給 松竹=ユナイテッド・アーチスツ
レイティング 一般映画
カラー カラー/シネスコ
アスペクト比 シネマ・スコープ(1:2.35)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

「友情ある説得」のウィリアム・ワイラー監督が、「西部の男」以来18年ぶりで監督した西部劇。サタディ・アヴニング・ポストに連載されたドナルド・ハミルトンの原作をジェームズ・R・ウェッブとサイ・バーレット、ロバート・ワイルダーの3人が共同で脚本化。撮影監督は「誇りと情熱」のフランツ・プラナー。カリフォルニア州ストクトン附近のドレイス牧場一帯と、モジャヴ砂漠がロケ地に選ばれ、広大な野外シーンが常に心してとり入れられている。音楽はジェローム・モロス。タイトル・デザインを「八十日間世界一周」「めまい」のソール・バスが受けもっている。出演者はワイラーと共にプロデュースもしている「無頼の群」のグレゴリー・ペックに、「ベビイドール」のキャロル・ベイカー、「黒い罠」のチャールトン・ヘストン、「野郎どもと女たち」のジーン・シモンズ、「楡の木陰の欲望」のバール・アイヴス、「軍法会議(1956)」のチャールズ・ビックフォード、チャック・コナーズ、メキシコ俳優アルフォンソ・ベザヤ等。製作ウィリアム・ワイラーとグレゴリー・ペック。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

1870年代のテキサス州サンラファエルに、東部から1人の紳士ジェームズ・マッケイ(グレゴリー・ペック)が、有力者テリル少佐の1人娘パット(キャロル・ベイカー)と結婚するためにやってきた。出迎えた牧童頭のスチーヴ・リーチ(チャールトン・ヘストン)は彼に何となく敵意を示した。スチーヴは主人の娘を恋していたのだ。途中まで許婚者を迎えたパットは、スチーヴを先に帰してジェームズと父の牧場に向かったが、途中で酒に酔ったハナシー家の息子パックたちに、悪戯をうけた。しかしジェームズは彼らを相手にしなかった。パットの父テリル少佐は大地主ルファス・ハナシーとこの地の勢力を二分し、争っていた。2人が共に目をつけている水源のある土地ビッグ・マディを、町の学校教師でパットの親友ジュリー・マラゴン(ジーン・シモンズ)が所有していた。彼女は一方が水源を独占すれば必ず争いが起こるところから、どちらにも土地を売ろうとしなかった。少佐は娘の婿にされた乱暴に対して、ハナシーの集落を襲い、息子たちにリンチを加えて復讐した。そんな少佐の態度にジェームズは相いれないものを感じた。彼は争いの元になっている土地ビッグ・マディを見て、女主人ジュリーに会い、中立の立場で誰にでも水を与え、自分でこの地に牧場を経営したいと申し出て彼女と売約契約をかわした。一方血気にはやるパットと父の大佐には、慎重なジェームズの態度が不満だった。水源地ビッグ・マディを手に入れて大佐に対抗するため、ハナシーはジュリーを監禁する挙に出た。ジェームズはメキシコ人牧童の案内で単身本拠にのりこみ、水源は自由にすると明言してジュリーを助け出そうとした。ハナシーの息子バックは、ジュリーに対する横恋慕からジェームズと決闘したが、卑怯な振舞いから父に射殺された。少佐とスチーヴの一隊がのりこんできて乱戦が始まった。そして、1対1で対決した大佐とハナシーは、相撃ちで共に死んだ。憎悪による対立と暴力の時代は終わった。今はジュリーの腕をとって、ジェームズは新しい我が家ビッグ・マディに、新生活を始めるため馬首を進めた。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2011年8月上旬号

第二回 午前十時の映画祭:「シェーン」「大いなる西部」

1962年7月号増刊 西部劇シナリオ決定版 2

シナリオ掲載西部劇名場面集:大いなる西部

傑作ウェスタン・シナリオ:大いなる西部

1959年3月上旬号

外国映画批評:大いなる西部

1959年2月上旬特別号

旬報賞にかがやく人々:ワイラーと「大いなる西部のスタッフ」

1959年新年特別号

新作グラビア:大いなる西部

ウィリアム・ワイラーと「大いなる西部」:青い魚

1958年12月下旬号

外国映画紹介:大いなる西部

2021/11/06

2021/11/06

75点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 


東部から来た男

牧場の娘と結婚するため東部から来た男マッケイ(グレゴリー・ペック)が、水場の土地争いに巻き込まれて、それを解決する物語。
西部劇なのに主人公がガンを携帯していないという設定。マッケイはことさら自分の勇を誇示したりする男では無い。荒馬を乗りこなしてもそれを吹聴したり、牧童頭のリーチ(チャールトン・ヘストン)と後に1対1で対決するときはお互いが精神的に傷つかないように人目に付かないところで行いなど配慮する。
ラストの牧場主の息子との決闘や、牧場主同士のライフルによる決闘などは西部劇としては珍しい。牧場主のハナシー(バール・アイヴス)は悪役のように見えて、テリル少佐のように腹黒くない信義を重んじるかっこいい親父だった。
2時間45分が長いと思わないストーリー展開ですごく楽しめる。

2021/06/22

2021/06/26

68点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 


この終わり方でいいのか。全然うまいやり方じゃない方法で丸く収めようとしすぎな気がする。ヘネシーが良い役。アウトローの親玉なのに機知が回ってそれでいて筋も通しているし昔気質な格好良さもある。カリスマ。

2021/02/11

2021/02/11

79点

選択しない 
字幕


音楽良い

雰囲気もエピソードもなかなか
最後がややあっけない

2020/12/17

2020/12/20

80点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


ワイラーの世界

◎ 悪辣な無法者のガンマンが出てこない健全な西部劇である。悪の部分をチャック・ノリスが一人で背負って健闘している。空はいつも青く広がっており、雨も降らず道もぬかるまない。
◎ 東部から来たグレゴリー・ペックは西部においてもオールマイティで、荒馬を乗りこなし荒野に迷うこともない。彼は船員だったというのがミソである。夜通しの殴り合いをしても顔が腫れ上がることはない。どこまでも明るく健全なワイラーの世界である。

2020/10/14

2020/11/29

83点

テレビ/有料放送/ザ・シネマ 
字幕


よそ者から見た西部への批判と新たな統合

ネタバレ

この映画を観るまで西部劇をあまり観ていなかった。この映画を機に西部劇へのイメージが変わった、といっても過言ではない。今回は久しぶりの再見である。ドラマの構成といいカメラワークといい、抜群に面白かった。初見の折の衝撃は今でも残っている。

二つの牧場が一つの池を巡って争うのがメインの話である。その種の領地の分捕り合戦を描いた西部劇はいっぱい有ったと思う。この映画は、そうした古い慣習をどうやって破っていくかに話の重心が置かれる。
主人公(グリゴリー・ペック)は婚約者を訪ねて東部から来た男である。西部の風俗習慣をよそ者の視点で見ているのが、この映画のミソである。今まで当然のこととしてきた地元の価値観が主人公によって揺さぶられていく。ヒロイン(ジーン・シモンズ)は地元出身ではあるが、教育者の視点もあってか、これに共鳴していく。

グリゴリー・ペッグもチャールトン・ヘストンもカッコ良かった。大平原での2人の格闘シーンが、月光の下で、しかも超ロングとアップのシャープな切り返しで、格闘シーンとしては出色の鮮やかさとして印象に残っている。

バール・アイヴスが抜群に良かった。後日、アカデミー賞助演男優賞を獲ったと聞いたとき、さもありなんと思った。彼が裏切りを許さないという価値観で息子を射つシーンは衝撃的だった。メリメの「マティオ・ファルコーネ」を学生時代に読んだとき、あのシーンの元ネタなのではないかと考えたりしたのを思い出す。

2020/10/03

2020/10/03

70点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


波立つカントリーに交差する焦点

引き鉄を引くには大義や理由が必要であり、この映画でも、終盤になってようやく銃口は人間に向けられ、やっと銃弾は互いに撃ち込まれる。互いとは何か。
この広大な舞台は、カントリーと称される。しかし、そこには何もないわけではなく、地勢を眺めれば、残丘や山があり、牛や馬がはむ草原が広がり、疎な灌木を目当てに行けば、水源地として小川が蛇行している。ビッグマディは、より古い時代には泥濘や泥炭の土地であったかもしれないが、学校の教師がその土地の権利を相続している。ブランコ谷はその白さから名付けられているが、石灰岩かチャートだろうか、やや海を匂わせる。そうした広大さの中で、牧場を営む二つの権力は拮抗し、互いに干渉しつつも平衡を保っていた。しかし、一方の権力を統制する少佐の娘が呼び込んだ、グレゴリー・ペックが演じるジム・マッケイによりその平和な平衡関係が乱されていく。ジムは、一見すると平和主義者にみえる。しかし、彼の運動や発言が映画を動かし、この権力関係に介入することで、カントリーは不穏な様相を帯びてくる。彼は、大陸の東部からやってくるが、船長をしており、大海原をホームとする人間である。安定した大地に安住することはなく、彼がゆく先では、南西部のカントリーですら波立ち、揺れ動く。
サンダーという葦毛にみえる馬が登場する。サンダーに乗ろうとするジムがいる。ジムがサンダーを動かそうとすると、跳ね回り、ジムを振り落とそうとする。ジムは幾度となく落馬をする。ジムが西部の流儀に適応する場面にもみえるが、彼が乗らなければ馬は馬のままでいるが、彼が乗ることで馬は暴れ馬に変身する。チャールトン・ヘストンが演じるスティーブは牧童頭として、牛の群れや牧場労働者と経営者の少佐との間でなんとか仕事をこなしている。周りには一軒もないような小屋に住み、周囲の広袤を監視している。彼は少佐の娘であるパットに想いを寄せ、時には暴力的に口づけにチャレンジしたりもする。スティーブは、このカントリーの天地へのジムの襲来をよく思っておらず、二人の間には、少々諍いが勃発する。ロングショットとミドルショットをモンタージュしながら、彼らは挨拶をしあう。地平と丘が彼方にみえ、未明と思しき時間帯に、この牧歌的な殴り合いが観衆もなく、執り行われる。地平や穏やかな夜明けは、ジムの好戦的(応戦的)な態度によっても引き起こされている。ジムの意図は、嘘つき呼ばわりされたことの報復というよりも、ビッグマディの経営を見据え、少佐の有能な牧童頭であるスティーブのスカウトにあると思われる。ジムは、賢く、したたかでもある。
カントリーの女性たちは、ハットを被って馬を駆る。教師と少佐の娘は、この映画の僅かながらの女っ気であり、そのほか宿駅の二階には例の如く娼婦が売笑を営んでいるぐらいである。彼女たちは、近代的な男権社会から見れば、男まさりでもあり、女だてらにと噂されそうな活発な運動性を持っている。しかし、彼女たちも、やはりジムに手篭めにされてしまう。彼は、ヘネシー一家への殴り込みに際しても無防備であったように、暴力的な手段を使わずに、女性たちに切り込んでいく。航海さながらに、コンパスと地図を持って、海だけでなく陸を制していく。ジムが最初に現地で仲良くなる手段に、スペイン語の操作があり、メキシコに由来をもち、ジム同様に、この地ではほとんど権力も権利も持ち得ない馬丁を手なずけているあたりにも、戦略性が窺える。
ビックマディの川のほとりで、土地の権利者の女教師とジムの間で口頭で土地売買が合意され、握手が締結される。そのほとりを騎乗で去る前に、ジムは川に石を投げ込む。ふとした仕草であるが、この行動は、終盤に貯水槽にピストルを落とし死んでしまうヘネシーの息子と、その前段で父の形見でもあるピストルを大地に投げつけるジムとがなす運動にも波紋を及ぼしている。
約1000カットほどが映写機を流れるが、ディゾルブの前後の焦点をうまく重ね、ワンカットの中で、消える人物と現れる人物をうまく配し、それらを包含した構図に舌を巻く。音楽には強弱どころかブレイクとなる無音があり、その無音に小さな効果音を保ちつつ、サイレントな運動をみせる巧みさも光る。映画的な視線のリレーやモンタージュを使いながらも、谷の決戦では、俳優の声の響きを印象的に用い、全編に通底する俯瞰とロングショットがこの一連のアクションにおいても効果的に使われている。また一方のジムの決戦では、グレゴリー・ペックに左眼をつぶらせている。ここに一つの視線が否定されるとともに、開いた右眼と銃口が直線上に重なり合う。映画の焦点と物語の焦点もここに重なり合う。