フェリーニのアマルコルド

ふぇりーにのあまるこるど|Federico Fellini Amarcord|----

フェリーニのアマルコルド

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レビューの数

65

平均評点

74.5(273人)

観たひと

395

観たいひと

59

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル 伝記 / ドラマ
製作国 イタリア フランス
製作年 1974
公開年月日 1974/11/16
上映時間
製作会社 FCプロ=PECF
配給 ワーナー・ブラザース
レイティング
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

一九三〇年代を舞台にフェデリコ・フェリーニ自身にとって生涯忘れ得ぬ一年間の物語。「アマルコルド」とはフェリーニの故郷である北部イタリアのリミニ地方の今はもう死語になっている言葉で“エム・エルコルド”(私は覚えている)という言葉がなまったもの。製作はフランコ・クリスタルディ、監督は「フェリーニのローマ」のフェデリコ・フェリーニ、脚本はフェリーニとトニーノ・グエッラ、撮影はジュゼッペ・ロトゥンノ、音楽はニーノ・ロータ、装置・衣裳はダニロ・ドナーテ、編集はルッジェーロ・マストロヤンニが各々の担当。出演はプペラ・マッジョ、マガリ・ノエル、アルマンド・ブランチャ、チッチョ・イングラッシア、ナンデーノ・オルフェイ、ルイジ・ロッシ、ブルーノ・ザニン、ジャンフィリッポー・カルカーノ、ジョジアーヌ・タンツィーリなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

“春一番”の吹いた日の夜、ここ北部イタリアの小さな港町では町中の人々が広場に集い、うず高く積み上げられたガラクタの上に冬の女神の人形をかかげて火をつけ、訪れる春を祝って歌い踊り、騒ぎ明かしていた。十五歳を迎える少年チッタ(B・ザニン)も彼の父(A・ブランチャ)も母(P・マッジョ)、おじいちゃん(G・ラニグロ)や弟たちと共に祭りに加わった。若者たちは媚をふりまく娘たちをひやかし、大人たちは酒をくみかわす。チッタの憧れの年上の娘グラデスカ(M・ノエル)もいる。何て素晴らしい夜なんだろう。そんな楽しい春を迎える祭りが終わるとやがて夏がやって来る。町中の人たちが数十隻の小船にのり込み小型船団を組むと海へと乗り出す。沖合を通るイタリアの豪華定期船レックス号の晴れの姿を一目見ようと、町長以下の総出で祝福の船団を組んだのだ。霧深い沖合いを煌々たる明りに彩られてやってきた巨大な船を見ると人々は歓声を上げた。レックス号の勇姿はイタリアの誇りであると同時に、この小さな港町の人々にとっても誇りなのである。また当時、イタリア全土にはムッソリーニのファシズム旋風が吹き荒れていたが、この町でも例外ではなかった。少しでも反抗的な言動でもとろうものなら、たちまちファシスト本部に連行され、拷問をうける。そんな世相とは関係なく、季節は変わり、秋になる。チッタの一家は、精神病院に入れられていたおじいちゃんを迎えに行くことになった。医者は大分よくなったというのだが、前を開けずに放尿したり、大きな木に登って“女が欲しい”と叫んだりして再び病院に連れ戻された。チッタはそれでも仕方ないと思う。病院を出たところで精神障害者のおじいちゃんの望みは叶うはずもないからだ。同時にチッタは何かわりきれないものを感じていた。人間の根本的な欲望は誰だって変わりはしないはずなのだ。一方、チッタのグラデスカに対する想いは日に日につのるばかりだ。映画館で思い切ってアプローチしてみたが、まだ子供と思われてか全然相手にされない。それどころか、白鯨のような巨大な体躯のタバコ屋のおばさん(M・A・ベリッツィ)に弄れてしまう。そして冬が来た。降り続いていた記録的な大雪がカラリと晴れあがった日、どこから逃げだして来たのか一匹の孔雀が雪の上に舞い降りると、まばゆいばかり見事なその羽根を開げてみせた。だがイタリアでは孔雀は不幸の前兆であると信じられていた。その冬、チッタの母は病気をこじらせてこの世を去った--。そしてチッタの悲しみもようやく癒えた頃、“春一番”の吹く野原では、町中の人々に祝福されてグラデスカの結婚式が行われた。彼は自分にとって最も大切な二人の女性を失った、生涯忘れ得ぬ一年だった。……誰もが一度は通らなくてはならないさまざまな人生の別れを体験しながら、少年チッタはやがて来る激動の青春期への旅立ちを、漠然とした意識の底にではあるが確実な手応えとして感じていた。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1975年2月下旬決算特別号

特別グラビア 外国映画ベスト・テン:フェリーニのアマルコルド/叫びとささやき/映画に愛をこめて アメリカの夜/スティング/ペーパー・ムーン/ブルジョワジーの秘かな愉しみ/ジーザス・クライスト・スーパースター/黒い砂漠/デリンジャー/エクソシスト

特別グラビア 読者のベスト・テン 外国映画:スティング/ペーパー・ムーン/映画に愛をこめて アメリカの夜/エクソシスト/叫びとささやき/フェリーニのアマルコルド/パピヨン/ジーザス・クライスト・スーパースター/燃えよドラゴン

1974年12月上旬号

映画批評:フェリーニのアマルコルド

映画批評:フェリーニのアマルコルド

1974年11月上旬号

グラビア:「フェリーニのアマルコルド」

「フェリーニのアマルコルド」って映画は僕らの映画ですよ・・・:池波正太郎×淀川長治 対談

分析採録:フェリーニのアマルコルド

1974年10月下旬号

外国映画紹介:フェリーニのアマルコルド

1974年10月上旬号

グラビア:「フェリーニのアマルコルド」

2026/08/12

2026/08/12

81点

テレビ/無料放送/NHK BS 


楽しい

遠い昔、名画座で「道」と二本立てで鑑賞。当時、悩み多き日々を送っていたので、イタリアの陽気な人物たち、フェリーニのユーモアも、日本人離れしたけたたましさにかえって胸が塞がる思いがした。何がそんなに楽しいんだ? しかし少し余裕のある年取った現在、そのおもしろさ、人生の楽しみを深く理解できて、とても充実した時間をもらえた。主人公の母が、口うるさくもやさしく、お母さんっていいなとしみじみ思う。

2026/08/06

2026/08/06

85点

テレビ/無料放送/NHK BS 
字幕

備忘メモ:
最初と最後が綿毛、一年を通して街の人達と一緒に過ごした気分。ともかく、皆が知り合いで、それぞれが各々に溶け込んでいた。こういう語り口がフェリーニの得意技なんだろう。
チッタが、少年時代のフェリーニという気がした。
最後の方は母の死が感じられた、案の定、葬儀。そして、グラディスカの結婚式という大団円で終えた。ラストのさっらと暗転は、次なる時代(ムッソリーニ⇒アメリカ)を暗示なのかな?

2026/07/26

2026/07/27

65点

テレビ/無料放送/NHK BS 
字幕


淀長さんがこよなく愛したフェデリコ・フェリーニ。私がまともに映画を観始めた高校生の頃は映画評論家といえば淀長さんが第一人者で彼の解説や評論には出来る限り目を通して、映画の勉強をしようと思ったことが懐かしい。
ただ、映画鑑賞の新人にはフェリーニ作品は難しく、どうしても見栄えのするハリウッド大作に流れてしまう傾向が強かった。
フェリーニ自身の子供時代の想い出を描く本作も一見登場人物が皆ふざけてばかりいるようでまともな人物が出てこない印象を受けるのだが、それはあくまで人生の喜びや哀しみを、あえてストレートに描かないことで、逆に人生に対する愛おしさ、素晴らしさを表そうという意図なのだろう。今ならなんとなく分かるような気もするが、おそらく高校時代に観ていたら、途中で寝ていただろう(笑)。

2026/06/21

2026/07/17

80点

テレビ/無料放送/NHK BS 
字幕


半世紀

◎ 8年ぶり、4回目の鑑賞。最初の鑑賞から長い長い年月が経ち、強烈だった印象がまたどんどん薄れてしまった。豪華客船もビニルシートの海もほんの一瞬しか出てこない。
◎ フェリーニは多分35年ぐらい前の自分の思い出をスケッチしたのだろう。自分がこの映画を初めて観て強い印象を持ってもうすぐ半世紀になる。フェリーニの想いが分からなくなっても当然なのかもしれない。

2026/06/16

2026/06/24

80点

テレビ/無料放送/NHK BS 
字幕


フェリーニの少年時代

 フェリーニが自身の少年時代を振り返っている。ひとつのエピソードごとに物語が連なる。それぞれが独立した話に思えるが、実はつながっている。
 少年は性的好奇心にあふれている。その対象はソフィア・ローレンにチョイ似の美熟女だったり、豊満な乳房を持つ、タバコ屋のマダムだったりする。彼に限ったことではなく、クラスの友達みんながそうだ。年頃の男の子にありがちな傾向だ。ただクラスメイトの美少女に熱を上げる肥満の男の子もいる。彼女に相手にされなくても、それにめげずに妄想がふくらむ。
 少年の家族がおおもしろい。家父長そのままの父親。慈愛に満ちた母親。なぜか家族に溶け込んでいる叔父、お手伝いさんのお尻を触っては喜ぶおじいさん。食事の取り合いをする兄弟等々、大家族だ。その家族それぞれのエピソードをまじえながら、1年が過ぎて行く。
 タンポポの綿毛が春の到来を告げ、夏にはイタリアの豪華定期船レックス号を一目見ようと、船団を組んで沖合に繰り出す。秋が過ぎ、冬になると雪が舞う。美熟女のお尻目がけて男の子らが雪をぶつける。美熟女が好きな少年だけが、盾になろうとたちふさがるのが健気だ。
 1930年代のイタリアの田舎町が舞台で、みんな陽気に暮らしているが、ムッソリーニが台頭し、ファシズムの嵐が吹き荒れる。美熟女は熱心にムッソリーニを応援するが、少年の父親は支持しない。その代償として捕らわれ、拷問を受ける。同時期の日本でも同じようなことをやっていたのだろう。
 少年の母親が病気で亡くなり、ふたたび春が来ると、美熟女は軍人と結婚してしまう。母親を亡くしたばかりの少年にとっては失意の連続だ。
 少年の成長物語でもあるが、これらの少年時代の体験がその後のフェリーニ作品にどのような影響を与えたのか。興味深い。

2026/06/17

2026/06/17

55点

テレビ/無料放送/NHK BS 
字幕


イタリアを味わう

考えても分からない。これがイタリアなのだ。何故こんな映画を好んで見たのだろう?若き日はカッコ附けたのかな?