退廃したベニスの街を舞台に描かれる美しくも残酷な物語。
ストーリーはとてもシンプルだが、非常に難解で哲学的なテーマを持った作品でもある。
作曲家であり指揮者でもあるグスタフは、休暇のためにベニスの街を訪れる。
そこで彼は透き通るような美貌を持ったタッジオという少年に目を奪われる。
彼は密かにタッジオに恋焦がれるが、ベニスの街は疫病に侵されつつあった。
グスタフは人間の作り出す芸術は、自然の美にも打ち勝つことが出来ると信じていた。
が、彼は目の前に自然が作り出した完璧な美を見出し打ちのめされる。
様々な解釈が出来る作品だと思われるが、これは尊厳を踏みにじられた一人の男の物語だと感じた。
とにかく彼はベニスに到着するまでも、そしてホテルで生活を始めてからも、散々に不愉快な思いをする。
誰もが彼を雑に扱っているようだ。
後に彼はドイツでの公演で散々な酷評を浴び、親友のアルフレッドからも見放されたことが分かる。
避暑地を訪れても彼の沈痛な思いは晴れることがなかった。
ただ、タッジオを眺めるひとときだけが、彼にとっての喜びとなる。
美少年に恋する中年という設定が、非常に危うさを孕んでいるようだが、この映画の中で二人が絡み合うことはない。
ただ一度だけ、グスタフがタッジオの髪に触れるだけだ。
タッジオはグスタフの思いなど知る由もない。
何度かタッジオがグスタフを意識するように振り向くシーンがあるが、おそろくこれはグスタフの主観なのだろうと思った。
グスタフがタッジオに気に入られようと、床屋に頼んで若作りするシーンは強烈に心に残る。
彼は白髪を黒く染め、少しでも若く見えるように白塗りをする。
その姿は道化師のようでもあり、また死化粧のようでもある。
後にこの白塗りが強烈なインパクトを残すことになる。
タッジオ役のビョルン・アンドレセンの彫刻のような美しさに注目が行きがちだが、全体的に美形のキャストが多い作品だと感じた。
タッジオの母親役のシルヴァーナ・マンガーノもまた異様に美しい。
そんな中で金持ちに媚びる楽隊の歯抜け男の異様さが目立つ。
美しさと狂気は紙一重である。
台詞で語る映画ではなく、観る者の想像力に委ねられた作品だと感じた。
やや冗漫と感じる部分もあるが、一度観たら忘れられないシーンの数々はやはり素晴らしい。
グスタフ・マーラーの曲も映像にマッチしている。