フェリーニのアマルコルド

ふぇりーにのあまるこるど|Federico Fellini Amarcord|----

フェリーニのアマルコルド

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レビューの数

27

平均評点

77.1(135人)

観たひと

205

観たいひと

49

  • VODで観る

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル 伝記 / ドラマ
製作国 イタリア フランス
製作年 1974
公開年月日 1974/11/16
上映時間
製作会社 FCプロ=PECF
配給 ワーナー・ブラザース
レイティング
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

一九三〇年代を舞台にフェデリコ・フェリーニ自身にとって生涯忘れ得ぬ一年間の物語。「アマルコルド」とはフェリーニの故郷である北部イタリアのリミニ地方の今はもう死語になっている言葉で“エム・エルコルド”(私は覚えている)という言葉がなまったもの。製作はフランコ・クリスタルディ、監督は「フェリーニのローマ」のフェデリコ・フェリーニ、脚本はフェリーニとトニーノ・グエッラ、撮影はジュゼッペ・ロトゥンノ、音楽はニーノ・ロータ、装置・衣裳はダニロ・ドナーテ、編集はルッジェーロ・マストロヤンニが各々の担当。出演はプペラ・マッジョ、マガリ・ノエル、アルマンド・ブランチャ、チッチョ・イングラッシア、ナンデーノ・オルフェイ、ルイジ・ロッシ、ブルーノ・ザニン、ジャンフィリッポー・カルカーノ、ジョジアーヌ・タンツィーリなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

“春一番”の吹いた日の夜、ここ北部イタリアの小さな港町では町中の人々が広場に集い、うず高く積み上げられたガラクタの上に冬の女神の人形をかかげて火をつけ、訪れる春を祝って歌い踊り、騒ぎ明かしていた。十五歳を迎える少年チッタ(B・ザニン)も彼の父(A・ブランチャ)も母(P・マッジョ)、おじいちゃん(G・ラニグロ)や弟たちと共に祭りに加わった。若者たちは媚をふりまく娘たちをひやかし、大人たちは酒をくみかわす。チッタの憧れの年上の娘グラデスカ(M・ノエル)もいる。何て素晴らしい夜なんだろう。そんな楽しい春を迎える祭りが終わるとやがて夏がやって来る。町中の人たちが数十隻の小船にのり込み小型船団を組むと海へと乗り出す。沖合を通るイタリアの豪華定期船レックス号の晴れの姿を一目見ようと、町長以下の総出で祝福の船団を組んだのだ。霧深い沖合いを煌々たる明りに彩られてやってきた巨大な船を見ると人々は歓声を上げた。レックス号の勇姿はイタリアの誇りであると同時に、この小さな港町の人々にとっても誇りなのである。また当時、イタリア全土にはムッソリーニのファシズム旋風が吹き荒れていたが、この町でも例外ではなかった。少しでも反抗的な言動でもとろうものなら、たちまちファシスト本部に連行され、拷問をうける。そんな世相とは関係なく、季節は変わり、秋になる。チッタの一家は、精神病院に入れられていたおじいちゃんを迎えに行くことになった。医者は大分よくなったというのだが、前を開けずに放尿したり、大きな木に登って“女が欲しい”と叫んだりして再び病院に連れ戻された。チッタはそれでも仕方ないと思う。病院を出たところで精神障害者のおじいちゃんの望みは叶うはずもないからだ。同時にチッタは何かわりきれないものを感じていた。人間の根本的な欲望は誰だって変わりはしないはずなのだ。一方、チッタのグラデスカに対する想いは日に日につのるばかりだ。映画館で思い切ってアプローチしてみたが、まだ子供と思われてか全然相手にされない。それどころか、白鯨のような巨大な体躯のタバコ屋のおばさん(M・A・ベリッツィ)に弄れてしまう。そして冬が来た。降り続いていた記録的な大雪がカラリと晴れあがった日、どこから逃げだして来たのか一匹の孔雀が雪の上に舞い降りると、まばゆいばかり見事なその羽根を開げてみせた。だがイタリアでは孔雀は不幸の前兆であると信じられていた。その冬、チッタの母は病気をこじらせてこの世を去った--。そしてチッタの悲しみもようやく癒えた頃、“春一番”の吹く野原では、町中の人々に祝福されてグラデスカの結婚式が行われた。彼は自分にとって最も大切な二人の女性を失った、生涯忘れ得ぬ一年だった。……誰もが一度は通らなくてはならないさまざまな人生の別れを体験しながら、少年チッタはやがて来る激動の青春期への旅立ちを、漠然とした意識の底にではあるが確実な手応えとして感じていた。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1975年2月下旬決算特別号

特別グラビア 外国映画ベスト・テン:フェリーニのアマルコルド/叫びとささやき/映画に愛をこめて アメリカの夜/スティング/ペーパー・ムーン/ブルジョワジーの秘かな愉しみ/ジーザス・クライスト・スーパースター/黒い砂漠/デリンジャー/エクソシスト

特別グラビア 読者のベスト・テン 外国映画:スティング/ペーパー・ムーン/映画に愛をこめて アメリカの夜/エクソシスト/叫びとささやき/フェリーニのアマルコルド/パピヨン/ジーザス・クライスト・スーパースター/燃えよドラゴン

1974年12月上旬号

映画批評:フェリーニのアマルコルド

映画批評:フェリーニのアマルコルド

1974年11月上旬号

グラビア:「フェリーニのアマルコルド」

「フェリーニのアマルコルド」って映画は僕らの映画ですよ・・・:池波正太郎×淀川長治 対談

分析採録:フェリーニのアマルコルド

1974年10月下旬号

外国映画紹介:フェリーニのアマルコルド

1974年10月上旬号

グラビア:「フェリーニのアマルコルド」

2018/12/08

2018/12/08

-点

映画館/東京都/早稲田松竹 
字幕


四季と暮らし 愛すべき素朴なものたち 好き

2018/08/17

2018/11/05

75点

レンタル/神奈川県/TSUTAYA/蔦屋書店 大和下鶴間店/DVD 
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北イタリアの港町リミエの一年。

春の陽光を感じさせる青い空に綿毛が雪のように舞う。北イタリアの港町の
美しい春の訪れだ。作家が自分の育った町と慈しんでくれた人々を描くのは
重要なモチーフだ。アマルコルドという言葉自体が方言で「私は覚えている」
という意味だそうだ。

フェリーニは映画作家として、自己のアイデンティティーを見つめ、撮りたい映画を
撮った。この自己肯定的なイタリア人の生の賛歌となった。
少年たちの頭の中は女性の裸像でいっぱいだ。艶笑エピソードの数々は映画を
進めるエネルギーとなっている。千語、万語を費やして語る文芸や思想よりも、
フェリーニがフィルムに定着させたさせた巨乳・巨尻は生の根本を示している。
フェリーニの宇宙が、あの猥雑さの中に隠れている。
霧の中から現れる巨大客船の雄姿は、素朴なイタリア自慢に彩られ、田舎者の
気質を偽らずに描いている。リミニ市民との共感がある。
精神を病んだ叔父さんのエピソードは、人間の多様性を首肯し、受容する大事な
メッセージとなっている。イタリア人の核である家族愛に支えられているエピソードだ。
イタリアのファシズムの伸張も自然に描かれている。戦後の価値観を持ち込まず、
当時の市民の眼に即した描き方だ。ドイツ・日本では、こういうわけにはいかない。
あまりにも他国人の血が流されているからだ。

映画として面白くしようという問題ではなく、いかに当時の空気を再現し、
少年時代の輝くような祝祭感を映像で言祝ぐことにある。
観客はフェリーニの饒舌を全身で受容することにある。映画館で同じ思いを
共有する観客とともに観なければ、真の値打ちがない。
レビューに100点が並ぶ場合、その映画の達人たちの気持ちに寄り添うことも大事だ。
となりの座席にいて映画を楽しんだようなものだから。

2018/09/14

2018/09/17

80点

レンタル/新潟県/TSUTAYA/蔦屋書店 竹尾インター店/DVD 
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マイベストムービーだが

◎ 1974年のキネ旬外国映画ベストテンの上位3本は、①『フェリーニのアマルコルド』②『叫びとささやき』③『映画に愛をこめて アメリカの夜』であった。75年の正月に、この①と③が2本立てで新潟で公開された。その2か月後、今度は①と②の2本立てが名画座ライフにかかった。もちろん僕はどちらも観に行った。そして『アマルコルド』は僕のベストムービーの一つになった。フェリーニの気ままなスケッチはトリュフォーの映画愛にも、ベルイマンの冷徹な目にも負けていなかった。
◎ そして、観たいみたいと思いながら観る機会に恵まれなかった映画に、43年ぶりに触れた。ところが、ずいぶん印象が違うのである。一言でいうと、地味になってしまっている。ビニールの海も、雪の中のクジャクもほんの一瞬しか出てこない。どうやら、僕の頭の中で増殖したイメージが大きかったようである。

2018/03/28

2018/03/30

-点

テレビ/有料放送/WOWOW 
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人間賛歌

フェリーニ大好きだと思いました。
全作品観たことあるわけじゃないんだけど、
鑑賞後の後味がいいのは類を見ない。
映画を観たという幸福感がある。

なんてない日とひたすら美しい日と
事故みたいな日とがないまぜになりながら、
クライマックスへと向かっていく。
映画で観られる美しさが詰まった映画。

ムッソリーニ政権時代なのだけど、
ムッソリーニはあのひげちゃびんよりも
だいぶ緩かったんだなぁと思いました。
不穏なところもなきにしもあらずだけど、
なんだか牧歌的にも思えた。
ファシズムはよくないと思いますが…

やっぱり結婚式と葬式って
映画に向いているんだろうなぁと思った。

2018/02/19

2018/02/20

65点

テレビ/有料放送/WOWOW 
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フェリーニは難解は思い込み

フェリーニの映画でストーリーを追ったり、シーンの意味を考えたりして、難解だと思っていた。これは思い込みでオムニバスのように畳み掛けてくるシーンの連続に脳を刺激されるに任せればいいんじゃないかな。

2018/01/27

2018/01/27

60点

テレビ/有料放送/IMAGICA BS 
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『アマルコルド』は「私は覚えている」、つまりフェリーニ監督の少年時代の回顧録を映像化したもの。
イタリア北部の田舎の自然の中で良く言えば陽気で明るい、悪く言えば能天気な町の人々の色々なエピソードを一年に渡って描いたもので、映画監督なら一度は作ってみたい作品だろう。
本当に作ってしまったのはイタリアの国民的監督フェリーニだからこそで、日本では黒澤明監督が『夢』を作ったのが近い例か。
とはいうものの、マストロヤンニもアニタ・エクバーグもアヌーク・エーメも出てこないフェリーニ作品は、さすがにちと退屈である。